NEW NPC

ゆーり。

NEW NPC①




―――なんて生きにくい世の中なんだろう。

―――そう思うのは、僕だけなのかな?


新久(シンク)は平凡などこにでもいる中学校三年生である。 だがだからこそ日常にアクシデントがあるとそういう風に思ってしまう。 何もそれは特別なことではなく、現代の若者としては大多数の一部。 将来のことを考えれば憂鬱になるというのに、今現在のことですら希望がない。 学校が終わり帰る準備のため鞄に教科書を詰めていく。


「新久ー! ちょっとおいでー」


そこで一人の女子に呼ばれ肩を震わせた。 呼ばれた先にはクラスカーストの上位を占める柄の悪い男女のグループがいる。 呼ばれた理由は分かっていて、新久の日常に憂鬱を落とす原因だ。


―――・・・またいじめるんだ。


グループの目線は一人の男子生徒、初弥(ハツヤ)に向いていた。 彼らはクラスで一番地味な男子生徒をからかっていじめている。 

何が楽しいのか分からないが、虫の足をもぎ取るようにいたぶり笑っているのだ。


「ほら、新久早く!」


だがここで無視してしまえば標的はあっさり新久へと変わるだろう。 見た目や性格では完全に新久は初弥側の人間だが、立場はいじめる側に立っている。 

いや、立たされているといった方が正しいのだろうか。


「ねぇ、新久は初弥をどうしたらいいと思うー?」


そう言う彼女の手にはチョークの粉がたっぷり乗った黒板消しが握られていた。 もう答えないといけない答えは決まっているではないか。


「早く答えなよ」


強く言われ恐る恐る口にする。


「や、止めた方がいいと思う・・・」

「えぇ? 何だって? 聞こえなーい」


わざと聞こえないよう否定するのが唯一の抵抗だった。 口をひん曲げ近付いてきたため言葉を訂正した。


「あ、えっと、こ、黒板消しを初弥くんにぶつければいいと思う・・・」

「だよねー! よく分かってんじゃん、新久」


そう言うと女子は初弥の頬にファンデーションのように黒板消しを当て始めた。 見ていられず視線をそらす。


―――どうして僕に尋ねてきた?

―――結局答えは一つしかないじゃないか。

―――僕の意見なんて、最初から求めていないんだろ。


本当はいじめられている初弥を助けたいと思っている。 だが助けたら自分が標的にされるに決まっている。 そこで初弥が自分に協力してくれるなり感謝するなりしてくれればまだいい。 

ドラマだといじめられていた側は新しい生贄の登場に喜々して逃げていくと決まっている。 そう思うと怖くて止める勇気が出なかった。 

新久はそんな憂鬱な時間をたっぷり三十分程過ごすことになり、満足した不良たちが街に繰り出すのを見送って一人帰宅した。


―――本当にこの世の中は呼吸がしにくい。

―――それでも頑張って生きている僕を褒めてほしいくらいだ。


だが当然のことだが新久より辛い思いをしているのは初弥だ。 それが分かっているからこそ多少は我慢できる。 部屋へ着くと早速とばかりにモニターをつけた。 

生きにくい世の中で唯一楽しみなのがゲームだ。 今日も家に帰って早々ゲームにログインした。


―――そう言えば昨日、ダンジョンを攻略し終えたんだっけ・・・。


新久は必要以上に外出はしないため主な時間をゲームにつぎ込んでいた。 そのためプレイが上手くレベルも高い。 ゲームの世界は現実の世界を忘れて没頭できる最高のツールなのだ。


「新久ー」


それも母の声によって現実に引き戻される。 部屋の外から呼んでいて、何を言わんとするのかはもう分かっていた。


「新久、いるんでしょ? 帰って早々ゲームをしていないわよね?」

「・・・」


新久は何も答えない。 ゲーム音はミュートにしているため気付かれる心配はなかった。


「新久、そろそろ進路は決めたの? どこの高校へ行きたい?」

「・・・」

「新久! いるなら返事をしなさい!」


その怒鳴り声にビクリとし慌てて答えた。


「と、隣の市の工業高校へ行きたい・・・」

「何ですってー? 新久はここの市の一番近い高校へ行くんだったわよね?」

「・・・」


そのようなことは一言も言っていない。 ただそうさせたいだけなのだ。


「ゲームばかりしていないで、ちゃんと勉強をするのよ」


母が階段を下りていく足音を静かに聞いていた。 ドアが階下でバタンとしまりゲームを再開、しようと思ったが何となく気分が乗らずベッドにダイブした。 

部屋の電気を消すのも億劫で、新久は布団を頭から被る。 自分を守るように身体を縮めていると自然と涙が出てきてしまった。


―――・・・どうして?

―――一体僕の何がいけないの?


周りから浮かないため必死に流れに身を任せようとしていた。 だから意見を求められても口にしない。 それが流れに身を任せるのに一番最適だったからだ。 

だがそればかりでは心が少しずつ削れていく。 何かを言わないと怒られることもある。 だから自分の意見を口にする。 すると相手はまた怒るのだ。 結局新久に与えられた選択肢はない。


―――意見を求めてきたから答えたはずなのに、怒られる意味が分からない。

―――もう嫌だよ、こんな人生。

―――僕に意見を求めないでほしい。

―――どうせ言っても言わなくても、結局は否定されるんだから。

―――もう人間には二度と生まれてきたくない。

―――もし生まれ変わるなら、意見を求められない人間ではないものがいい。

―――例えば・・・。


暗闇と涙で前が見えない中ゲームのモニターへ視線を移す。


―――例えば、ゲームの中のNPCとか。 


そう思った瞬間、新久の涙がゲーム機に落ち辺りを凄まじい光が包み込んだ。



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