第8話 月夜の川原

後ろの草むらがガサガサっと動き、張本さんが草むらから出てきた。4人で生還を、手を取り合って、喜んだ。水崎さんがまだ見当たらない。


川のせせらぎは、穏やかに流れて、時々鳥のさえずる声が聞こえた。


ちょっと前まで、中国軍との銃撃戦の中を橋から川に飛び込むなどというハードなことをしていたとは、とても信じられないくらい、周囲はのどかだった。


佐田倉さんは、同期の岡本さんを置いてきたことをすごく悔やんでいた。


「迫撃砲を受けた時に、すでに亡くなっていた」


浜田さんがそう言ったが、佐田倉さんにはその確証がなかった。


鉄道までは、かなりある。途中で野宿するだろう。


水崎さんは先に流されたのか、それとも私たちの後ろの方で岸に上がったのか、分からなかった。


私は山岳の行軍の訓練などしたこと無いので、皆の足を引っ張っていた。でも、そんな私のペースに合わせて、適度に休憩を取ってくれた。


なんで、こんなにみんな優しいんだろう。


みんなに迷惑をかけていそうで、心苦しかった。


歩いているうちに、服が乾いてきた。


夕方5時になった。浜田さんが私が背負っていた通信機を使って、本部を呼び出した。集合場所に中国軍が現れ、銃撃戦になったこと、岡本1士が亡くなったこと、水崎3曹が現状、行方不明なこと、川沿いに下流へ移動していることを報告した。


本部から、中国軍がすでに、制御装置と、博士の身柄を確保し、高山市に向かっているので、高山市で両者を奪回せよとの司令を受けた。


私達が目指していたのは、高山線で、その線路沿いに進めば高山市に着けるので、方向は合っている。


薄暗くなってきたので、川原の少し広くなっている、平らなところで、野営をすることになった。皆、携帯食料を取り出して、食べ始めた。私も食べた。


食べ終わった人から、リュックから寝袋を出し、眠り始めた。


私も寝袋を出し、中に入った。


今日一日、すごくいろんな事があった。もっと簡単で、安全なことだと思っていたのに、何度も死ぬかと思った。


今までの人生以上の経験をした気がした。いろいろ考えたせいか、頭が冴えて、全然寝付けなかった。それにまだ7時頃で、いつもなら全然起きている時間だからだろう。


私は寝袋から出て、川の方へ向かった。みな、スースーと寝息を立てていた。


よくこんな事があって、眠れるなあ。


川の近くに、少し大きめの岩の上があり、その上に座った。満月だった。そして、月はとても大きかった。周囲は真っ暗で、星明りだけだけど、怖さを感じなかった。


遠くでフクロウが鳴いていた。


後ろで、ジャリッと小石を踏む音が聞こえた。振り返ると、張本さんだった。


「隣り、良い?」


うんと言うと、張本さんも岩に登り、私の隣りに腰を下ろした。しばらく、二人共無言で月を眺めていた。


私はずっと言わなければと思っていたことを、勇気を振りしぼって、口に出した。


「さっきはありがとう」


張本さんは、すぐには何のことだか分からないようだったが、橋から飛び降りる時に、私に声をかけたことだと気付いたようだった。


「通信機が無いと、みんなどうすれば良いか、分からなくなるでしょ」


そういう理由だったんだ。


私を気にかけてくれたのかと思っていたので、ちょっとショックだった。


「アルバイトなんだって?」


私は今までの経緯を説明した。両親とも帰ってこないこと、大宮駐屯地でバイトを始めたこと、一戸さんのこと、藤原さんのこと。


「藤原さんって、本当にいい人で。でも、藤原さんはそれに自分では気付いていないみたいで。私とは育ってきた環境が違うんだなと、羨ましくなった」


張本さんは、じーっと私の顔を見た。


「どういう意味?西村さんも、悪い人には見えないけど」


私は、と言いかけて、言い淀んだ。私は普通ではないからと、言いづらかった。


「私は、他の人とは違うなあって。藤原さんともそうだし、この作戦の他の隊員の人とも」


「それはアルバイトだから?」


「そういう意味じゃなくて、育ってきた環境が」


まだ張本さんは分からなそうな顔をしていた。


「私、高校を1年の途中で辞めて、ずっと家に引きこもっていたのに、ここの人はみんな親切にしてくれる。多分、私は親に愛されないで育ってきたのだと思う」


張本さんは黙ったまま、月を見ていた。

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