第38話 お姫様のお茶会
一同はポーの案内で園内の休憩所に入った。部屋の中は机と椅子、そして机の上にはティーポットとマグカップが置いてある。
ポーはマグカップに紅茶を注ぎ、それを4人に渡してくれた。
「ありがとう。紅茶まで頂けるなんて助かるよ」
マティアスがポーに礼を言うと、ポーは軽くお辞儀をし、一旦この部屋から退出した。
"ホップとビール"から飲み物をもらえなかったエーリッヒとナイトは喉が渇いており、出された紅茶をとても嬉しそうに飲んでいる。
4人が紅茶を飲んでから数分後、ポーが部屋に戻って来た。しかし、その姿は可愛らしいクマのポーでは無く、着ぐるみの頭部だけを脱いだ状態で、首から上は強面のスキンヘッドの男だ。
首から下は着ぐるみなので、その体系と素顔のギャップがシュールである。
ポーは4人が座る席の向かい側に座り、口を開く。
「
ポーはチンピラのような口調で怒鳴り散らす。あまりの気迫に、エーリッヒとナイトは怯えてマティアスとハンニバルの背後に隠れてしまった。
ハンニバルはポーの態度が気に入らないのか、怒って立ち上がる。
「それを言ったら、ちょっと回しただけで事故ったり壊れたりするガバガバ設計に問題があるだろ! 壊されたくなかったら俺が本気で殴っても平気なくらいもっと丈夫に作れっての!」
「逆ギレかよぉ!? そもそも本気でどつくなっちゅーねん! そこの金髪の
「いや、あんな巨大なワニを放し飼いにしたら危ないだろ。それに私が湖に飛び込まなかったら、エーリッヒはワニの餌食になっていたのだぞ」
「そんなもん、元はと言えば湖にガキを放り投げたそこのゴリラ男が悪いんやろ! 恨むならゴリラ男を恨めや! ティーカップの修理費と動物虐待の損害賠償、たっぷり請求させてもらうで!」
マティアスとハンニバルの言い分は聞き入れてもらえず、ポーは請求金額が書かれた紙を2人に提示した。
請求書の内訳には修理費の他に、動物虐待の賠償金が法外な価格で提示されている。
「待ってくれ! こんな大金持ち合わせていないぞ!」
「完全にぼったくりじゃねーか! これ以上調子に乗りやがったらぶん殴るぞ、このハゲ野郎!」
「待て、ハンニバル! 暴力はやめろ!」
怒ったハンニバルがポーに殴りかかろうとしたところを、マティアスが慌てて止めに入った。
ハンニバルはかつての肉体改造手術による精神への弊害が残っており、以前よりも気性が荒くなっている。
彼が他の人間を襲わないように、マティアスが付きっきりで監視する必要があるのだ。
ハンニバルの手を止めたところで、マティアスは謝罪の言葉を口にする。
「乗り物を壊してしまったことに関しては申し訳無い。修理費は後日支払うから、それで許してくれないか。だが、ワニの賠償費に関してはこちらも正当防衛だったから応じることは出来んな」
「ワレら自分の立場をわきまえろや。どうしても全額払えへんって言うなら、マッキーワールドの恐怖のアトラクションに参加してもらうで。……せやな、そこの銀髪の
「……え? 僕!?」
ポーは恐怖のアトラクションの参加者にエーリッヒを指名した。
エーリッヒは中性的で可愛らしい容姿のせいで女の子と勘違いされているようだ。
「恐怖のアトラクションに参加出来るのは若い女だけや。ワレにはアトラクションの主役になってもらい、ほんでビデオ制作に協力してもらうで」
「ちょっと待って! 僕は男だよ!」
「何や……ワレ男やったんかい。まあ、参加中に男だとバレないように振る舞ってくれればえぇよ」
「それで良いんだ……。じゃあ頑張るよ」
エーリッヒはやる気のようだが、そこでマティアスとハンニバルが食らいつく。
「エーリッヒ、何もそいつの良いなりになる必要なんて無いんだぞ」
「その通りだぜ。おい、そこのハゲ。エーリッヒの身に何かあったら俺達が許さねぇからな!」
「いや、ここは僕に任せて。僕だってマティアスさんとハンニバルさんの力になりたいんだ。それに、アトラクションの主役になれるって楽しそうだからやってみたいよ」
「……そうか。お前がそう言うなら、その意思を尊重しよう」
エーリッヒが恐怖のアトラクションへの参加を承諾したことで、請求費用はティーカップの修理代だけで済むことになった。
「いいなぁ……エーリッヒは主役になれて」
アトラクションの主役になれるというエーリッヒを、ナイトは羨ましそうに見つめている。
ポーの説明によると、エーリッヒにはいわゆる脱出ゲームのアトラクションに参加してもらい、その様子をアトラクション内に設置されている無数のカメラで撮影してビデオにしたいそうだ。
そのビデオを商品化することで、動物虐待の賠償金を補ってやるとのことだった。
マティアス、ハンニバル、ナイトは休憩室で待機し、そこに設置してあるテレビの映像からエーリッヒの様子を見守ることにした。
エーリッヒはポーに案内され、裏口ともいえる暗い地下通路を通って行く。
長い地下通路を歩き続けて数分後、アトラクションの入り口と思われる扉の前に到着した。
「ええか。オノレは最後まで女の子を演じながら脱出を目指すんや。もしゲーム中に男だとバレたら賠償金額を増やすで」
「うん、分かった。頑張って行ってくるよ」
エーリッヒはポーに後押しされると、入り口の扉を開いた。
暗い通路から一変、その先の空間はまるでお姫様の部屋ようなお洒落でファンシーな部屋だ。
(なるほど、そういうことか。だから僕は女の子を演じる必要があるんだね)
エーリッヒは自分の役割がお姫様であることをすぐに察する。
エーリッヒは中性的な容姿のせいで女の子に間違われることがよくあるので、女の子扱いされることには慣れていた。
すると、向かい側の扉から1人の中年女性がやって来た。
女性は豪華なドレスを身にまとっており、貴婦人のような身なりをしている。
「あら、いらっしゃい。可愛らしいお嬢さんね。今からお姫様のお茶会を始めるんだけど、お嬢さんもご一緒にどうかしら?」
「は、はい! 是非ぼ……私も参加したいです!」
(お茶ならさっき飲んだばかりなんだけど……まぁいいか)
目の前の光景が平和的であっても、これが恐怖の脱出ゲームアトラクションと聞かされたことをエーリッヒは忘れていなかった。
ここで誘いを断ったら即脱落してしまうかもしれない。エーリッヒは話の流れに従って返事をした。
エーリッヒは貴婦人に案内され、次の部屋へ向かう。
そこには白いテーブルクロスが掛かったテーブルと椅子が設置されており、席には数人の若い女性達が座っていた。
女性達は皆、豪華なドレスを着ている。
「皆さん、可愛いお嬢さんを連れてきましたよ」
「お、お邪魔します……」
「キャー! 天使みたいで可愛いー!」
エーリッヒを見た女性達は、その可愛らしい姿に興奮していた。エーリッヒが席に座ると、お姫様のお茶会が始まる。
用意されたお茶は高価なハーブティーで、貴族のエーリッヒにとって馴染み深い味わいだった。休憩室で用意された質素な紅茶とは大違いだ。
自己紹介の話題になると、エーリッヒは自分が男だとバレないように「エリカ」と名乗り、気をつけて会話をする。
そうしているうちにお茶会は終了し、何とかその場を乗り切ることが出来た。
お茶会が終わった後、他の若い女性達は別れの挨拶をして次々と部屋を退出して行く。
「エリカちゃん、わたくしはこの方達をお見送りして来るから、そこで待っててもらえるかしら」
「はい、分かりました」
貴婦人は女性達の後を追って次の部屋へ向かって行く。
エーリッヒは貴婦人が帰ってくるまでの間、この居間で待ち続けることにした。
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