012 奴隷同士仲良く咲いましょう
「シャロ、新入りだ。こいつの面倒をみてやってくれ」
少し前まで使っていた
ユウリ様が連れてきたのは、わたしと同じメイド服に身を包んだ奴隷でした。
清楚なイメージを嗅ぐわせて、黒髪をツーサイドアップに結ぶ彼女は、燻らせていたキセルを離して頭を下げます。
「……アリシアです。よろしく……お願い、します」
「は、はい……シャーロットです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
アリシアと名乗った彼女は、タレ目の奥に不快感を孕ませて、キセルを再びくちにします。ですが、
「仕事中は禁止だ」
「あ、あ……ぁ」
キセルをユウリ様に取り上げられ、泣きそうな表情をつくるアリシアさん。
かわいらしく睨みつける彼女をよそに、ユウリ様はわたしの頭を撫でてくれました。
あぅ、と思わず変な声を上げて、わたしはくすぐったさに身をよじるのです。
「ほどほどにな。あまりムリはするなよ」
「……はい」
そう優しく声をかけて去っていくユウリ様。
一度だけこちらを振り返ると、気まずそうに目を逸らして、そのまま執務室の方へ行かれてしまいました。
「……」
たぶん、きっと彼は……わたしにどう接していいのかわからないのでしょう。
距離感を掴みかねている。
だからいつもよそよそしく声をかけて、頭を撫でて優しい言葉をかけて、消えていく。
「――あの」
わたしを誘拐して、もう半年間が経ちます。
ユウリ様は、わたしに手を出さないどころか腫れ物扱い。
(奴隷)同期のマナフさんはよく部屋に連れ込んでいるのに。
ライラさんも、(奴隷)後輩のエリさんも、どうやらユウリ様の夜のお相手に呼ばれているそうです。
わたしは、お声をかけられたことすらありません。
「――おーい」
そして、行為を終えたあとのシーツを変えているのは、いつもわたしです。
セクハラですか?
女と汗の匂いが充満する部屋をまいにち欠かさず掃除しているわたしの気持ちを考えたことがあるのでしょうか。
どうしてわたしだけ、手を出されず腫れ物のように扱うのか。
納得できま――
「シャーロット・ロールイス、聞こえてる?」
「――ひぃやっ!?」
脇腹をつつかれて、わたしは我にかえりました。
ユウリ様の姿はどこにもないというのに、去っていった方角を見つめてわたしは、いったい……?
気を取り直して、わたしは新入り奴隷のアリシアさんに向きなおります。
「改めて、よろしくお願いしますね、アリシアさん。わたしはシャーロットです。シャロとお呼びくださいね」
「あなた、ロールイス伯の娘よね? 行方不明だった、あの」
「……」
わたしより少しばかり身長の高いアリシアさんが、瞳を覗き込んできます。
どうしておなじ奴隷でおなじ使用人服に身を包んでいるというのに、彼女には上品さが歌声のように溢れています。
「おにいだったんだ、誘拐したの。しかもギャングで使用人……どうりで見つからないわけ」
「捜索……されていたんですか?」
「わたしはしてないよ。うちの眼鏡おにいと
後悔していると、その顔は物語っていました。
「もしギャングを探ってれば、あなたも助かったしおにいが巨悪になることもなかった。みんな、幸せだった」
「……そんなこと、考えたって仕方がないですよ」
今さら、過去を悔やんでも仕方がないことなのです。
すでにこの身は奴隷。
主人の命令には絶対で、危害を加えることはできません。
そして法律上、奴隷は人間として認知されません。
仮に逃げられたとしても、扱いは家畜以下。
ロールイス家にも複数の奴隷がいたので、よく知っています。
人間としての扱いは受けられていませんでした。
逃げようものなら半殺しにされ、逃げた先でも奴隷は暴力と性の吐口にしかされない。
戸籍に含まれていませんが、わたしに兄妹はたくさんいます。
大半が奴隷の女から産まれた、血の繋がった兄妹たち。
「……っ」
少なくとも、ひととして、尊厳を与えてくれるユウリ様のもとにいたほう懸命です。
奴隷となったあの日に決めたことなのです。
どうせ覆らないのだから、今あるもので幸せになろう、と。
「わたしは奴隷として生きていくことを決めたんです。わたしは、わたしであることを誇りにして生きるんです。この先も、ずっと。だから――」
アリシアさんの横を通り過ぎて、ユウリ様の寝室へ向かいます。
たしか昨日は、ライラさんを連れ込んでいた気がすると嘆息しながら、後ろのアリシアさんに言いました。
「諦めた方がいいですよ。どうせ逃げられないんですから、ここで大人しく、身分を弁えていればそれ以上酷くならないですから」
あ、これ経験談です――と最後に付け足して、わたしは笑った。
***
「あのふたり、うまくやれそう?」
「大丈夫だろ。シャロはしっかりしてるし、アリシアは何もできない」
屋敷を出た俺は、途中で合流したマナフとライラを引き連れて、外で待機している馬車へ向かった。
外出時、ほとんどの場合はマナフとライラを連れて行動している。
マナフはただ単に屋敷の仕事はしたくないから、俺の荷物持ちを買って出た。
ライラは親衛隊としての仕事だ。
その他にも、ライラの側近が別の馬車に乗って待機している。すぐそばにいないだけで、いつも十人オーバーの大所帯で行動している。
「シャロちゃんはもう、脱走なんて考えないと思うけど……妹ちゃんはちょっと心配」
「あいつは基本、怠惰だから自ずとは動かない。よっぽどのことがない限りな」
「ふふ、いまがよっぽどの時じゃなくって?」
「屋敷にはユージがいる。逃げようとしてもなんとかなるだろ」
ライラが馬車のドアをひらく。
四人ほどしか乗れないちいさな馬車だが、座り心地もよく耐揺性も高い。
ちいさな箱型のこの馬車は、見た目とは裏腹に要塞じみた耐久度を誇っている。
必要ないといったのだが、ブラディがわざわざ辺境都市のアイザック侯領まで足を運び引っ張ってきたものだった。
「ユージ、また身体おおきくなっていたわ。部下に追い越されないよう、随分と気合が入ってるみたい」
「体格良くても、そこまで強くないからな。まあ、あいつの強さはまた別のところにある。あいつほど部下から信頼されてるヤツはいないし、あいつをたてるために部下もまた強くなる。ユージが強く在ろうとしている限り、その好循環はつづく」
同じ幹部や新入りからは舐められている節が見受けられるが、一番に信用できるヤツは誰かと訊かれたら、ユージだと即答できる。
「あいつも、彼女と同棲すりゃいいのに……いつまでたっても
「あなたが心配なのよ――って、ここまで来てどうして男の話題なのかしら? もっと他に話すことあるでしょう?」
対面に座るマナフが、つま先でツンツンと俺の膝をつつく。
「……きょうも綺麗だ」
「何よ、その取ってつけた言い方。もしかして倦怠期?」
意地の悪い笑みを浮かべるマナフ。差し込む陽光を反射して輝く銀髪を耳にかけて、垂れたイヤリングを揺らす。
彼女の身なりは、とても奴隷にみえない。
首から胸元までV字にひらけた、清潔感ある赤いドレス。銀色の髪に褐色の肌ととてもよく合う色合いで、彼女をより大人っぽく色づかせている。
実情を知らない者が見れば、貴婦人だと勘違いしてしまうだろう。
首元を包む漆黒の首輪ですら、今の彼女を彩る装飾品に他ならない。
「ライラが選んでくれたの。リズリマの姉妹ブランドで、貴族の子女を狙ったものなんだって」
リズリマとは、ライラがプロデュースしている洋服ブランド【リーズィ・リマ】の略称だ。
「そうか。きれいだよ、とても似合ってると思う。ライラはセンスがいい」
「それを着飾る私のことも褒めてよ、ユウリ」
席を立ち、俺の膝上に跨るマナフ。
気品あふれる華やかな香水の匂いが鼻腔を刺激した。
「昨日はライラと楽しんだってホント? 妬けちゃうわ。ねえ、今夜はだれの予定?」
「いや……俺は別に、いつも選んでるつもりは……」
「そうね。あれ、早い者勝ちだから――だから、ね。こうやって時間をみつけてあなたを独り占めするの」
橙色の瞳で俺を見つめながら、片手でリヤカーテンを閉め外部を遮断した。
薄暗くなった箱の中で、ダークエルフが甘い吐息を忍ばせた。
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