017 ロールイス家の援軍

「ユウリさん……俺ぁ、プロポーズしようと思うんスよ」



 珍しく執務室に来たかと思うと、また体格を二回りも大きくしたユージが、スキンヘッドを掻きながら言った。


 僅かに頬を赤くしているところを、見るヒトがみれば気持ち悪いと囃されてしまうだろう。そこまで醜男ではないのだが、そういうキャラ付けがなされているので仕方がない。



「そうか。指輪は買ったのか?」


「いやぁ、まだこれからっス。決心したんで、まずユウリさんにだけは報告しておこうと思って」


「なるほど。ちなみに、彼女の指のサイズはわかるのか?」


「そこに関してはバッチシっス! 寝てる間に計っときましたんで!」


「用意周到だな。少し待て、いま紹介状を書いてやる」


「紹介状……? なんのっスか?」


「指輪を買うならアララールの店で買うといい。これを渡せば、きっと素晴らしいものを見繕ってくれるはずだ」


「ま、マジっすか! アーさん、【ロア・サタン】の幹部でも容赦なく搾り取ってくっから困ってたんスよ。ユウリさんの紹介があればそんなことはねえはずだ!」



 興奮して鼻息を荒げるユージ。鼻息が指にあたって気持ち悪いが、我慢する。


 程なくして書き上げた紹介状に封蝋を押して、ユージに渡した。恭しくそれを受け取った二メートル近い巨漢は、子どものように舞い上がっていた。



「プロポーズが成功したら教えてくれ。式場を用意しよう。その後はうちの屋敷で祝わせてくれ。要望があればなんでも聞こう。ふたりで話し合ってくれ」


「んな、何からなにまで任せるわけにはいきませんよ! それぐれぇ、こっちで考えますから!」


「いや、これぐらいやらせてくれ。おまえと俺は兄弟みたいなものだ。古参のおまえには返しきれない恩もある」


「お、大袈裟っスよ。俺なんか、たいして役には……」


「――ユージぃ? おまえ、結婚すんだって?」



 と、いびるような声が入り口から聞こえてきた。

 ノックもなしに執務室へ入ってきたのは、ユージとは対照的な体格のライルだった。

 


「な、なんだよライル……気持ち悪い笑みを浮かべやがって……」


「いやあ、な。まさかおまえが先に家庭を持っちまうなんて、俺ァ悲しいぜ。――結婚式、派手にやろうな?」


「おまえだけはぜってえ呼ばねえ! なんかする気だろ!?」


「やらないわけがねえ! 結婚式に余興はつきもんだろ、やらせろよ。ぜってえ盛り上げてやっから」



 ユージの肩に腕を置いて、狼のように表情を歪めてみせたライル。



「それに、いい機会だしよ。うちの兵隊連中、鍛錬ばっかで息抜きもなきゃ花もねえ。色気話ひとつねぇむさ苦しい空間はよォ……控えめに言って地獄だぞ?」


「おまえが長時間拘束してるからじゃねえのか?」


「いや、大将ボスが火ィ着けちまったのさ。この間のアレで、うちの連中、気合入りまくりだぜ」



 机の上で手を組む俺を見て、ライルは愉快そうに口角を釣り上げた。



「練度のほどは?」


「いつでも。つっても、甘く見積もって時間稼ぎ程度。最低ラインっスよ。後は――」


「――俺にかかってる、か」


「その通り。んま、大将がおっ死ぬビジョンなんて想像できやしねえ。そこは期待してまっせ」


「兵隊がそうでも、俺ら幹部が押し上げればいい。ユウリさんは、堂々と敵の大将首を取ってくればいいっスよ。道は、俺らがあけます」


「なんなら、その大将首も俺らがってきましょうか?」



 まったく、頼りになる男たちだ。

 俺は部下にも恵まれている。本当に、優秀な人材が揃ったものだ。



「ああ、そうだ。話変わるんスけど……ロールイス家からざっと二百の兵が入領したみたいで。あいつら、公爵と組んでどっかと戦争でもするつもりかねー?

 もしかしたら、あの行方不明だった娘でも見つけたか、あるいは……」


「……まさか、俺らが戦争起こそうとしてるのバレたんじゃ……?」


「なくはねえ。固く口止めはしてるが、漏らすヤツがいてもおかしくはねえな。

 いやでもよ、こういっちゃあれだが、下っ端連中なんて落ちぶれたヤツばかりだぜ? 底辺の世迷言だなんだとスルーされて終わりだと思うが」


「つっても、ウチはそれなりに名の知れたギャングだしよ……街の評判もいいし、最近はギャングを語る慈善団体とか宗教だとか言われはじめて注目浴びてっから」


「それだけクランが功を奏してるってことだろ。民衆の顔色が良ければ、領主がすり替わってもすんなりことが進む。

 ま、出所なんて今考えたって仕方がねえよ。で、だ――大将はこれをどう見る?」



 問われて、俺は目を閉じた。

 ロールイス伯爵の軍、か。

 半年前は、攫われた伯爵家のご令嬢を捜索するためにこの街を訪れていた。


 

 考えられる可能性は三つ。

 シャーロットの情報が外部に漏れ、奪還のために訪れたか。

 あるいは、俺たちが戦争を起こすという報せを受け、加勢しに来たか。

 それとも……



 俺は携帯端末インカムのスイッチを入れ、ブラディに通信を送った。

 十秒と待たずして、耳から生真面目そうな声色があらわれた。



『はい、ブラディです』


「俺だ。いま大丈夫か?」


『ええ、問題ありません。何か、問題でも?』


「ロールイス伯が二百の兵を引き連れて入領した。何か心当たりは?」


『ふむ……』



 しばらく無言のまま、思考を働かせていたブラディは、息を吐きつつ答えた。



『あるとすれば、私たちの情報が漏れたか、あるいは合同訓練か。

 ここ最近、公領付近でおおきな問題は起きてません。魔物もクランで駆除してますし、盗賊の報告もありません。しかし、ロールイスの軍を借り受けるほどの問題があるとすれば…………あ』


「どうした?」



 素っ頓狂な声を上げたブラディ。珍しく焦った様子の彼は、早口で捲し立てた。



『わ、私としたことが……! 仕事に忙殺されていたなんて言い訳にはならないぞ……っ!』


「ど、どうしたんだ、ブラディ?」


「珍しいことがあるもんだ……あいつが取り乱してやがる」


「……兵隊を集めるか。なんか、そうした方がいい気がしてきた」



 通信を自らのインカムで聞いていたふたりは、ブラディの慌てようを感じ、すぐさま行動に移った。



『も、申し訳ございません! 完全に失念しておりました! 公爵家の情報を主から聞いておきながら、このブラディ、失念……ッ!』


「落ち着け、ブラディ。いつものように、正確にわかりやすく伝えろ」


『は、はっ!』



 命令口調を強めていうと、ブラディはなんとか平静を取り戻して、言った。



『妹君の奪還が、狙いかも知れません……! 弟君のヨシュア・ユースティスは、妹を溺愛していた……! なら取り返しにこないわけがないッ!』


「……っ! な、なぜ俺もそのことに気がつかなかった……!?」



 思い返せば、アリシアはヨシュアの命令で襲撃に来たと言っていた。

 なら、アリシアが帰ってこなければ、捕えられたか殺したかの二択。

 どちらにせよ、ヨシュアは報復しに来る……!

 


 しかし、アリシアがあの人数で攻め込んで敗北した以上、下手には動けない。

 だから失念していた。

 アリシア奪還のための、援軍……! 



「はあ……まさか、こんな単純なことを忘れていたとは」 


『し、至急兵隊をそちらへ送ります! 今クランにいますので、すぐに動けるものを送りします!』


「ああ、頼む。屋敷に送ってくれ、ここには非戦闘員が多い。隠れ家アジトに隠れるよう指示するから、そっちにも人員を割いてくれ」


御意、我が主イエス、マスターッ』



 ブラディの声が消え、俺も動きはじめる。



「聞こえていたな。ライルは側近とともに街に向かえ。向こうの動きが確認でき次第、連絡を。アララールのところにも念の為護衛を送ってくれ」


『あいよ。任されたぜ』


「ユージ、おまえは俺とお留守番だ。いつでも動けるように準備しておけ」


『防衛隊隊長、了承したっス!』



 インカムの通信を切った俺は、刀を手に部屋を出た。




「――あ、探しましたよ、大将首。それ、くださいよ。僕に」



「―――」



 幼い声とともに振り抜かれた殺気が、俺の髪を散らす。

 続け様に振り乱れる剣技をバックステップで避け、呼吸の継ぎ目で蹴りを叩き込んだ。しかし、うまい具合に受け止められ、一撃で昏倒とはいかなかった。



「さっすが、大将首だ。初撃で終わらせるつもりだったんだけどなあ。うん、強い! アリシア様とどっちが強いんだろう?」


「……あー、見た覚えのある顔だな」



 ニコニコと、無邪気な笑みを貼り付けた襲撃者は、真一文字に閉じた瞳をうっすらとあけた。



「あれえ? 僕のこと、おぼえてませんか?」


「おぼえていないってことは、おぼえるに値する人間じゃなかったということだ」


「キャハ、ほんっと……お兄さんはいいキャラしてるよ。今度こそ僕の名前、おぼえてもらうよ」



 騎士甲冑に身を包んだおかっぱの少年は、剣を下段にかまえ、名乗る。



「僕は――」






「――【ガリーザ・エルトス】No.8……カミーユ・ハルバタン。お見知り置きを、お嬢さん」



 金色の髪を一本でまとめ上げた漆黒の女性は、肩の位置に剣を持ち上げた。



「ガリーザ・エルトス……どうして騎士団が、ひと様の家に土足で上がり込んでるのかなー?」



 対峙したライラの問いかけに、金髪の騎士は薄く口角を歪めた。






「このハカン・ハリベル……我が麗しの姫君を救いに参上した。さあ、前置きはこれぐらいにして、さっさと道を退けたまえよ犬畜生」


「ハッ――言ってくれちゃったねえ、オッサン……。その姫がだれのことなのか知らねえけど、もうお家にゃ帰れねえよ?」



 正門前に群がるのは、甲冑にロールイスの家紋を刻んだ騎士たち。

 その先頭、一人だけ馬に乗り全体を見下すハカンが、遺憾だといわんばかりに嘆いた。



「本来ならば、貴様ら程度の知れたゴロツキ相手にこのロールイスが精鋭部隊をあてるのは不本意ではあるものの……シャーロット様をお救いするためなれば、出し惜しみはせん」


「……興味深えハナシだな。もっと聞かせろよ、豚野郎」


「交わす言葉はない。殺せ――!」


「上等だゴラ、ひとり残らずツメろッ!!」

 





「あぁ……? てめえ、どこの誰だゴラ」


「ふむ、仕方ない。ムダは嫌いだが、貴様、俺と会話する許可を与えてやろう。俺の妹アリシアと、婚約者であるシャーロット嬢はどこにいる?」



 玄関ホールにて、悠然と正面玄関から入ってきた眼鏡の男が、汚物でも眺めるかのように視線のイロを変えた。

 馬鹿にされている――そう敏感に感じ取ったユージは、臨戦体制に移行しつつ、間合を詰めていく。



「んだとてめえ、どういう腹づも――」


「おっと、俺はムダが嫌いなんだ。必要のない言葉以外、しゃべらないでくれたまえよ――下衆が」



 十メートルの距離を一瞬にして詰められ、眼球スレスレで細剣レイピアが光る。



「さあ、教えろ。妹と婚約者はどこだ」





「――僕はエルザ・エリトン。【ガリーザ・エルトス】No.7……あなたとは一度、戦ってみたかったんですよ。まいかいアリシア様の相手ばかりさせられて、飽きちゃってたので」


「そうか。それ以上は喋らなくていい、もう興味は失せた」



 腰をわずかに左へ捻り、抜刀の構えに入る。

 殺しはしない。まずは情報を吐き出させてからだ。



「そう、そういうところ。そういうところが見てて腹立つんだ、才能があるからって下の人間を見下したようなその目……! そのプライドに凝り固まったあんたを、同じ土俵でぶちのめしたくてたまらなかったんだよッ」


「能書きはいい。かかってこいよ」


「ッ、絶対に逃がさない。絶対に殺す――!」



 強い殺意の波濤とともに、左右の窓ガラスが割れ複数人の騎士が乱入してきた。

 概算して十五人。武装した騎士に逃げ道を塞がれた俺は、大きく嘆息した。



「さあ、はじめようかッ!!」


「正気か……?」



 この程度の人数で、俺を封殺できると本気で思っているらしい。

 ならば、乳臭いガキに現実を叩きつけてやろう。



「嘆き喚け劣等――おまえに与える慈悲はない」

 


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