第3話 ルイカと薬草取りの少女③

 アッカの村は村内を南北に貫いている大通り沿いに主要な施設が建ち並んでいて、大通りから路地裏を抜けると、そこにはルイカが想像していたような村の風景が広がっているのだった。


「あー、村っぽくなってきたね」


 言葉だけを見ればルイカが大変失礼なことを言っているように思えるのだが、実際に台詞せりふとして声に出してみると、それは最上級の賛美へと変わる。


「私の家はこの麦畑を越えた先です」


 この世界での人族は捕食される側の生き物であるため、小麦などを栽培する畑は外壁の内側に作られるのが一般的だ。


「あっ、見えてきました。あの赤い屋根の家です」


 吹き抜けるそよ風に黄金色の絨毯じゅうたんを波打たせながら揺れる麦畑の中を、ルイカ達を乗せた馬車はゆっくりと進んでいくのだった……



 ミミスの家は木造二階建ての粗末な集合住宅の一室で、今は母と二人でつつましい生活を送っている。

 ルイカは住宅正面の空きスペースに馬車を止めると、ミミスに連れられて集合住宅の中に消えて行く。


「ただいまー」


 田舎ならではの無施錠むせじょうの玄関ドアを開けたミミスはルイカを迎え入れると、早速お母さんの部屋へ向かう。

 ルイカもミミスの母の病床をその目で確認しようとミミスの後に付いて行くと、ミミスが言っていた通り、ミミスの母親はベッドから起き上がることすらできない状態だった。


「お母さん、帰ったよ」


 ミミスの呼び声に顔だけをこちらに向けたミミスの母親は、ミミスの横に立つルイカに気付く。


「ミミスのお母さん、お邪魔してます」


 ルイカが深々とお辞儀をすると、ミミスの母親は微笑むことで返事をしてくれるのだった。


「水を汲みに行ってないから、飲み物出せなくてごめんなさい」


 ミミスのお母さんの部屋の空気を入れ替えるために窓を開けた後、子供部屋に移動したミミスが頭を下げる。


「そんなの気にしなくていいよ。飲み物なら馬車から持ってきたからね」


 ルイカは鞄から柑橘系のジュースが入った瓶を取り出すと、氷魔法で冷やしてミミスに手渡す。


「わ、悪いよ……そんなに沢山ご馳走になってもお返しできないし」


 ミミスは両手を左右に振ると遠慮して受け取ろうとしなかった。


「私が飲みたいの。ミミスは仕方なく付き合ってくれてるの……分かった?」


 今回もルイカの意味不明な説得に押し切られると、ミミスは渋々柑橘系のジュースが入った瓶を受け取るのだった。


「そうだっ、この机を借りてもいい?」


 ルイカは柑橘系のジュースを一気に飲み干すと、ミミスから机を借りて薬の調合を始める。


「ルイカさん、何してるんですか?」


 ミミスは柑橘系のジュースを少しずつ口に含みながら、ルイカの作業に見入っている。


「ちょっと滋養強壮の薬をね」


 昨夜、雨に濡れたミミスの体を拭いた時に栄養状態が良くないことを把握していたルイカは、ミミスの母親の病気も栄養不足が原因だと睨んでいたのだった。


「ルイカさん、薬の調合も出来るんですか?」


 てっきり遠慮して「わ、悪いよ……」の言葉が降ってくると思っていたルイカは、ミミスが好奇心を現す言葉を投げ掛けてくれたことが嬉しくてたまらなかった。


「行商やってると、色々と知識だけは蓄積されるんだよね」


 ルイカは飲みやすくなるように、最後に蜂蜜を乾燥させて作ったパウダーを投入する。


「よし、できた。早速お母さんに飲んでもらおう」


 ルイカは栄養価の高い素材を混ぜて作った滋養強壮の薬を飲みやすい大きさに丸めると、薬包紙の代わりに使われる葉で包む。


「ルイカさん、お代は後から必ず支払いますから」


 先ほどミミスが遠慮の言葉を言わなかったのが代金を支払うつもりだったと知ったルイカは、今日一番の悲しい気持ちになるのだった……



「お母さん、お薬飲んで」


 ミミスは母親の部屋に入るとベッドの横に椅子を置いて座り、ルイカから受け取った滋養強壮の薬を母親に飲ませる。


「この水と一緒に飲み込ませてね」


 ルイカから氷魔法で程よく冷やされたミネラルウォーター入りの瓶を受け取ったミミスは、口から水が零れないようにゆっくりと母親に飲ませる。


「お母さんの容態を診させてもらってもいいかな?」


 ルイカはそう言うと、ミミスに席を譲ってもらいミミスのお母さんの手を両手で優しく握る。


(モップ、お願い)


 ルイカが心の中でそう願うと、モップが解析魔法を発動させ、ミミスのお母さんの状態を解析する。


「ミミス、ありがとう。薬を飲んだらゆっくりと眠らないとね」


 ルイカはそう言うと、ミミスを連れて子供部屋に戻るのだった。


「ルイカさんは、診察もできちゃうんですか?」


 モップが発動した解析魔法は霊獣など高位の者しか使用することが出来ない魔法で、モップの存在を知らないミミスから見れば、ルイカが診察もできるのだと勘違いしても仕方がない。


「そうだよー。少しだけだけどね」


 ルイカはミミスに解析魔法を使いましたと言うわけにもいかず、心苦しいが言葉を濁してその場をやり過ごす。

 

「本当ですかっ……それで母の容態はどうでしたか?」


 ミミスが言うには、この村のお医者さんの診察では母の病気が何なのか分からず手の打ちようがなかったようだ。


「うん、安心して。よく似た症状の人を昔治療したことがあるから大丈夫だよ」


 モップの解析魔法の結果では、ミミスの母親の体内から悪素あくそが大量に検出されていた。

 悪素あくそは空気中に漂う魔素まそに毒が紛れ込んで生成される物質で、一度体の中に入ってしまうと自然に体内から排出されることはなく、一定量を超えて蓄積すると悪素病あくそびょうを発症してしまうのだ。


「ただ、薬を作る材料が少し足りないから、ちょちょっと行って採取してくるね」


 悪素病あくそびょうを治すには特定の物質を体内に投入して悪素あくそを中和してやればいいのだが、その中和する薬を作るには竜種の住処すみかに自生する特別なキノコが必要になる。


「ルイカさん、何年掛けてでも、必ずお代はお支払いしますから」


 本人に確認したわけではないが、この村の医者はゴブリンよりもがめついらしい。


「ミミスちゃん。この際はっきりと伝えとくけど、私はミミスちゃんのために素材を採取しに行くんじゃなくて、わ・た・しが必要な素材を採取するついでにミミスちゃんが必要とする素材を採取してくるだけだからね」


 相手を説得する秘訣は、早口で分かりにくい言い回しを長々と……である。そこに難しい言葉を使うと尚良なおよし……と、遥か遠い記憶で顔も思い出せない誰かがルイカに教えてくれたのだ。


「そんなわけで、二日後には帰ってくるから、それまでお母さんの看病よろしくね」


 ルイカはそう言うと、腰に巻いた鞄を通して別空間から数日分の食べ物と飲み物、ミミスの母親に適切な流動食を取り出してテーブルに置く。


「わ、悪いよ。は禁止。これは私からミミスに依頼した仕事の報酬だから受け取るべき」


 ルイカはミミスの言おうとした言葉を先回りして封じると、してやったりと言わんばかりの笑みを残して去って行くのだった……



 アッカの村から一番近い竜種の住処すみかは馬車で半日ほど進んだ場所にある禿山はげやまの中腹である。


「干渉しないんじゃなかったのかい?」

 

 村を出て森の中に入ったところでモップがブレスレットからカーバンクルの姿に戻り、ルイカの肩に乗って話掛ける。


「干渉なんかしてないよ? そう、これは私の道楽。不老不死の者だけが楽しめる贅沢な道楽なのだよん」


 ルイカはオリジナルのメロディーに乗せて歌うように答える。


「はいはい。見た目は少女だけど、もう三桁歳さんけたさいだもんね」


 モップはもう慣れたよと言いたげに適当にあしらうのだが、最後の最後で地雷を踏んでしまった事に気付いたのだが時すでに遅し。


「もっぷぅー、今何て言った?」


 ルイカは手綱たづなを器用に股で挟むと、モップを肩からももの上に移動させ、何時いつももよりも激しめにモップの全身を揉みくちゃにモフモフする。


「わっ、ルイカっ、止めて、お願いだからーっ」


 モップは本日二回目のモフモフに悲鳴を上げるのだった……

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