幕間 夜伽、妹

 深夜。 

 遅くまで仕事をしていた俺は、この時間帯になってようやく寝室にたどり着くことができた。



「………ふう」



 スーツをクローゼットにしまい、寝巻きに着替えようと思ったその時。

 ヒトの気配を感じて、ドアを見遣る。

 瞬間、響くノックが三度。

 この時間帯に来る人間は限られてくる。

 少しばかり頬が綻ぶのを感じて、俺はひとりつぶやいた。



「きょうはライラかな……」



 昨日はマナフで、その前は使用人の子が部屋に訪れた。

 順当でいけばライラだが、さてどうだろうか……。

 興奮を押し殺して、俺はドアをあけ――閉めた。すぐさま鍵をかけようとして、



「おにい。その反応はムカつく」


「っ、おま……なんのようだ……っ!」



 ドアを蹴りあけたアリシアが、ズカズカと部屋へ押し入ってきた。

 不機嫌さを隠す気もなく仁王立ち、呆気に取られた俺を見上げている。



 理解……しているのだろうか、こいつは。

 蹴り開けたドアがもし俺に当たれば、首輪の作用で死んでいたかもしれないんだぞ。

 しかし、そんな俺の心配をよそに、妹はわずかに唇を震わせた。



「よ、呼び出しといて、なに……その反応、は」


「……?」


「お、おにいがこの時間になったら来いって、呼び出したんでしょ……? ほら、これ!」



 恥じらいを見せつつ突き出してきた紙切れには、間違いなく俺の直筆で、



「――俺の部屋に来い。ご主人様命令……だ……?」


「わ、わた、わたしはおにいの奴隷だから……命令は、ぜったいだから……っ」



 唇を噛み締め、目元に涙を浮かべたメイド姿の実妹アリシアは、顔を赤くして俺をねめつけた。

 なるほど。夜に俺の部屋へ呼び出されるという意味を、しっかり理解しているようだった。



 しかし……まったくこの紙切れにおぼえはない。

 書いたおぼえもなければアリシアを誘うようなことも、だれかに仕向けさせてもいない。

 何かの手違い……にしては、タチの悪いイタズラだった。

 何をまかり間違って、実の妹に手を――手を……いや、しかし……。




「な、なに、変態おにい……そんな、ジロジロみないで……っ」


「……やっぱり、おまえ……かわいいよな」


「っ!?」



 橙色のランプが照らす実妹は、贔屓目なしでいってかわいい。

 身長はやや高めだがスレンダーだし、胸が若干ちいさいのもそれはそれでありだ。

 何より目だ。あの黒を帯びた青色のタレ目が、無性に愛らしい。

 できるなら執務室に飾っておきたいほどに、俺はあの目が、パンツの次に好きだった。



「お、おにい……ほん、ぅ、ん、き……? わ、わわ、わたしたち……兄妹だよ?」



 俺が思っていた以上に、アリシアは緊張しているようだった。

 そんな妹に追い討ちをかける。



「……そういえば、機能テストがまだだったな」


「……?」



 本来なら奴隷契約の時にやっておこうと思っていたのだが、まさかの婚約話ですっ飛んでいた。

 ちょうどいいので、このタイミングで済ましてしまおう。



「なに、機能テストって、なに、おにい……?」


「安心しろ。おまえは俺に逆らえないのかをテストするだけだ」


「余計に安心できないよおにいっ!」


「従順にしていればすぐ終わる。早く帰りたいだろ?」


「ぅぅ、な、何をさせる気なの、わたしに?」



 恥じらいを浮かべ、意味もなくスカートの裾を下に伸ばすアリシア。露出している太もも部分を隠そうと裾を握るアリシアへ、俺は愉悦を浮かべ命令を下す。



「アリシア――ゆっくり服を脱げ」


「~~~ッ!?」


「魅せつけるようにな。雌が雄を誘うがごとく」


「っ!! こ、の……変態、おにいの変態ッ!! 実の妹にそんなことさせて、ぅぅ、おにいはおにい失格……っ!!」


「ははは。そんなこと言いながら、おまえは従順に服を脱ぎはじめてるじゃないか。んう?」


「こ――これはっ、おにいが命令するから、体が……勝手にっ!」


「ノリノリで服脱ぎ捨てながらじゃあ、説得力がねえな。誘ってんのか?」


「こ――のぅぅぅ~~~っ!!」



 あらわになったくびれに手を這わし、ちいさいながらもしっかり実った果実を揺らし、スカートを下へしたへずらしていくアリシア。

 今にも顔面を爆発させてしまいそうなほど、真っ赤になっていた。

 


「おおっ、おおっ」


「み、見ないで、見ないでよばかおにい、ばかぁっ!」



 そして――ニーハイと下着だけを残して、アリシアは新生した。

 薄桃色の下着に黒いレースのニーハイ姿のアリシアは、恥辱に顔を歪めながら、両の手で必死に胸を隠している。



「ふむ……素晴らしい体だな。程よく鍛えられていて、余分な肉はついていない」


「ま、まじまじ見て感想いうなっ!」


「しなやかな筋肉だ。一種、理想系ともいっていいだろうな。世の女子はこれぐらい目指してもいい――いや、目指すべきだ」


「~~~ッッ!?」



 しかし……我が妹ながら、ほんとに魅力的な体つきだ。

 先ほどから胸の高まりと疼きが止まらない。

 このまま、アリシアを部屋に返すには惜しく思う。



「も、もういいでしょ……! か、帰っても、いい?」


「ああ……いいぞ。俺のことを、満足させられたらな」


「――――」



 安堵も束の間、アリシアはぽかーんと口をだらしなくひらいた。

 まさか、え、嘘でしょ――マジ? と、表情だけで理解できた。

 


「お、……おにい……クズだ変態だとは思ってたけど、おにい……ほんとに、一線を越える気……?」



 全力で俺の命令に抗いながらも、こちらへ近づいてくるアリシア。

 俺はベッドに腰掛けた体勢のまま、含みわらう。



「好きに蔑めよ。恥も外聞もなきゃ恐れも怯えもねえ。俺は、俺のやりたいことを肯定する」



 俺の言葉を本気だと感じたアリシアは、双眸に絶望と恐怖を織り交ぜて、俺の両膝に跨った。

 顔を引き攣らせながら、俺の頬に手を添える実妹に、倒錯感をたまらなくおぼえた。



「おにい、間違ってるよ……こんなこと、間違ってる……おにい、考え直して、おにい……お願いい……たすけて……おにい、だれか……おにい……おにい……」


「はははははははっ!!」



 笑いが止まらなかった。

 あれだけ嫌っていた俺の奴隷となり、恥辱を受け、これから純潔を散らそうとしている実妹を笑い飛ばした。


 

 俺の笑い声に呼応して、体を震えさせるアリシア。

 瞳が徐々に濁っていき、裏腹に両手は俺を求めるよう肌を撫でる。

 


「おにい……わたしたち……兄妹……だよ……間違ってるよ……おにい……こんなの、おにい……」


「ふむ。アリシア、俺たちが兄妹だから嫌がっているのか?」


「そ、うだよ……わたしたち、兄妹だから……だめだよ、こんなこと……」



 うんうん、兄妹だからこういうことはよくないよな。

 頷いて、ならばと俺ははじけんばかりに破顔した。



「なら、兄妹じゃなければいいんだな?」


「――え?」


「俺のスキルはおぼえているか? おぼえていなくても構わないが」



 【我が栄光の光よ、シャンス・巡れ廻れレジュルタ】――俺の望む結果を手繰り寄せるスキルだ。



 俺の言わんとしていることがわからないと、しかし何かとんでもないことが起こるその予感に、アリシアは表情を強張らせた。

 


「要は結果を創り出すためならなんだってやれるスキルだ。例えば、これから三秒後に停電が起こる。三、二、一――」


「ひぅ……っ」



 俺の言ったとおり、カウント終了後にランプが消えた。

 真っ暗になった部屋で、互いの体温と輪郭だけが世界の全てだった。



 怯える妹の耳に顔を近づけて、俺は囁く。



「兄妹だから、嫌なんだろう? なら兄妹じゃなかったことにすればいい」


「――え、そ……そんなこと、できるわけ」


「できる。このスキルなら、俺ならおまえを赤の他人にすることができる」


「っ!?」



 耳元で断言してやると、アリシアは体全体を震わせた。

 呼吸が荒い。

 この暗闇の中に獣が放たれたかのごとく、荒い吐息が忍び込んだ。

 果たして、その吐息は俺のものなのか。妹のものなのか。

 倒錯した暗闇の中では、知る由もない。



「今から五秒、数える。カウントがゼロになれば、もうおまえは俺の妹じゃない」


「そ、そんな……そんなこと……っ」


「……おまえは捨て子だ。家の前に捨てられた哀れな赤児……最初に見つけたのは、俺だった」


「ぃや、いや、やめて……っ」


「カウントが終われば、おまえを犯す。獣のようにおまえの全身を味わい尽くして、一日中俺の相手をしてもらう。仕事はシャロに任せればいい。あしたのこの時間まで、おまえは俺の玩具だ」


「やだ、やだ――お願い、やめておにい……っ!」


「五」


「――っ!?」



 火照った体を暴れさせて、逃げ出そうとするアリシアをキツく抱きしめた。



「四」


「ぃや、ぃやだやだやだ――」


「三」



 とうとう号泣しはじめたが、もう遅い。むしろ興奮を促進させるスパイスとして、俺の時間感覚も加速する――



「二」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいおにい――」



 満を辞して、その数字を叩きつける。



「一」



 刹那、



 

「――――無事ですか、ユウリさんっ!!」




 ドアがとつぜん蹴り開けられ、眩い光球が四つ飛び込んできた。

 


「ユウリさん、無事で…………ぁっ」


「…………ライラ、おまえ」


「あー…………えへっ」



 闖入者の正体は、ネグリジェ姿のライラだった。

 四つの光球が、まるで太陽のように部屋を照らす。


 床に散らばるメイド服に、ベッドの上で抱き合う俺たちを順に視線で追ってから、ライラはゆっくりと後退った。



「あの、違うんですよ……停電が起きたので……敵襲かと――ごめんなさいごゆっくりどうぞっ!!」


「……」


「……」



 すごい勢いで逃げていったライラ。

 同時に光球が霧のように消えて、残された俺たちは――



「……」


「……」



 無言のまま、しばらく抱き合った後……アリシアに服を着せて帰らせた。

 正気に戻った俺は、呆然と葉巻を吸いはじめ――。




「え、ゆ、ユウリさんっ、んぁ、どどうして、ぅぅごめんなさいっ――」




 その後、安眠を妨げる疼きを鎮めるため、ライラの部屋に訪れたのだった。



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