北陸

第51話 副知事誘拐

新潟と福井へ、電力と石油の供給の交渉に行った副知事が行方不明になった。


県は警察に捜索届を出し、県警が群馬に行ったところ、身柄を拘束されてしまった。さらに、群馬を警備領域とする第12旅団が、南下し、埼玉と群馬の県境の、利根川と神流川の川岸に、戦車隊を集結させた。


知事や県の幹部は、やっと状況が分かってきた。大宮の32普通科連隊が武装解除しないから、練馬の第1師団と群馬の12旅団で、挟み撃ちする計画だと。


政府は中国軍の指揮下に入ったと、テレビで聞いたが、各地の自衛隊も中国軍の指揮下に入っていた。関東近辺では、埼玉以外は全部中国軍の指揮下であり、それは埼玉以外は別の国であることを意味していた。つまり、埼玉県から外に出たら、安全は保証されないし、県外からのエネルギーや食料の供給がなされないということであった。


知事は決断を迫られた。大宮の32連隊が武装解除したら、ことは丸く収まるだろう。ただし、そうすると、西川口の中国人が暴れだすことは明らかだった。埼玉南部の西川口は中国人が多く居住し、街全域がほぼ中国人街になっていた。第3次世界大戦前でも、日本語が通じないエリアがすでにあり、日本人はなかなか立ち入れない状況になっていた。停電後、政府が中国軍に占領されると、西川口の中国人は我が物顔で暴れまわり、略奪、放火、殺人、婦女暴行なんでもありの無法地帯になった。被害は西川口だけでなく、付近の川口や南浦和までじわじわと広まっていった。


今は警察と自衛隊で治安維持を行っているが、自衛隊が武装解除したら、警察だけでは無理だろう。さらに警察の武装解除を求められない保証もない。


で、結局、知事は回答を引き伸ばすことにした。


ただ、県内の停電が長く続いていて、電力の復旧は急がれた。県内に侵攻してくる他の自衛隊部隊を抑えるためにも、燃料が必要であった。


副知事は元東京電力の専務のため、送電の再開の交渉に最適であり、必要だった。


知事は群馬に人を送り込みいろいろ情報収集を行い、副知事が群馬で誘拐され、かつ監禁場所を突き止めた。


副知事救出要請が。大宮の32連隊へ来た。



最初、32連隊は救出要請受諾の判断を保留した。群馬県は32連隊の警備領域でないのと、もともと誘拐事件解決は自衛隊の任務ではないからだ。


県庁からエネルギー課長が大宮駐屯地へ来た。


「これは民意です」


課長は連隊幹部の前で、そう言った。


「県議会で、32普通科連隊の予算を出している。金を出すから口も出す、当然のことです」


連隊幹部の一人が口を開いた。


「自衛隊法違反では?我々は統合本部、更にその上の防衛省、そして最終的には総理の命令がないと動けません」


「もう憲法、停止しているから。そういうの関係ないから。文句があるなら、予算を止める。代わりに機動隊に頼む」


連隊幹部は黙り込んでしまった。


完全に前例がないことを求められているからだ。


県議会の決議がある民意と言えども、県の私兵として動くという意味であり、日本国の自衛隊としての役割は無くなる。


ただ、日本国はもうない。少なくともテレビ放送ではそう言っている。東京の防衛省や統合本部は中国軍の指揮下にあり、彼らからは中国軍の指揮下に入れと命令があった。


県の要請を拒否して、無難に中国軍の指揮下に入れば、何も責任は発生しない。ただ、そうすると、今より埼玉の状況が悪化するのは確実だ。


それに、連隊長は埼玉出身の人だった。


今まででさえ、埼玉は東京から1段低く見られて、川の向こうとか言われているのに、その東京の上に中国が来ると、2段下になる。中国→東京→埼玉と。これは我慢ならなかった。


また、日本史的にも、この辺り一帯の北関東は戦国時代を通して、統一した藩がなくて群雄割拠が続いていた。京の都の支配や有力大名とか、権威と名の付くものに理由もなく反抗する風土だった。


人々の生活を思うなら、ここで一肌脱いでも良いのではないか。


また、隊員にも生活がある。それも守らなければならない。


連隊幹部はしばらく話し合い、責任を県側が持つということで、救出要請を承諾した。


「副知事に護衛は?」


「護衛?そんなもん付いていないよ。群馬へ出張に行っただけだから」


連隊長は県の認識の甘さを指摘した。県外は無法な国外と思ってくださいと。


「以後、任務は受けますが、具体的な戦略はこちらで考えますので、それはお任せしていただきたい」


責任分担、指揮系統で、県と32連隊は合意し、今後協力することになった。

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