6。後宮、1日目 ②

 今日の朝から、怜銘れいめいの専属侍女である清蘭しんらんは、後宮ではまるで侍女頭じじょがしらのような存在となっていた。これは清蘭だけが特別ではなく、他の令嬢に付いて後宮入りをした侍女達は、後宮の侍女達より主人をよく知る人物として、ように…と、暫くの間は指導する立場になるのだ。


総監督のように、少し離れたところで皆の様子を観察しては、細かい指示を飛ばしている清蘭は、「怜銘様は、自慢のお嬢様だなあ。」と改めて感じながらも、そう心の中で呟くほどに主人好きである。


清蘭も主人である怜銘を見習い、指揮するというよりも指導する方に、力を入れていた。指揮することは命令することでもあり、指導することは教えるということである、と…。お陰で怜銘の部屋では、今のところは揉め事は一切起こっていない。他の部屋では専属侍女と王宮の侍女で、早くも大喧嘩が勃発していたり、多少の行き違いからギスギスした雰囲気になったりと、多少の揉め事が起こっているというのに。怜銘達の部屋では常に和気藹々の雰囲気で、笑い声が部屋の外に漏れるぐらいであった。


他の令嬢の部屋には残念ながらも、全く聞こえていないだろう。怜銘の部屋は、他の令嬢達から1人だけ離れた、後宮でも別の場所に与えられていた。実は怜銘達若い女性は知らないだろうが、この部屋は元妃達のうちでも、部屋なのだ。怜銘の隣の部屋なども幾つか空いているのに、何故か他の令嬢達は、元は低い身分の妃達の部屋に滞在させられている。


この扱いの違いは、何なのか…。この事情を知っていて、侍女達の総纏め役でもある侍女長は、不思議に思っていた。この部屋の配置は、陛下が直接下された指示である為、侍女長も一切口を挟めなかったのだ。本来ならば例外なく怜銘も、彼方の妃の部屋に入る予定で、準備がされていたというのに、「彼女だけ此方こちらの部屋へ」と、後宮入り数日前に急な指示変更が入ったのである。


このようなことは前代未聞である為、侍女長も他の使用人達も、赤家せきけ側からと、令嬢の自分達への態度を心配していたというのに…。そういう事情を全く当人達は知らないようなので、侍女長を始め他の使用人達も大層戸惑うこととなる。


昨日の夜といい、今日も朝から楽しそうな笑い声が漏れ出ていて、実際に侍女だけでなく下女までも楽しそうに働いていて、昨日の今日とは思えぬ仲睦まじい様子には、侍女長も目を丸くし自分の目で観察した怜銘が、思っていたような令嬢ではなく、逆に賢明で謙虚な令嬢で感謝する。


 「ああいうお人が、是非とも皇子みこ様とご婚姻なさってくだされば、国も民も救われますのに…。」

 「そうよね~。他のお嬢様方は既に我が儘放題だし、ああいう人達が…皇后になられるかと思うと、ウンザリかも……。」

 「赤怜銘様は、見掛けのご容姿は目立たなくとも、民にも私達下っ端にも優しい人なのは、尊敬に値する人物よね。」


などと既に侍女以下の下女からも、大変な人気であった。既に1日目で、大勢の人間を篭絡した怜銘。侍女長も口には出さぬものの、怜銘が正妃に選ばれるのを今から期待している節があり、王宮で働く他の者達でさえも、彼女に興味を持つこととなる。令嬢達に料理を振る舞うコック長とか、令嬢達と王宮の文官の遣り取りを繋ぐ宦官とか、令嬢達に色々と文書を確認を取る文官の下っ端とか、は特に……。


嫌いな食べ物があるらしく、令嬢達に昨日の食事を残されたコック長は、今朝も同じ現象であった中で、怜銘の御膳だけが何も残されていないことに、酷く驚くことになる。食事を残すのは勿体ないからと最初から取り分け、自分達にも分けてくださったと下女から聞かされ、感動するコック長も。


何時に食事だとか移動だとかを伝えに行く宦官に、毎回の如く文句を言う令嬢も居れば、明らかに不快そうに顔を顰める者、仕方ないと言いだけに無言の者、そういう令嬢が多い中で唯一、怜銘だけは「お勤めご苦労様。」と毎回笑顔で労ってくれる。当然宦官達も、陥落されたそのうちの1人で。


下っ端文官達は、令嬢達にサインをお願いしようものなら、面倒だと言いたげに侍女に丸投げし、また何に使うのかとしつこく食い下がる令嬢もいて、気分を害したとしてサインしないまま、部屋に戻ろうとする令嬢もいて、困っていた。


その中で唯一、怜銘は真剣な表情で書類に目を通し、何処か疑問に思うことは直ぐに質問し、納得した後は直ぐにサインを入れ、「お願い致しますわね。」とにこやかな笑顔で手渡し、必ず挨拶してから部屋に戻って行く彼女に、一流の令嬢は一味も二味も…違うのだと思い知らされていた、下っ端文官達も。


こうして、僅か1日経つか経たないかで、大勢の宮中の人間達を魅了して行った、怜銘なのであった。残念なことに、彼女には一切そういう気はなく……。






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 夜に行われる宴の為の準備が、進んでいく。花の宴で目立つのが嫌なので、派手な衣装を着せられないようにと、怜銘は幾つか注文を付けていた。とは言っても、自分は平平凡凡の容姿であり、派手な衣装は似合わないと力説しただけで。此処に怜銘以上に彼女のことを良く知る、清蘭が存在している以上は、いくら彼女自らが力説したところで、力を抜くことは有り得ないだろうが…。


怜銘と、皇子に見初めさせたい清蘭とでは、この場合は清蘭の方に分がある状態だ。怜銘は容姿とは関係なく人柄でモテるタイプで、この場合のモテるは恋愛要素が含まれていないが、元々の容姿は決して悪くない。化粧映えする顔でもあり、童顔の顔もお化粧を施した後では、大人っぽく色っぽくと劇的に変わるのだ。この状況を利用すれば、素顔を見られても可愛い顔だと思ってもらえるだろうと、清蘭はそう信じていた。


実は…怜銘は知っていた、この世界は前世よりも美的感覚が、厳し過ぎるのだと。美人のレベルが前世よりも高く、前世でいうところのトップモデル顔が、美人なのである。可愛いのレベルも、前世では美人女優と言われるレベルなのだ。それ以下の容姿は全部、平凡とか普通とかのレベルに落とされている。


怜銘の顔は前世で例えるならば、十分に可愛いと言われる範囲なのだが、平凡よりも普通以上と言うべきか…。しかし、本人は前世でも平凡と言われ続けた所為で、今の容姿も前世とほぼ同レベルだと思い、そう勘違いしてしまった。


本来は前世の容姿もそれなりに可愛いのに、誰かさん(♂ )の所為で常に比べられてしまい、その上周りの同性達の妬みなども原因で、彼女は自分が平凡だと信じ込んでいた。最終的に、自分の容姿に自信が持てずにいた。但し今の彼女には、そういう事情は全て覚えがなく…。別に、悲観はしていないけれど。


本人が平凡だと思っている為、お化粧はせずに地味な衣装を着て、簡素な髪飾りをすれば良いと思った怜銘は、当然ながら清蘭に反対された。然も、他の侍女達もまた下女までも、彼女には最高に綺麗になってもらいたい…と願っているのだから、一筋縄で行く筈もなく。


清蘭の指示の元、怜銘は今まで以上に着飾られていく。但しお化粧に関しては、怜銘が気分の悪い振りをしたことで、何とか薄化粧で免れることに成功し。結果的には肌が奇麗なので、という事実もあるけれど。


赤家のご令嬢として恥を掻かない程度に、華美過ぎず地味過ぎずである生地の衣装を着て、髪結いは清蘭が気合を入れて仕上げた。見たこともない程複雑な結い方だと、他の侍女達が清蘭の腕前を褒めており、これは…麓水国ろくすいこくでは複雑な髪結いであればある程、高貴な位の女性として扱われる風習あるからで。怜銘もこれには納得していたので、何も言わずにいたのだが、普段よりも豪華に結い上げられたとは、夢にも知らずに…。


そして、豪華で高価な品物をこれでもか…というぐらいに沢山、髪飾りを髪に挿すことがより高位の貴族のご令嬢と見られる。怜銘がなのに、彼女は華美な髪飾りも高価すぎる髪飾りも嫌い、あまり持っていなくて。現在持っている髪飾りも、家族からプレゼントされた物だったり、自分で直接見に行った市(※前世で言う商店街のような所)で買った、安物と思われる品物だったりする。


但し、安物と思っているのは本人だけで、店の主人がそういう物だと知らずに売った物であり、本当は中々の代物だったりする。その髪飾りに関しては、目利きするのが大変難しい一品でもあって、素人では全く目利き出来ない代物だったのだ。


怜銘は特別目利き出来る訳でもなく、ただの偶然だ。これを見た時、彼女は何処か懐かしいような気分となり、どうしても欲しくなったのだ。彼女は覚えていなかったが、これは前世に彼女が大切にしていた髪飾りに、とても似た代物で。


覚えていなくとも、心の奥底にある記憶に刺激され、彼女は自然に手に取る。それもその筈でこれは、彼女の大切な人からプレゼントされた物と、ほぼ同じデザインだったのだ。これらの現象は、偶然だったのか、それとも…必然だったのか……。記憶を思い出したとしても、怜銘にも分からない現象であろうか…。


彼女は今回、この髪飾りを敢えて選んでいた。怜銘がこの髪飾りを、どれだけ気に入っているのかを知る清蘭も、敢えて彼女に選ばせて。後は、幾つかの髪飾りを挿して。怜銘の支度は、全て終了した。清蘭がそれを計算に入れていたとは、怜銘も気付くことなく無意識に誘導され。


そうして支度の出来上がった怜銘を、清蘭以外の者達は……ハッと息を呑み見つめる。そう、彼女は…平凡な容姿ではなく、それほどに別人に見えており。


この時の彼女は間違いなく常とは異なり、大人っぽく美しかったのだ…。






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 後宮の宴の準備がまだ続いています。名前ありの新キャラは、登場しません。


漸く、今回で後宮の準備は終わりましたので、次回は宴本番になりそうです。


名前のある登場人物が登場しない状態が続いていますが、既に主人公側の味方が、徐々に増殖中の模様です…。誰よりも美しく…ではなくとも、美人と呼ばれる範囲には変身した怜銘は、今後どうなるのか…。

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