第3話 母、初めての入院
脳梗塞で倒れる前の母はとても記憶力が良く日記も何十年も書き続けていた。倒れる前までしっかり書かれていた。家の中の事から畑仕事まで何でもこなしていた。八十五歳を過ぎた頃から膝の骨折、圧迫骨折、頻繁に起きる原因不明の痙攣など次々と災難が襲ってきていた。だがそんな災難も何とか乗り越えて一人での生活に問題はなかった。丁度、一年位前に父の糖尿病が悪化し入院した事により母の負担も増えストレスも溜まっていたのだろう。その事が今回の病気を引き起こしたのかもしれない。脳梗塞が母にとって生まれて初めての入院だった。
入院最初の一週間は壮絶だった。母は入院の自覚がなく自分が何処にいるのか、点滴の意味も理解できず治療の為拘束を余儀なくされた為、母にとっては看護師さんは悪者だった。入院三日目だったろうか?夜中零時を回った頃突然携帯が鳴った。着信先が母が入院中の病院だったので一瞬母に異変が起きたのかと恐る恐る携帯に出ると看護師さんが困り果てたような声で「お母さんが点滴を引き抜いてベッドから抜け出され不穏になられていて大変なんです。娘さんが来られたら落ち着かれるかもしれないので夜分恐れ入りますが病院に来て頂けないでしょうか?」
ふいに眠りを妨げられた私はすぐに状況が呑み込めなかったが母が危篤ではないという事は分かり少し安心しながら「分かりました。すぐに伺います」と言って携帯を切った。
病院に到着し急いで病室に向かう。静まり返った廊下に自分の歩く足音だけが響き何とも不気味だった。母は病室にはおらずナースステーションの看護師さんの隣で車椅子に乗せられ静かにうなだれていた。母のうなだれた後ろ姿を発見した私は安堵すると共に涙がこぼれそうになった。母の背中はとても小さかった。
看護師さんは申し訳なさそうに「今、少し落ち着かれています」と言いながら事のいきさつを話された。
病室に戻るとベッドのシーツや仕切られたカーテンに血が飛び散りまるで殺人現場のようだった。看護師さんが困り果てて私に連絡された気持ちが分かった気がした。
母をベッドに促し暫く手を繋ぎ落ち着くまで傍で付き添った。母もさすがに疲れたのかその内ウトウトし始めた。
一時間位傍に居たが私も翌日仕事だったので後は看護師さんにお願いして帰る事にした。
治療の為母を拘束する事を承諾して家路に急ぐ。
すぐに床に就くが朝まで眠れなかった。
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