第75話 夜間の救急病院

 

 

 十月六日、夕食後に何時ものように着替えを済ませて母は横になっていた。その内ウトウト眠り始めたので今のうちにと私は入浴を済ませた。入浴後母の部屋でテレビを見ていたら母が目を覚まし「ウ〇チに行きたい」と言うのでトイレまで誘導した。便座に座って用を済ませた母がいきなり「戻しそう」と言いながら「オエッ」とえずくので慌てて私は「ちょっと待って」と言って何かないかと思っていたら少量母の手の中に戻してしまった。床にも少量の嘔吐物が飛び散った。丁度夕食後二時間位経っていたので何か夕食に食べた物が悪かったかなと思いながら母の手を洗い床も綺麗に拭き取ってから、取り敢えず母をベッドに横にした。

 するとすぐに又「ウ〇チに行きたい」と言う。もう一度トイレに連れて行くと「戻しそう」と。繰り返し三往復してやっとベッドに横にすると「戻しそう」と言ってえずき間に合わず傍にあったゴミ箱に吐かせた。次に急いで洗面器を用意するとそこにも二~三度戻してしまった。顔はみるみる青ざめ震えてきて「お腹が痛い、頭が痛い」と訴える。身体が熱いので体温を測ると三十九℃ある。時計を見ると午後九時前だった。救急車を呼ぶべきか、少し判断に迷っていたがこのままの状態で夜を超すのは不安になり一一九番に通報した。


 程なく到着した救急車に母は乗せられ、地元の総合病院に搬送された。私は取り急ぎ家の鍵を掛け保険証、母の靴と上着を持って救急車の後を車で追った。病院に着いた頃は母の吐き気は治まっていたがすぐに点滴を施行しながら「今夜は救急が立て込んでいるので検査をするまで少し時間を要する」との事だった。やがて血液検査、尿検査、CT検査が行われた。CT検査の時は母が何度も起き上がろうとするので止む無くバンドで締められ看護師さんも動かないように付き添って下さった。


 すべての検査が終わったのは午前零時近かった。母は症状が落ち着いたのかその内ウトウト眠り始めた。検査結果が出るまでも時間がかかり夜間担当の医師から検査結果の説明を聞いたのは日付が変わった夜中一時半頃だった。血液検査の結果、数値に特に異常は見られないが脱水症状があるので点滴で補っているとの事、頭痛の訴えがあったが脳内の出血は見られない、肺炎にはなってはいないが軽い気管支炎が診られるので抗生物質を出しておく事、尿検査も問題ないので入院の必要はないとの事だった。更にお腹の画像を見ながら「今年の三月にも来院されてますね。こちらがその画像です。この時何か言われましたか?」と問われたので「特に何も聞いてません」と答えると今度は「こちらが今日、撮った画像です。これは膵臓ですが三月の時点ではほんの少し影があっただけですが今日の画像を見ると影がかなり拡大しています。膵臓の中に袋があるのですが……(説明が続く)……更に詳しく調べないと断定できませんが半年の間にこれだけの拡大が診られるのは恐らく膵臓癌で悪性の可能性があります」と言われた。


 色々説明はあったが頭もぼんやりしていてほとんど覚えてないが膵臓癌の悪性の可能性があるという事だけは分かった。私は「母はもう高齢ですし検査も苦痛を伴うと思うので詳しい検査をするつもりはない。ましてや手術となると更にリスクが高いのでこのまま自然に任せたい。母も延命治療は望んでいない。只、痛みを和らげて穏やかに過ごせるようにはして欲しい」と告げた。「それではかかりつけの先生にこのデーターを送り今日の検査の診断と娘さんの意向を手紙に書いて早速送りますので今後はかかりつけの先生と相談して下さい」と言われた。

 私はショックというよりはやっと腑に落ちたというか納得したというかそんな気持ちだった。今まで母はいつも腹痛を訴えていて何度か病院で検査してもらっていたのにいつも検査の結果は異状なしで、なんで母はこんなにも腹痛を訴えるのだろうかと疑問に思っていたからだ。


 処方された薬をもらって会計を済ませて家路に着いたのは午前二時半頃だった。

母はすぐに眠りについて朝まで一度も起きなかった。一方私は床に就いても頭が冴えてなかなか眠れなかった。

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