前半 彷徨う恋

11。後宮、2日目 ①

 今日は『花の宴』の翌日、後宮入りした2日目の朝である。昨日の宴で、集団お見合いに参加するほぼ全員が、一堂に顔を合わせたというものの、個人的に話が出来たのは、ホンの一部の者達だけだろう。


今日からは個人的に、自分の婚姻相手を、王宮のとある一部の場所が解放されている。その1つが、武官達が主に武術の練習をしている、鍛錬場なのだ。これは、『宮ラブ』の代表的なイベントの1つとなっており、攻略していた怜銘にも思い出深い場所であり、気になって仕方のない彼女は、実際に見に行くことにした。


鍛錬場は王宮を挟んで、後宮とは反対側に位置している。これは、後宮に皇帝と皇子みこ以外が、簡単に出入り出来ないようにする為、そして後宮の妃達と接点を持たせないようにする為、また後宮の女性達が過去に、鍛錬場の騒がしい声を騒々しいと訴えたことが、要因となっている。一石二鳥というか、三鳥と言うべきの対策だ。


現在は一夫一妻制である為、正妃が浮気する可能性は低いけれど、則妃が多かった頃には、皇帝を裏切る妃と武官がいたそうだ。自分は堂々と何人もの妻を持ちながら、妻の1人や愛人が浮気すると癇癪を起こすのは、何時いつの世も何処どこの世界でも、…。


因みに、浮気した妃と武官のその後はどうなるのかと言えば、姦通罪という罪を与えられ、他に余罪もなく罪が軽ければ、皇帝の情けにより島流しに近い罰を受けることとなる。しかし、皇帝を殺害しようとしたとか、皇帝の位を乗っ取ろうとしたなどと判断されれば、罪は一気に重くなる。これまでに一番重い罪となったのは、死罪であったらしい。妃と武官が夫婦となって幸せになるなどと、御伽話おとぎばなし のような幸せは、絶対に有り得ない訳で。


全く…男っていう奴は、どうしようもない生き物だよね。勿論、男性全員が不実だとは思ってはいないけれど、前世の世論アンケートでも、半分以上は浮気したいと思っている、若しくは実際に浮気したことがあると、回答していたではないか…。現にこういうギャルゲーが生まれた背景も、そういう疾しい気持ちもあったからだろう…。それでも、あの人は……。あれっ???


怜銘はそこまで考えて、急に頭の中が真っ白になる。まるで考えてはならないと、頭の中で警告されたような感じがしたのだ。急に何も思い浮かばなくなり、頭の中に白いモヤが広がっていく、そんな風景が一瞬だけ見えたのだった。


たった今、私は…何を思っていたのだろうか…。あの人とは一体、誰のことなのだろうか…。自分は、あの人が何だと言いたかったのだろうか…。何も思い出せなくて、心は…やけに空しさを感じており、この世で自分が1人っきりなのだと、思わせられてしまうぐらいに、自分のことでさえ何も分からなくなって。


其れでも冷静になる度に、これまでの自分が見えてきて、その度に安心している自分がいた訳で。怜銘にも、これが異常なことだと気付くけれども、自分ではどうにも出来なくて、そういう気持ちでさえ麻痺してしまう…。


後宮からの移動中に、後宮の内壁に描かれた竜の絵画を見て、この世界の神様が竜の化身だと言われていることを、怜銘はふと思い出す。『宮ラブ』でも何度かそういう描写があり、「竜の姿をした神様なんて、少し…怖いなあ。」という感想を、前世の彼女は持っていた。


この世界に生まれてからは、この世界の竜が途轍もなく神聖な存在なのだと、聞かされて育った今の怜銘にとっては、神様でなくとも竜自体に怖いという思いは、失くしていた。前世の日本人からすれば、竜人のような存在を思い浮かべるかもしれないのだが、この麓では竜そのものの姿=神だと、言い伝えられている。


『宮ラブ』でも、良き竜が神聖な神様として崇められていて、邪悪な竜は縁起の悪いものとして扱われていた。現実に邪悪な竜の出現は、今までには見られないものの、「悪しき魂が人間界に集いし時には、神聖な竜が侵される」という記述が、何かの本に載っていた。


あれは一体、何の本だっただろうか…。幼い頃に字が読めるようになり、嬉しくて本を沢山読んでいた怜銘は、姿少し違っていた。前世の記憶はなくとも、この世界の言語が日本語である為に、幼い頃から日本語の文字が読め、日本語の文字が書けた彼女は、物心ついた頃には読み書きが出来ていた。しかし、この言動が異質だと思われることを知った時、それからの彼女の言動は慎重になり、読み書きが出来ることは秘密にして。


読み書きが出来ないフリをするのは、意外と難しい。そこで彼女は絵本を読むフリをしては、自邸にある書庫に1人閉じ籠り、難しい本もこっそりと読み耽り、その時に読んだ本の中に書いてあったことには、多分間違いないだろう。






    ****************************






 「怜銘様、どうかされましたか?」


怜銘が後宮の壁に描かれた竜を見つめ続けていると、侍女の1人である蓬花が声を掛けて来た。麓水国では竜の神様として、竜の絵は見慣れたものとされる一方で、また唯の伝説として気にしない者達も多かった。特に後宮や王宮では、伝説を理由とする意味合いが強く働くので、此処で仕事をする人達には尚更だ。


竜が描かれているのは、何も…此処だけではない。後宮の別の場所にも幾つか描かれているし、王宮にも幾つか描かれており、そして今から向かう鍛錬場にも、竜が描かれている。大切な場所には、必ずという具合に描かれている訳で。竜を信じているならば、恐れているような悪い事態は起こらないという、迷信担ぎでもあるのだ。


 「…いえ、何でもないですわ。行きましょうか。」


涼風と蓬花、王宮が用意した侍女達は、そういう王宮や後宮の雰囲気に、既に慣れていた。怜銘達貴族の令嬢より早めに後宮入りしており、一々伝説や迷信に囚われることはない。今更という感じなのだろう。


怜銘が何でもないと否定し、先に行くことを促せば、侍女達も黙って彼女について来る。怜銘には沢山の侍女が与えられており、流石に今日は全員連れて行くことは叶わず、半数の侍女はお留守番だ。彼女の部屋を守るのも、侍女達の大事な仕事の1つなので、それはそれで良いのだが。


ゾロゾロと鍛錬場に出向けば、既に鍛錬場では多くの女性が詰め掛けていた。鍛錬している男性達の近くには行けないので、詰め掛けた女性達は見学という形で、囲いをされた外側の場所から、彼らの姿を見つめることになる。怜銘達は鍛錬場にいた案内係から、特別席に案内されていた。特別席というだけあり、鍛錬場の見学では一番見やすい席となるようだ。


前世の日本風に説明するならば、何処かの競技場を思い浮かべてもらえば、良いだろう。円形状の運動場には武術を練習する武官達がいて、その周りには柵のような囲いが設置され、囲いから外側には階段状の見学席が沢山設けられており、その中でも真正面の一番下の席に、怜銘達は座っていた。


武官達と距離が近くなればなるほど、剣などが飛んで来る恐れもある、危険な場所である。その為に、低めの囲いの上にはシールドとでも言えそうな、透明の囲いが施されていた。怜銘は気になって触ってみれば、ビニールのような弱い素材ではなく、ガラスのように固い素材だったのだ。これでは、ガラスが割れて余計に危険では…と思いがちだが、どうも単なるガラスではないようで。なんちゃって中華風の世界だけあり、意外とこういう特殊な技術が見られる世界なのだ。


怜銘は細かいことには、気にしないことにする。ただでさえ自分の存在が異質であるし、ギャルゲーに激似の世界に転生してるし、今の自分の記憶も曖昧になる時があるのだから、もう何も深く考えまい…と。


 「これほど広い見学席があるのでしたら、全員一緒に入れましたわね…。部屋に残ってくださった侍女達には、悪いことを致しましたわ…。」

 「ええ、確かに…。ですが防犯上の意味では、少しは侍女が残っていなくてはなりません。特に怜銘様のお部屋は特別ですし、妬んでいる女性もおられるかも、しれません。」

 「そうですよ、怜銘様。此処は後宮なのですから、んですよ。」

 「そうですわ、お嬢様。お嬢様は、皇子様の皇妃候補の筆頭なのですから。下手に侍女に気を使っている場合では、ございませんよ。」

 「………」


怜銘の侍女達は皆の仲が良く、事前に自分達で話し合って決めていた。中でも元々の侍女・清蘭、護衛も兼ねた涼風と蓬花、この3人は必ず怜銘に付き従うことが決まっている。他の侍女達も、侍女でも上位に位置する3人には、誰も異議を持っていなかった。部屋に残っている侍女は、十分に納得の上で居残っていたのだ。


それでも怜銘は、居残り組に気を配っていた。自邸の部屋ではないので、特に盗られても困るものもなく、不都合はないと考えている怜銘だったが、実はそういう単純な話ではない。後宮では昔から女性の嫉妬で、命を狙われる危険も多く、怜銘の場合も。何かに塗ったり飲み物に混ぜたりして、毒でも盛られるという懸念もある訳で。


それを指摘する蓬花に、涼風も賛成している。そして、清蘭までも。但し肝心の怜銘には、本音は伝わっていないのだが。


これが他の令嬢達の侍女となると、より優位な者達が勝手に決める為、居残り組の侍女達は不満を持っている。常に上から支配されている彼らは、怜銘の侍女達が羨ましいと思っていた。まだ後宮滞在2日目だというのに、怜銘の身分を問わない性格は、他の部屋の侍女達にも広まりつつあった。自分の主人の応援をしなければならないので、表向きには怜銘を支持していないものの、心の中では完全に怜銘派となった侍女も、現れているほどだ。


露とも知らず、怜銘は皇子との婚姻に関しては、他の令嬢達よりも一歩リードした状態であり…。呑気な怜銘は、まだ…他人事と考えていたのであった。



=====================================

 今回から、前半部分が始まります。また第三者視点に戻ります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 前半部分が始まったと言っても、その前からの続きになっており、あまり変化はありません。単に章を分かりやすく、分けただけですね。


漸く此処から、イベントらしきものが始まります。今回もイベントの1つかも…?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る