第36話 夢のテーマパーク

 4人はついにマッキーワールドに到着した。一同は4人分の入場チケットを購入し、園内に入る。

 マッキーワールドは子供も大人も楽しめる大人気のテーマパークだけあって、来場客は非常に多い。


「なぁ、これどうすれば良いんだ? 俺、遊園地なんて一度も来たことねーぞ……」

「私も同じだ。まぁ、この地図を見ながら順次行きたい所に行けば大丈夫だろう」


 マティアスとハンニバルは遊園地での立ち回りが分からず困惑している。

 マティアスは少年時代に家族を亡くしており、ハンニバルは生まれた時から戦闘マシーンとして育てられてきたので、子供らしい遊び方をあまり知らなかった。


「あの……僕でよければ案内するよ。僕は何度かマッキーワールドに来たことがあるから」


 2人が子供達のエスコートに迷っている中、エーリッヒが率先して2人に話しかけてきた。

 行き当たりばったりで園内を回るよりも、経験者に案内してもらったほうが効率的に回れるのは明らかだ。

 一同はエーリッヒ主導で園内を歩くことに賛同した。

 最初に向かったのは、ボートに乗って水上を移動し、さまざまな野生動物たちを観察しながらジャングルを進む"ジャングルツアーズ"だ。

 待ち時間中は2匹のリスのキャラクター"ホップとビール"が、順番待ちの人々をおもてなししてくれるので退屈することは無い。


「ねぇ、あそこに"ホップとビール”がいるよ!」

「ほんとだ! ビール配ってるぜ!」


 エーリッヒとナイトが"ホップとビール”を見てはしゃいでいる。

 "ホップとビール”は紙コップにビールを注ぎ、順番待ちのに次々とそれを配っていった。マティアスとハンニバルもビールを受け取る。


「随分と親切なリスがいるもんだな。さすが大人も子供も楽しめるテーマパークだ!」

「だが、これから乗り物に乗るというのに酒を配って大丈夫なのか……?」


 マティアスとハンニバルがビールを飲み干すと、ナイトは2人を羨ましそうに見つめていた。


「俺もビール飲みたかったなー。大人ばっかり飲み物もらってずるいよ」

「でもナイト君、僕たちはまだ子供だからビールなんて飲んだらまずいよ」


 エーリッヒはナイトを説得するが、本当はビールをもらっている大人達を羨ましがっていた。

 そんな2人の様子を見たマティアスが微笑みながら声を掛ける。


「エーリッヒ、ナイト。後で飲み物を買ってやるから安心しな」

「本当に!? やったー!」


 子供達は飲み物を買ってもらえると聞いて大喜びだった。

 そこで横から"ホップとビール”が文字入りのプラカードを来客達に見せてきた。

 プラカードには「このビールはお土産コーナーに売ってるから、気に入ったら買ってね」と書いてある。


「ビールの営業もしなければならないとは、あのリス達も大変だな」

「そうだなぁ。あいつらの為にも後でビールを買ってやろうぜ」


 マティアスとハンニバルは"ホップとビール”の仕事の大変さに同情しつつ、今日は存分にお土産を買ってあげようと決めたのであった。

 そうしているうちに、ようやく一同がボートに乗る番が来た。一同と他数人の来客達は、船長の案内でボートに乗り始める。


「皆さん、こんにちはー! ジャングルツアーズにお越しいただき誠にありがとうございます! それでは出発します!」


 陽気な船長の掛け声と共にボートが前進した。乗客を乗せたボートは少しずつジャングルの中を潜り抜けて行く。

 少し先へ進むと、ゾウやカバが水遊びをしているのが見えた。本物の野生動物の姿を間近で見ることが出来るとは、さすが夢のテーマパークだ。


「すげー! あれ全部本物だよね?」

「そうだよ。マッキーワールドは遊園地でもあって動物園でもあるんだ」


 ナイトとエーリッヒは野生動物を目の前にしてはしゃいでいた。

 さらに先へ進むと、鹿の群れが池の水を飲んでいるのが見える。

 のどかな風景かと思っていたその時、体長4メートルを超えるワニが池の中から飛び出してきた。

 ワニは1匹の鹿に噛み付き、そのまま池の中に引きずり込んで捕食してしまった。

 生き残った鹿達はその場から急いで逃げ出し、池の中からは捕食された鹿の血が滲み出ている。


「ああっと! 凶暴なナイルワニが鹿を食べちゃいましたー! 自然界の食物連鎖を生で見られるなんて、皆さんはとても運が良いですねー!」

(飼育員の奴ら、動物にエサあげるのを忘れてやがるな……)


 本来ジャングルツアーズは常に動物達を満腹状態に保つことで、肉食獣の凶暴性を抑えていた。

 どうやら飼育員が動物達にエサをあげるのを忘れてしまったらしく、ワニはお腹を空かせて鹿を食べてしまったようだ。

 船長はこの地獄絵図を愉快な空気に変え、乗客達からは歓喜の声が上がる。

 マティアス、ハンニバル、ナイトはこの空気に便乗して盛り上がっていたが、エーリッヒだけは「鹿さん可哀想……」と悲しい顔でつぶやいていた。

 その後、乗客の乗るボートが幾度となくライオンやワニに襲われたが、ハンニバルが猛獣達を威嚇して追い払ったり、船長がエサをまいて誘導してくれたおかげで、なんとかゴールまで辿り着けた。

 ジャングルツアーズは野生の厳しさを身をもって教えてくれる、なかなかスリリングなアトラクションだった。


「いやー、死ぬかと思ったよー」

「ジャングルツアーズってこんなに怖いアトラクションだったかなぁ……。前に来たときはもっと平和だったのに……」


 ナイトとエーリッヒは恐怖で冷や汗をかきつつも、無事に元の場所へ帰って来れた喜びの表情を見せていた。


「俺は久々に大自然を味わえて楽しかったぜ」

「あれじゃ、ハンニバルがいなかったら死人が出ていたかもしれんな……」


 ハンニバルは純粋に楽しんでいたようだが、マティアスはジャングルツアーズの安全対策の不十分さに苦笑いしていた。

 一同は外に出ると、ジャングルツアーズの入り口付近にある建物の裏の日陰で"ホップとビール”が座って休んでいるのが見えた。

 しかも"ホップとビール”は着ぐるみの頭部だけを脱いでおり、その素顔は2人ともモヒカン頭で人相の悪いチンピラそのものだ。

 "ホップとビール”は素顔を晒した状態でビールを飲んでいる。


「えぇ!? 遊園地で着ぐるみ脱いだらまずいだろ!」

「"ホップとビール”の中の人があんな怖い人だったなんて……」


 ナイトとエーリッヒは"ホップとビール”の正体を知って幻滅していた。その時、ハンニバルだけは興味津々に"ホップとビール”の元へ歩いていく。


「よぉ、さっきのビール美味かったぜー!」

「おい、ハンニバル! そいつらは休憩中だからそっとしておいてやれ!」


 マティアスは急いでハンニバルを追いかけて止めようとする。

 "ホップとビール”はこちらの存在に気づくと、自分達の素顔を見られた驚きのあまり、後ろに倒れかかった。


「おい、ここはスタッフ以外立ち入り禁止だぞ! こっち来んな!」

「別に良いじゃねーか。後でたっぷりビール買ってやるから、面白い話を聞かせてくれよ」

「本当か!? ビールの売り上げが多いほど俺らの給料が上がるから助かるぜ!」


 ハンニバルがビールの購入をちらつかせると、"ホップとビール”は喜んだ様子を見せる。

 マティアス、そしてさっきまで"ホップとビール”に幻滅していたエーリッヒとナイトもワクワクしながら近寄って来た。

 "ホップとビール”は嬉しそうに話を始める。


「実はな、俺らはかつて荒野の無法地帯で暴れ回っていた元無法者なんだ。マッキーワールドはそんな俺らに仕事を与えてくれて、今では俺らは改心して真面目に働いているんだぜ。偉いだろ?」

「俺らだけじゃない。マッキーワールドは数多くの無法者を従業員として受け入れ、暴力や略奪無しで生きていけない無法者の数を減らしているんだ。そのおかげで荒廃していた世の中に平和がやってきたってわけさ」


 "ホップとビール”、それどころかマッキーワールドの従業員の多くが元無法者という衝撃の事実に、一同は驚きを隠せなかった。


「なるほどな。最近やけに無法者が減っていると思ったら、マッキーワールドに雇われたのが原因だったか。私は傭兵時代に無法者狩りをして生活をしていたが、今じゃそれで食っていくのは厳しそうだな」

「そういえば、今日はやけに着ぐるみが多いよね。無法者を沢山受け入れて着ぐるみの人が多くなったから?」

「ビンゴ! おかげで多くのキャラクター達と触れ合えるようになっただろ? 着ぐるみの従業員が多すぎて、同じキャラクターが同じ場所に居合わせてしまうこともあるけどな! ハハッ!」

「ちょっ……マッキーの笑い声を真似すんなって! ちなみに今頃はもう1組の"ホップとビール”がジャングルツアーズでおもてなしをしているぜ。"ホップとビール”は交代制で働いているんだ」


 マティアスとエーリッヒが問いかけると、"ホップとビール”はドヤ顔でマッキーワールドの裏側の事情を語った。

 彼らは子供の夢を壊す発言ばかりしているが、エーリッヒとナイトは意外にも面白そうな表情で聞いており、マティアスとハンニバルも興味津々だ。

 "ホップとビール”から面白い話を聞けた一同は彼らに礼を言い、後で大量のビールを買うことを約束してその場を立ち去った。

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