第12話 垣間見た鮮血の夢

 マティアスは気が付くと見知らぬ建物の中にいた。さっきまでハンニバルと一緒に行動していたことを思い出すが、今はなぜかハンニバルの姿が見当たらない。

 マティアスが通路を進んでいくと、そこには白衣を着た研究員たちの無残な死体があちこちに転がっていた。

 壁や床は血塗れで、欠損死体や内臓が飛び出した死体、マティアスは死体を見慣れているとはいえ鳥肌が立った。この先に恐ろしい化け物が潜んでいると思ったからだ。

 さらに奥に進むと、そこには大量の返り血を浴びた状態で高笑いしているハンニバルの姿があった。瞳は赤く光っており、その表情は狂気に満ちている。

 そして、ハンニバルはマティアスと目が合った瞬間に襲い掛かってきた。


「やめろおおおおお!!」


 マティアスはハンニバルに襲われたと思った時、夢から目覚めた。


「マティアス、大丈夫か!?」


 マティアスが身を起こすと、そこには心配そうに声を掛けるハンニバルの姿があった。


「やはりあれは夢だったか……。まさかお前が私を襲うはずが無いもんな」

「マティアス、何を寝ぼけてるんだ? お前はさっきの戦いの後に意識を失っちまったんだ。よっぽどあの鉄屑野郎にやられたダメージがデカかったみてぇだな」


 マティアスはヴォルフガングとの戦いでかなりダメージを受けていた。

 本人はあまり自覚が無かったが、肉体はどうしても休みを必要としていたのだろう。

 まだ昼間なので眠っていた時間は1時間程度といったところか。

 だが、マティアスはそれ以上に先ほど見ていた夢が気がかりだった。

 もしあの夢と同じことが現実になってしまったら、という不安が過っていた。

 本当は親友であるハンニバルをそんな風に思いたくなかった。

 しかし、ハンニバルが今までに敵を残虐な方法で殺すことが多かったことを思い出すと、そうなってもおかしくないのではと薄々感じていた。


「……ハンニバル、お前は自分を生み出した研究所のことをどう思っている?」


 マティアスは揺さぶるようにハンニバルに問いかける。


「何で急にそんなこと聞くんだ?」

「お前はさっきまで戦っていたサイボーグ兵たちのことを快く思っていなかった。つまり、改造人間を作り出している生物兵器研究所そのものを嫌っているんじゃないかと思ったからだ。もちろん、お前を生み出した研究所までもな」


 マティアスはあえてあの夢のことは話さなかった。ハンニバルも突然の問いかけに複雑な表情をしている。


「正直なところ、俺は自分が生まれた場所も含め、生物兵器を作っている奴らが大嫌いだ。俺が強い力を持って生まれたことだけは感謝しているがな。奴らは武器商人と同じだ。自分たちの研究や金儲けの為に戦争を引き起こしているんだ。狂った実験をする奴らがいるうちは戦争なんて無くならなねぇんだ」


 やはりハンニバルは自分を生み出した生物兵器研究所を快く思っていなかった。任務を一通り終えたら研究所を破壊するつもりなのかもしれない。

 だが、そんなことはマティアスにとってどうでも良かった。ただ、大切な親友と敵対することだけは避けたかったのだ。


「そうか、お前の気持ちを聞けて良かった。念のため言っておくが、くれぐれも私を襲ったりしないでくれよ?」

「ん? 何言ってんだよ。俺がお前を襲うわけねーだろうが。お前、さっきは結構うなされてたみてぇだし、もう少し休んだ方が良いんじゃねぇのか?」

「いや、もう十分休めたから大丈夫だ。そろそろ先へ進もうか」


 2人は再び戦闘の準備をしたところで、地下室へ続く階段を下りていった。

 地下室に入ると、入り口の部屋は大量の物資が詰められた倉庫になっている。ここには他に誰もいないようだ。


「なるほど、ここは敵の補給基地ってわけだな。まさか人様の国にこんな拠点を作ってやがるとはな。この基地を破壊すれば、敵は物資不足で無力になるはずだぜ」

「あぁ、その通りだな。だが、今ここを爆破してしまうと奥にいる敵に気付かれてしまう。倉庫を破壊するのは敵を始末してからだ」


 ここの部屋の奥には次の部屋に続く扉がある。2人が扉に近づくと、向こうの部屋から食欲をそそられる美味しそうな匂いがした。

 2人は朝からずっと戦っていたのでお腹を空かせていた。

 2人は匂いに釣られて扉を開くと、そこには食糧倉庫と複数のテーブルと席、そしてキッチンで料理をしている小太りの若いコックの姿が見える。

 ハンニバルは平然と席に座り、コックに声を掛けた。


「コックさんよ。2人分の飯を作ってくれ。代金はツケで良いだろ」

「おい、ハンニバル。何やってんだよ……」


 相手は敵なのに当たり前のように料理を注文するハンニバルに、マティアスは困惑していた。

 コックは振り返ると、見知らぬ男2人が背後にいるのを見て驚く。


「誰だ、お前らは!? よくもオイラの食料倉庫に潜入したな! 部外者に食わせる飯は無ぇんだよ!」


 コックはハンニバル目掛けて中華包丁を投げつけてきた。

 ハンニバルはそれを素手で殴って粉砕し、素早くコックに飛び掛かって殴ろうとした瞬間、拳がコックの顔面に当たる寸前で止めた。コックは激しい恐怖で冷や汗をかいている。


「2人分の飯を頼むぜ。言うこと聞いてくれりゃお前だけは助けてやるからよ」

「あ、ありがとうございます……。特製料理を作って差し上げますので席でお待ちください」


 コックはあっさりハンニバルの言いなりになり、注文に応じてくれた。

 マティアスもハンニバルと向かい側の席に座り、2人は料理が来るのを楽しみに待ちながら会話をしていた。


「ハンニバル、お前はいつも敵を容赦無く殺すのに、今回はやけに優しいんだな」

「戦闘要員でも無いただのコックを殺したってしょうがねーだろ。例え敵でも、役に立ちそうな奴なら生かして利用するのもアリだぜ」


 確かにこのコックは包丁を投げつけてきたとはいえ、ほぼ無抵抗の人間だ。

 無抵抗の人間を殺すことは、正義感の強いハンニバルの信念に反することだった。

 しばらく待っていると、コックは完成した料理と飲料水を2人のテーブルへ持ってきてくれた。


「お待たせしました。ではごゆっくりお召し上がり下さい。飲み物はアイスティーしかなかったんだけど良いかな?」


 出された料理は極上サイズのステーキで、軍人2人の昼の腹ごしらえには丁度良い飯だ。


「よし! ありがたく頂くぜ!」


 2人は待ちわびたようにステーキを頬張った。ガーリックソースとバターとの組み合わせが絶妙で、いくらでも食べたくなる美味しさだ。

 特盛サイズのステーキだったが、2人はあっという間に料理を食べ終えた。

 

「ご馳走様。また食べに行きたい気分だ」

「なかなか美味かったぜ! ありがとな!」


 2人は礼を言うと、コックはほっとしたような表情でお辞儀をした。


「喜んで頂けたようで何よりです! この先の最深部には我々の軍の研究室、そして巨大生物兵器がいるのでくれぐれもお気をつけ下さい!」


 コックはこの補給基地の情報を教えてくれた。しかし、敵であるマティアスとハンニバルにあっさり情報を与えるのはどういうことなのか。

 マティアスは疑問に思い、コックに揺さぶりをかける。


「貴重な情報をありがとう。だが、そんなことを我々に教えて良いものなのか?」

「オイラは低賃金でこき使われていて、正直こんな劣悪な労働環境から早く抜け出したいところなんですよ~。あんた達が奥にいる奴らをぶっ倒してくれれば、オイラは自由になれるんですよ」


 コックは敵の軍に奴隷の如くこき使われていた。それが事実なら、コックが素直に料理を作ってくれたことも、反旗を翻すようにこの基地の情報をくれたことも納得だ。

 そこでハンニバルがコックに提案をする。


「なぁ、コックさんよ。なんなら俺達の軍事基地で働く気はねぇか? 俺たちの職場はきちんと給料を払うし、お前の料理の腕前をこんなところで腐らせるのはもったいないぜ」

「ありがとうございます! こんなオイラで良ければ是非働かせて下さい!」


 コックはあっさり勧誘を受け入れてくれた。よほど今の労働環境に不満を持っていたのだろう。


「よし、決まりだ! 俺達が奥の倉庫や研究室を破壊し終えたら、また迎えに行くぜ!」


 ハンニバルはコックに手を振り、次の部屋へ行こうとしたが、その直後マティアスが止めにかかる。


「待て。私達が内通しているのがバレたらコックさんは殺される。悪いがそれを隠す為にコックさんの身柄を拘束させてもらおう。彼は私達に捕まって縛られたことにするんだ」


 マティアスはこの部屋からロープを持ってきてコックの体を縛った。

 コックは戸惑いを見せたが、マティアスとハンニバルとの繋がりを隠す為には仕方ないことだと思って受け入れた。


「必ず帰ってきて下さいよ! あんた達が死んだら、オイラはずっと縛られたままになっちゃいますから!」

「任せておけ。後で必ず迎えに行く」

「俺達が死ぬことなんて無ぇから安心しな! それじゃ、行ってくるぜ!」


 2人は再びコックを迎えに来ることを約束し、次の部屋へ向かった。

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