DEAD OR ALIVE
ソメイヨシノ
1.Dead to the world
Dead Person.
そう呼ばれる者達がいる。
意味は死者。
彼等がLiving(生きている)そう呼ばれる日が来るのだろうか?
彼等はアンドロイドである。
アンドロイドとは、人工知能を持った人造人間、即ち、人型ロボットなど人間を模した機械や人口生命体。
今はアンドロイドを造るのを禁じられているが、昔はアンドロイドを沢山生産していた。
アンドロイドが造られた理由は様々だ。
だが、アンドロイドが溢れた世の今となっては理由などない。
一人のアンドロイドの容姿は二人もなく、性格もバラバラである。
様々な人としての感覚、感情、複雑な心理までもが、アンドロイドの記憶装置にデータ入力され、そのそれぞれの気質と影響で唯一無二となる。
個性豊かな唯一無二の人間と同じようにアンドロイドもそうなのだ。
エネルギー源も人間と同じ食物である。
アンドロイドでも、辛い、甘いなどの味覚がわかるようインプットされている。
つまり脳となるコンピューターが判断する。
好き嫌いもあれば、偏食する者もいる。
そしてエネルギーはアンドロイドの体内で分解され、アンドロイドを動かす糧となる。
エネルギーが足りなくなれば、空腹を感じる。
空腹でもエネルギーが補給されない場合、アンドロイドはやがて動かなくなる。
つまり、人と何も変わりがないに等しい。
人間とアンドロイドの見分け方は、彼等の左手の甲にある。
甲には「D.P」と、そう極印されている。
心音のない死者、Dead PersonのD.P。
彼等には心音さえないが、感情がある。
だが、彼等は人間には歯向かえない。
彼等の中にそうインプットされているのだ。
しかも、自分の主人ともなると、主人の命令は、彼等の中で絶対的なものとなり、主人が望むのであれば、そこで初めて、人間に歯向かう事が出来る。
例えば、主人に殺人を命令されると、彼等は躊躇いもなく、当然のように、人を殺す。
例え、感情が悲しみで溺れても、命令は絶対である。
しかし、そんな忠実なアンドロイドに、人は不満を感じるようになっていった――。
何故なら、人間と同じ感情を持つアンドロイドを人と同じ様に扱う事が出来ないからだ。
人間にとって、彼等は死者にすぎない。
死んでいる者に情などかける者も少なく、都合のいいモノとして扱う。
そして反乱は起こる――。
人間には歯向かえないが、彼等には感情がある。
そう、彼等はDead Personの極印を押されても、生きている。
アンドロイドは壊されない限り生きる。
例え壊れても、直せられるならば、それこそ永遠の命。
そんな彼等に、人間は勝機をなくし、Peace(平和)を名乗る大聖堂の教えに導かれ、己の命の限りの平和を願い、生きて行く。
そして人間を守ってくれるProtective Police People、通称PPP(スリーピー)と呼ばれるソルジャーを頼りに、毎日に不安を感じ生きて行くのだ。
アンドロイドも同じ事。
人間には歯向かえないとインプットされている彼等に人間に勝つ事などあるのか。
毎日に不安を感じ、それでも壊れない限りの永遠の命を持って生まれた以上は、死者としてでも生きていかなければならない。
だが、アンドロイド皆が、同じ考えを持っている訳ではない。
人間も祈るだけの者、戦う者と別れるように、アンドロイドも別れる。
死者としてでも生き残ろうとする者、死者であるならば蘇ようとする者。
Survive.(生き残る)
Revive.(生き返る)
そういう組織で、アンドロイドは生きて行く他はなかった――。
ここは古い工場跡地。
一人の青年がアンドロイドを造っている。
ジ・・・・・・ジジ・・・・・・
その型は16から17歳くらいの微妙な年齢を思わす少年。
象牙色の肌とブラウンの髪。
体格は華奢な方。
体長は、これまた微妙な167センチ。
ここ迄、微妙に造られたアンドロイドは他にはないだろう。
心となるプログラムも脳内に入れてある。
後は生命電流体を、出来上がったアンドロイドに流すだけ――。
さて、アンドロイドに、D.Pの極印を押すか、押すまいか、青年は悩んでいるようだ。
そして青年はDead Personの極印を押すのを、やめた――。
その理由は青年にしか、わからないだろう。
そして今、アンドロイドが目を覚ます。
「――わかるか?」
青年がそう言うと、アンドロイドは瞳をパチパチと動かし、ムクッと起き上がり、辺りを見回した。
アンドロイドの瞳の色はブラウンと決められているが、薄いヘーゼル色をしている。
その瞳の色は青年と同じだ。
初めて開く瞳に光が痛いのか、何度も目を擦り始めた。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
その声は、やはりまだ少年。
青年はアンドロイドが発した声を聞き、表情が笑顔になる。ちゃんと出来上がっていた事の喜びか、それとも、このアンドロイドに何か感じての笑顔か――。
「名前は――」
「シンバ」
アンドロイドはそう答えた。
「そう、キミはシンバだ。俺が、キミの脳となる部分に、そうインプットした。だが、インプットしたのは、その名前だけだ。後は何もインプットしていない。つまりキミはゼロの状態なんだ。これから自分で学び、成長していくんだ」
そう言われても、アンドロイドのシンバには、何が何だかわからない。青年は難しい表情をしているシンバに、笑顔で、
「おめでとう、シンバ。今日がキミの誕生日だ。キミは生まれたんだよ」
そう言った。
「生まれた。僕は今日生まれた。生まれた。生まれた・・・・・・」
シンバは、そう繰り返す。
「うん、深い深い眠りから、シンバは目覚めた」
「深い深い眠りから、僕は目覚めた・・・・・・」
青年はシンバに、言葉を教え始め、そして、この場所について話し始めた。
「ここはね、昔、アンドロイドが造られていた工場なんだ。今はアンドロイドは造っちゃいけないんだけどね、それでもアンドロイドを造る設備の動力は生きていた。それとアンドロイドの心となるプログラムは俺が持って来た。俺はアンドロイドを作る知識を独自で勉強して、キミをここで創り上げた。wキミはアンドロイドだ。それはわかるよね? でもどうしてアンドロイドを造っちゃいけなくなったのかって言うとね、アンドロイド達が人間に歯向かうようになったんだよ。可笑しな話だよ、人間には歯向かえないってインプットされてる筈なのにね。いや、そうインプットされたからなのかもしれないな。誰だって、歯向かえない奴程、歯向かいたくなる。じゃあ、どうして俺がキミを造ったかというとねって、聞いてるのか!? シンバ!?」
「これ、なぁに?」
シンバはテーブル代わりのダンボール箱の上にある赤いキャップ帽を手に取り、ジッと見ている。
「それは帽子。頭に被る物だよ。俺のだ」
「ぼうし」
そう言ったシンバに、青年は帽子を被せた。
「似合うじゃないか、やるよ、シンバに」
「似合うじゃないか、やるよ、僕に」
リピートするシンバに、青年は笑う。
「もう少し、言葉を覚えようか。そうだな、俺の事はこれから、おにいちゃん、そう呼んでくれ。俺は、これから先、ずっとお前と一緒に生きて行く、お前のたった一人の兄貴だから」
「おにいちゃん」
シンバが笑顔でそう言うと、青年迄、無意味に笑顔が絶えなくなる。
この工場跡地で、人間の青年とアンドロイドの少年の生活が始まった――。
僕が深い眠りから目が覚めて、幾日か過ぎた。
僕には、まだまだわからない事が沢山あって、毎日が勉強だった。
リゴォーーーーン リゴォーーーーン
リゴォーーーーン・・・・・・
いつも決まった時間に、どこからか聞こえる音。
「おにいちゃん、この音ってなぁに?」
いつも疑問に思っていたから、聞いてみた。
「Peaceの鐘だ」
「ピース? かね?」
「ああ。大聖堂Peace。平和って意味の聖域の場所だよ」
「ふぅん。その場所には美味しい物があるの?」
「ははは、いいや、そこには、何もない」
「じゃあ、そこは何の為にあるの?」
「祈る為だよ」
「いのる?」
「ああ、こうやって、手を合わせて、目を閉じるんだ」
僕はおにいちゃんの真似をして、手を合わせて、目を閉じてみたけど、祈るって何なのか、全然わからなかった。
僕はおにいちゃんからアンドロイドについて、色々と教えてもらった。
アンドロイドは、人間と変わらないが、人間にはない力があると言う。
例えば、深海へ潜れたり、宇宙に行ったり、人間が行けないような場所へ行き、調査する為のそれなりの凄い知識や知力があったり、自分の御主人様を守る為に、絶対的な強さを予め持っていたりするらしい。
でも僕には、何もない。
僕は何の取り得もない出来損ないアンドロイドだと知る。
僕は何の役にも立たない。
「誰かを守る為の強さがほしいなら、シンバが努力して強くなればいい。誰よりも優秀になりたいなら、頑張って勉強すればいい。何もインプットはしてないが、シンバはアンドロイドだ。アンドロイド並の素質は充分あるんだから。シンバが考え、思った通りに行動してごらん。それが生きるって事なんだよ」
おにいちゃんは、そう言うけれど、今一、よくわからない事がある。それは――
「ふぇっ。素振り500回なんてしんどいよぉ」
「後325回! 頑張れ、シンバ!」
「僕、頑張りたくないよぉ。なんで剣なんて扱えるようになんなきゃダメなの」
「いつも言ってるだろ。世界は広いんだ。外に出たら、いつアンドロイドと人間の反乱に巻き込まれるかわからないんだ。自分の身は自分で守らなきゃいけない時代だ。俺は剣の心得があるから、シンバに教えてやってるんだぞ」
「だったらぁ! どんなアンドロイドよりも強く造ってくれれば良かったんだぁ!」
「ははは」
「腕からミサイルが出たり、目から光線が出るようなかっこいいアンドロイドにしてくれたら良かったんだぁ!」
「ははは、ミサイルに光線か」
「笑い事じゃないよ! 今からでも強く造り直してよ!」
「ははは、造り直せときたか」
「腕からミサイルが出るようにしてよ。ミサイルパンチ! それから空も飛べるようにしてよ!」
「ははは、そんなアンドロイドいないよ」
「いいじゃないか! どうせ、僕みたいなアンドロイドだっていないんだし! どうせいないなら、ミサイル出る方がいいよ! 空飛べる方がいいよ! 僕は剣なんてやりたくないんだ! もっと遊びたい! おにいちゃん、言ったじゃないか! 僕の思った通りに行動しろって!」
「あれ? 俺、そんな事言ったっけ?」
おにいちゃんは、いつもこうやって、とぼけて、僕を見て、笑っている。
「言ったよ! ずるいよ!」
「じゃあ、そう言ったついでに、もう1つ言っておこう。生きて行くと言う事は、我慢も必要なんだって事をね」
「ずるい! 今更付け加えるなんてナシだよ!」
「ははは、ずるくなきゃ生きていけないって時もあるんだよ、シンバ君、覚えておこうね」
頬を膨らます僕を見て、おにいちゃんは笑う。
「でもでもでも、素振り500回は無理だもん!」
「大丈夫。シンバなら出来る」
「何を根拠に、そんな事言ってんのさ! 僕なら出来るって、それ脅迫だよ!」
「お。また難しい言葉覚えたな。偉い偉い」
おにいちゃんは、嬉しそうに僕を見てる。
もう何を言っても無駄だ。
「なんだよ、剣なんて練習したって、ここから出してくれないじゃないか」
僕は素振りしながら、ぼやく。
「仕方ないだろ、アンドロイドだってバレたら、大変なんだぞ」
「何が大変?」
「色々と大変なんだよ。それより後298回、ちゃんとやれよ。人間だって500回くらい普通にできるからな、お前はできて当然なんだぞ?じゃぁ、俺は買い物に行って来るからな」
おにいちゃんは、そう言い残すと行ってしまった。
203、204、205・・・・・・
やめちゃおうかなぁ?
いや、そんなずるい事、僕はしないぞ!
でもずるくなきゃ生きていけないって時もあるんだ!
やめちゃおうかなぁ?
305、306、307・・・・・・
やめてもばれないし?
そうだよ、ばれないし!
いや、やっぱり僕はそんなずるい事はしないんだ!
408、409、410・・・・・・
やめるなら今かも?
いいや! 今更やめてどうするんだ!
498、499、500!
結局、最後まで出来た。
だって、おにいちゃんが、シンバなら出来るって言ってたし。
「へぇぇ、でも疲れたぁ」
アンドロイドもエネルギーを使うと疲労というものを感じるようになっているのだ。
そうやって自分のエネルギー不足を知り、エネルギーの補給をしたり、体内の複雑な機械を休ませたりする。
シンバはその場に座り込む。
「くぅん・・・・・・くぅん・・・・・・」
「うわ、なんだ、お前!?」
ちっこくて毛むくじゃらで妙な奴!
「くぅーーーーん」
妙な奴は僕に近付いて来た。
「どこから来たの? ねぇ?」
言いながら、僕が手を出したら、ソイツはもっと近くに来たから、抱っこしてあげたら、
「ギャン! ギャン! ギャン!」
さっきとは違う声を出して、暴れ出したから、強く押さえつける。
「ねぇ? どうしたの? なんて言ってるの? わかんないよ? キミも深い眠りから目が覚めたばかりで言葉がわからないの?」
「そうじゃないよ、痛いって言ってるんだ」
「おにいちゃん!」
袋を抱えて、おにいちゃんが帰って来た。おにいちゃんは袋を置くと、
「貸してごらん」
と、手を出したので、僕はおにいちゃんに、妙な奴を手渡した。
「よぉし、よしよし、いい子だ」
「くぅん、くぅん」
「可愛いね、こいつ。誰?」
「犬だよ」
「犬? ふぅん、犬かぁ。僕が抱いた時、なんでギャアギャア言って暴れてたの?」
「シンバの抱き方が悪かったんだよ、力加減も良くなくて、痛かったんだよ、きっと」
「痛い? 痛いって?」
「痛いってのは」
おにいちゃんは、そう言うと、僕の頬をうにーーーーっと引っ張りながら、
「痛いだろぉ?」
と、笑った。
僕は首を傾げる。
「そうか! 悪い! シンバ、アンドロイドだもんな、痛さなんてないよな! ごめん!」
おにいちゃんは謝るけど、なんで謝ってるのか、僕にはわからない。
「人間と同じ感情や神経などがあっても、でも痛さだけはアンドロイドにはない。だからアンドロイドは簡単に人を殺すんだ・・・・・・」
「おにいちゃん?」
リゴォーーーーン リゴォーーーーン
リゴォーーーーン・・・・・・
Peaceの鐘の音が聞こえる。
シンバは目を閉じ、手を合わせる。
そんなシンバを見て、青年も子犬を抱えたまま、手を合わせる。
「ねぇ、おにいちゃん」
目を開け、僕がおにいちゃんを見ると、僕の声に、おにいちゃんも目を開け、僕を見た。
「祈るって何かな?」
「願い、かな」
「願い?」
「ああ、こうだったらいいなっていう想いだよ」
「祈るは想い・・・・・・」
「祈り続ければ、いつか、その想いは神様に届くかもしれない」
「神様?」
「神様は、願いを叶えてくれる。祈りが届けば、その想いを叶えてくれるんだ」
「凄い! 僕、神様に祈る!」
「そうだな、シンバなら、いつか神様に会えるかもしれないな」
「本当!?」
「ああ、シンバ君、いい子だから願いを1つ叶えてあげよう、但し、願いを増やして下さいって言う願いは駄目だぞぉってね」
おにいちゃんは、笑いながら、そう言った後、
「そしたら、シンバは、何を願う?」
そう聞いて来た。
「うんとね、うんとね!」
沢山あった。
ミサイルが出る腕を下さい。
空を飛べるようにして下さい。
おいしいものが一杯食べたいです。
もっと広い世界が見たいです。
頭の中で一杯の願いが浮かんで、どれにしようかと決めかねてる時に、僕の瞳には、おにいちゃんが犬を優しく撫でている姿が映った。
「・・・・・・僕、痛さを下さいって願うよ」
「え?」
「神様に会ったら、僕に痛さを下さいってお願いするよ」
「――痛さを?」
「うん、だって僕、痛いってわかんないんだもん。優しく撫でてあげる事もうまくできない。そんなの嫌だもん。折角、優しくしてくれても、僕は優しさを返せない」
「・・・・・・そうか。じゃあ、神様に会えたら、人間にして下さいって願いなよ。そしたら、痛さのわかる人間になれるかもしれないよ」
「うん! 僕、人間になる!」
「シンバなら、本当に神様に会えるよ・・・・・・」
「おにいちゃんは? おにいちゃんは何をお願いするの?」
「俺? 俺は神様に会えるような純粋な人間じゃないからなぁ」
笑いながら、おにいちゃんはそう言った後、子犬を下におろし、
「俺はシンバが、また深い眠りについてしまわないように、毎日、シンバが元気でいてくれれば、それでいいんだ。それが俺の願いだ」
そう言いながら、僕の頭を撫でた。
――僕が深い眠りにつかないように・・・・・・。
「大丈夫だよ、僕、眠っても、ちゃんと起きるから」
おにいちゃんはニッコリ笑う。
そんな願いじゃなくて、もっとちゃんとした願いを祈ればいいのに。
「さぁ、昼飯にするか。サンドイッチ用のハム買って来たんだ。美味いの作ってやるからな。ちょっと待ってろ」
そう言いながら、袋の中を漁り、
「しまった、パン買い忘れた!」
と、おにいちゃんは大声をあげた。
「僕が買ってくるよ!!!!」
これは外に出るチャンスだとばかりに、僕はそう言うと、外へ走り出していた。
「お、おい! シンバ! 戻って来るんだ! おい!」
だが、シンバはもう遠く。
「金も持たずにアイツ・・・・・・」
アスファルトの道はずっと続いている。
サイドは草や木が生い茂る。
この道を真っ直ぐ行けば、街に行ける!
工場跡地とは空気が違う。染み付いたオイルの臭いがない。なにもかもが新鮮。
空を見上げると雲が流れて行く。
自然に笑みが零れる。
自由という実感。
街まで待ちきれず、走り出した!
すぐに建物が並ぶ場所まで着いたが、パンをどこで買えばいいのか、わからない。
人の姿もちらほら。
「おにいちゃん以外の人間って初めて見たなぁ」
人の姿はやがて多くなり、擦れ違い、行き交い始める。
兎に角、真っ直ぐ。真っ直ぐやってきた。
道は交差してたり、曲がり角もあったりはするが、まだ真っ直ぐ続いている。
だがその道も、ある大きな建物が立ち塞がり、通れなくなった。
「奇麗だなぁ」
僕はその建物に見惚れた。
大きくて、芸術的で、キラキラしていて、光に溢れている。
「鐘だ」
建物の上にある大きな鐘。
「ここが大聖堂Peaceだ!」
大きな鐘、あれが、工場跡地まで鳴り響いて聴こえてるんだ。
入り口の横には、クリスタルで創られた天使の彫刻の像が輝いている。
「祈らなきゃ!」
僕は急いで手を合わせたけど、ふと、気がついた。
「・・・・・・どこに祈ればいいの?」
鐘?
建物?
彫刻?
神様ってどれ?
彫刻の像の下に刻まれた文字。
『The races of the world should live in peace.』
「どういう意味かなぁ?」
「くぅん、くぅん」
「あ、さっきの犬って奴じゃないか! ついて来ちゃったのか?」
僕が抱き寄せると、
「ギャン!」
と、大きな声を出した。そっとそっと抱こうとしたが、うまくいかない。
どうしてだろう?
コップやお皿、スプーンやフォーク、手にする物の、それなりの力加減がわかっても、生きている者を手にするのは難しい。
「まだ痛い?」
「ちょっと! 可哀相でしょ! そんな抱き方!」
いきなり人間が、隣に来て、そう吠えて、僕から犬を奪った。
「痛がってたじゃないの! 動物虐待よ!」
「ごめん。僕、痛いってわからなくて、痛くないように抱いてあげれなかった」
「何ソレ。言い訳にしては下手ね。痛さがわからないなんて、まるでDead Personみたいじゃない」
「デッド?」
僕は、そう聞き返しながら、人間に抱かれている犬を見ていた。
うっとりした顔で、とても気持ち良さそうに、撫でられている。
僕はやっぱり痛さをもらうんだ!
「Dead Person! D.Pよ、D.P!」
「よくわかんないけど、僕、アンドロイドだから」
「嘘! あなたD.Pなの!? って驚かないわよ、嘘ばっかり! D.Pの極印ない癖に」
「極印?」
「もぉ、キミ、馬鹿? D.Pなら左手の甲にD.Pって極印されてる筈でしょ! どうしてD.Pだなんて嘘言うの?」
「よくわかんないけど、僕はアンドロイドなんだよ」
「だぁかぁらぁ! キミ、もしかして、動物虐待した事で、D.Pって言い張ってるんでしょ」
「え?」
「まぁD.Pなら動物虐待してそうだもんね」
「僕、アンドロイドだよ」
「はいはい、それでアンドロイドのあなたが、大聖堂で何をしてるのかしら?」
「何って、御願い? かな?」
「へぇ、願いって、D.Pになりたいとかって願う気?」
さっきからD.PD.Pって、何を言ってるんだろう、この人間は――。
「僕は痛さのわかる人間にして下さいってお願いしてるんだよ」
「・・・・・・痛さのわかる人間?」
「うん! 優しくなりたいから。痛さがわからないと、犬も抱けないんだもん」
「優しくなりたい?」
「うん! いつかね、おにいちゃんの頭をいい子って撫でるんだ。いつも優しく撫でてくれるから。痛くないように優しく撫でてあげれるように。僕は人間になるんだ!」
「・・・・・・ふっ。ふふふふふ。変な奴。私、ディア。ディア・ケイト。あなたは?」
「シンバ」
「そう、じゃあ、またね、シンバ」
ディア・ケイト。
初めて知った人間の名前。
おにいちゃん以外の人間と初めて話した。
ディアは、犬を抱いたまま、大聖堂の中に入って行った。
なんだか嬉しくて、大聖堂の中が気になるよりも、ディアにどんな願いがあるのかって事よりも、おにいちゃんに、報告したかった。
パンを買いに街まで来た事なんて、すっかり忘れ、僕は工場跡地に真っ直ぐ向かって走っていた。
「おにいちゃぁーーーーん!!!!」
「シンバッ!!!!」
うわぁ、めちゃめちゃ怒っている。
「なんでお前は勝手な事ばかりするんだ!」
「ごめんなさい!」
「謝って済む問題じゃないんだ!」
「でも僕も外に出たかったんだ、街に行ってみたかったんだ」
僕は被っている帽子を深く被り、
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」
只管、謝った。
おにいちゃんは深く被った帽子を、上へあげ、僕の顔をじっと見つめる。
「どこか壊れてないか? 動かない所はないか? 頭、ぶつけてないか?」
「平気だよ。ころんでないし、どこもなんともないよ!」
「そうか」
おにいちゃんは、僕の頭をポンと叩いた。
「どこまで行ったんだ? 初めての冒険だもんな。聞かせてくれよ、シンバの冒険を」
優しい笑顔を見せてくれるおにいちゃんに、僕も嬉しくて笑顔で頷いた。
「街ではアンドロイドってバレなかっただろうな?」
「え? バレなかったって言うか、バラしたよ」
「なんだって!?」
おにいちゃんが大声をあげた瞬間、
「そう、バラしてくれましたよ」
そう言いながら現れた人。
長いストレートの黒い髪と、グリーンの瞳。そして黒いスーツ。
「・・・・・・アルコン」
おにいちゃんは、その人をそう呼んだ。
おにいちゃんの顔が、いつもと違う、見た事もない表情をしている。
「おにいちゃんの知り合い?」
おにいちゃんは黙ったまま、険しい表情をして、動かない。
「D.Pの極印のないアンドロイドとは規則に背きすぎじゃないですか?」
「D.Pの意味を知ってて、極印なんて押せる訳ないだろう!」
おにいちゃんの怒鳴り声は、いつも僕に怒っている声とは違い、凄く恐さを感じる。
「・・・・・・おにいちゃん、D.Pってなに?」
「シンバは黙ってろ!」
「ほぉ、シンバと名付けたのですか。だったら、尚更D.Pに相応しいじゃないですか。痛みのない人間、それは死者でしょう。しかも名はシンバ。正に死人。顔も姿も――」
「黙れ! アルコン!」
「・・・・・・抵抗せず一緒に来てくだされば、何も言いません」
暫く、重い沈黙が続いたが、おにいちゃんが、アルコンという人の所に歩き出した。
「おにいちゃん!」
僕も一緒に行こうと走り出した瞬間、アルコンという人は、どこからか取り出した鞭のようなもので、僕の腕にソレを絡ませてきた。
身体中に何かが流れ、何かを感じて、悲鳴のようなモノが口から吐き出された。
これが痛いって事なのだろうか?
バチバチという音と飛び散った火花が目の前を暗闇にして行く。
「何をするんだ、アルコン! シンバ、シンバ!」
「大丈夫ですよ。ショートしているだけです。この程度で壊れては死者の名が廃る。さぁ、極印を」
「なんだと!?」
「極印がないアンドロイドなど、欠陥品です。廃棄するなら兎も角、そうでないならば、極印を押してください。それともスクラップにしてしまいますか?」
「・・・・・・俺が・・・・・・俺が押すのか・・・・・・」
「あなたが創った物でしょう? だったら最後まで死者を創り上げたらどうですか。それともスクラップがお望みですか? それもいいでしょう。二度と目が覚めないよう、深い深い眠りにつかせてあげるのも優しさだ」
「押せばいいんだろう! 押せば!」
青年はシンバを抱き上げ、工場の極印押し場まで連れて行く。
電動機のスイッチを入れると、熱い焼け焦げた臭いが充満する。
青年はシンバの左手に、焼けた印を押した。
シンバの手の甲からゴムが焼けた臭いと煙が出る。
「――シンバ」
哀しく、頼りなげに呼ぶ青年の声。しかし、シンバは目を開けない。
「アルコン、何故、ここがわかった?」
「街で、そのアンドロイドを見かけた部下が連絡を入れて来たんですよ。そのアンドロイドを見て、後を追わない訳がない。あなたこそ、何故、そんなアンドロイドを?」
「・・・・・・生きている、そう思いたかったからだ」
「生きているねぇ。全く下らない。5年も姿を眩ませたのは、そんな事の意味ですか。さぁ、車を待たせてあります。急いで下さい」
青年は、シンバの頭を優しく撫でた後、無抵抗に、いや、無気力で、外に出た。
アルコンは、ショートしているシンバに近づく。
「シンバ、ねぇ。まさにDead Personの名に相応しいアンドロイドだ」
そう言い残すと、工場跡地を去って行った。
シンバは深い深い眠りから醒める事なく――。
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