第39話 恐怖の脱出ゲーム

 貴婦人が部屋を後にして5分が経過、エーリッヒは待ちくたびれていた。


「あのおばさん、帰ってくるの遅いなぁ……。もう次の部屋に進もう」


 エーリッヒは待ちきれずに次の部屋への扉を開けた。扉の向こうは廊下となっており、通路が2方向に分かれている。

 エーリッヒが片方の通路を進んでみると、その先には貴婦人、そして先ほどのお茶会に参加していたと思われる若い女性1人がいた。


「おい、ババア! はなせ! そんな気持ち悪い顔で見つめてくんな!」

「まぁ! 怒っているお顔もなんて可愛らしいのでしょう! 食べてしまいたいくらいだわ! その若さ、わたくしに頂戴」


 貴婦人は女性に向けて手のひらを近づけ、呪文のような声を発する。

 すると女性は青ざめた表情になり、気を失ってその場に倒れてしまった。


「うふふ……これでまた一段と若返った気分だわ」


 貴婦人は嬉しそうに自分の頬を撫でている。

 その様子の一部始終を見たエーリッヒは、恐怖のあまりその場に立ちすくんでしまった。


(あのおばさん、もしかして……若い女性から若さを吸い取る魔女なのか!? 早く逃げなきゃ……!)


 エーリッヒは逃げようとしたが、恐怖で足が思うように動かず転倒してしまった。

 その時、貴婦人がその音に気づいて後ろを振り向く。


「エリカちゃん、さっきの部屋で待つようにって言ったでしょう?」

「は……はい。ごめんなさい!」

「なんだい、この震え様は。……まさか、あれを見たのね?」


 貴婦人は先ほどの嬉しそうな表情から一変、今にも襲い掛かってきそうな恐ろしい表情でエーリッヒを見つめる。


「う……うわああああああ!!」


 エーリッヒは叫びながら反対側の通路を全速力で走っていく。


「うふふ……逃げたって無駄よ。あなたもすぐに若さを吸い取ってあげるわ!」


 貴婦人はドレスとハイヒールを身にまとっているとは思えないほどのスピードでエーリッヒを追いかけた。

 その俊足で徐々にエーリッヒと距離を詰めていく。


(あのおばさん、何であんなに足が早いんだ!? 靴にジェット機でも仕組んでいるのか!?)


 エーリッヒは通路を駆け抜けて次の部屋の前に到着すると、すぐに扉を開けて中に入った。

 エーリッヒは部屋に入って扉を閉めると同時に、この扉がこちら側から鍵を掛けられる仕組みになっていることに気づく。

 彼は急いで扉の鍵を閉めて道を塞いだ。扉の反対側からは貴婦人が扉を強く殴っている音が聞こえる。


(た、助かった……。でもしばらくすれば扉を破壊されてしまうかもしれない。早く次に進まないと!)


 エーリッヒは休むことも無く、そのまま部屋を駆け抜けた。

 この部屋にはエーリッヒを誘惑しているかのように、あちこちに高級お菓子を乗せているテーブルが設置されている。

 エーリッヒは一瞬お菓子に気を取られたが、誘惑に負けることなく先を進んでいく。今のところ、貴婦人が後ろから追ってくる気配は無い。


(もう追いかけてこないのかな? 走り疲れたから少し休もう)


 エーリッヒは走り続けて息切れしていた。彼は走るのを止め、深呼吸しながらゆっくり歩いて先を進む。

 エーリッヒが次の部屋の扉を見つけたその時、側面の壁が破壊され、前の部屋で彼を追いかけてきた貴婦人が猛スピードで突っ込んできた。


「あれで足止め出来ると思ったの? 残念だったわねぇ!」

「うわああああああ!! 化け物だあああああ!!」

「誰が化け物よ! 失礼な子はお仕置きが必要ね!」


 エーリッヒは急いで次の部屋に入り、扉を閉めた。しかし、この扉は前の部屋の扉と違って鍵を掛けることが出来ない作りになっている。

 次の部屋は一本道の上り階段となっており、エーリッヒはそのまま走って階段を上って行った。背後からは貴婦人が猛スピードで追いかけてきている。

 少し先へ進むと、階段の両脇に石ころや雑巾が転がっているのが見えた。これを投げて、足の速い貴婦人から逃げろということなのだろうか。


(暴力は嫌いだけど、こうしなきゃ僕がやられる……! 今はやるしかない!)


 エーリッヒは上へ進みつつ、石ころや雑巾を拾ってそれを貴婦人へ向けて投げつける。


「痛っ! 随分ナメたことしてくれるじゃないの! 覚悟しなさい!」


 貴婦人を怒らせてしまったが、一時的に足止めをさせることによって距離を空けることに成功する。

 エーリッヒが地面に落ちている物体を片っ端から拾っては、それを貴婦人に投げつけながら進んでいく。

 少しずつエーリッヒと貴婦人の距離が空いていき、有利な状況が続く。

 階段を上り続けて数分後、ついに次の部屋の扉を見つけた。


(この脱出ゲーム、いつまで続くんだろう。そろそろ走るのも限界だよ……)


 エーリッヒは息を切らしながら次の部屋への扉を開ける。その先の光景は、なんと広々とした建物の屋上だ。

 外に出ると、目の前に1つのコンテナ倉庫が置いてあるだけで、それ以外の障害物は無い。


(え? 屋上? これじゃあ行き止まりで逃げ道が無くなっちゃうよ……。とりあえず、あの倉庫の中に隠れよう)


 エーリッヒは倉庫の中に入り、身を隠す。しばらくすると貴婦人も屋上へ上って来た。


「あら、エリカちゃんはどこに逃げたのかしら。さっきの道に隠し通路でもあったのかしら? とにかくここには居なさそうね」


 貴婦人が諦めたかのような口調で喋っているのが聞こえる。

 ここで貴婦人が引き返してくれれば無事脱出出来るかもしれないと、エーリッヒは思っていた。

 エーリッヒは倉庫の中で数分待った後、倉庫の扉をそっと開ける。

 すると、目の前には勝利を確信したかのような表情をした貴婦人がこちらを見つめていた。


「うわああああああ!! 助けてえええええ!!」

「お馬鹿さんね。このわたくしが諦めて帰ったとでも思ったの? では約束通り、お仕置きを始めるわよ!」


 貴婦人は泣き叫ぶエーリッヒを倉庫から引きずり出した。

 貴婦人はかつて廊下で女性を襲った時と同じように、エーリッヒに手のひらを向ける。


「では、あなたの若さを吸い取らせてもらうわ」

「嫌だ! それだけはやめて!」

(僕もあの人と同じように魔法を掛けられちゃうのかな……。そんなの嫌だ!)


 エーリッヒは必死に抵抗するも、貴婦人の腕を解くことは出来なかった。

 エーリッヒがもう駄目かと絶望していたその時、貴婦人が何者かに蹴り飛ばされた。貴婦人は悲鳴を上げながら横に転がり落ちる。


「若さを吸い取る魔女よ、貴様の悪行もここまでだ」


 目の前に現れたのは、素顔を仮面で隠し、右手には剣を持ち、全身を豪華な白いスーツで身を包んだ長身の男だった。

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