1-8 偽名だったのか

 数日後、黒の調査内容を聞きながら、頭を抱えてしまった。これほどまでに厄介なことは魔王をしていた時もなかった。


「——これらの報告を分類すると、このようになります。まず、白髪で珍妙な恰好の者、これは大概、尊大な態度を見せますが、弱い人間に加担する傾向にあります。たまに眼帯をしている者がいるのも特徴です。次に学生風の魔力を乱用する者、これは魔法学校に通っているものが多く、魔法を所構わず試したりします。そして最後に我々魔族のような恰好をして、魔王を名乗る者、これは何かの組織に追われていることが多いので厄介です。これらの者どもに共通しているのは、女を数人連れていることです。例外ない共通項ですので何か理由がありそうですが、今のところ解明されていません」


「そうか、それで、この国の中にはどのくらい出没しているのだ? その、転生者は」


「それなのですが、転生者は現れては消えているようです。国内で少しの間過ごした後、いつのまにか消えていきます。そして、そのあと新しく似たような転生者が現れているようです。どうやら他の世界とこの世界が繋がりやすくなっているようなのですが、詳しいことはわかっていません。異世界の建物に繋がる扉も多数報告されています。何故か飲食店に繋がっている扉の事例が多いようですが……」


 なんだと? ではこの前の厄介者みたいのが新しく現れるのか。これはどうにかせねば……。


「現状はわかった。もし、転生者がこちらに敵意を向けてきた場合、このままでは対抗措置が取れない。相手の戦闘力は計り知れないということは、今は転生者の居場所と特徴を把握しておく、それしかできることがないということか。とにかく引き続き調査を頼むぞ、黒」


「承知しました。では」


 黒はまた調査をするべく窓から飛び出していった。



 しかし厄介なことだ。うまく味方に引き入れられれば、とも考えたが、相手がどういう素性の者かによって対応を変えなくてはならない。味方になるかどうかも分からない。


 そもそも俺は転生者の奴がどうも気に入らない。好き嫌いで戦術を決めることは愚かしいとも思う。


 が、しかし、本当に好きになれない! 何故なのかは説明できないが……。どうしたものか……。


 と、考えていると衛兵の声がした。

「失礼いたします。陛下、客人でございます。例の転生者です」


 噂をすれば、向こうからやってきたか。よし! すごく気が進まないが、味方に引き入れてみよう。すごく気は進まないが……。


 客間に行くとクロードと、初めて見る数人の女どもがいた。やはり転生者は女を連れていないといけない決まりがあるようだ。


「王様! お久しぶりです。今日はお願いしたいことがあるんですけど」


 なんとも気の抜けたやつだ。すると横の女が大袈裟に叫び始めた。


「ちょっと! アンタこの国の王様とも知り合いなの⁉︎ 一体何者なワケ⁉︎」


 うるさい女だな。こういう場ではまず王様に自己紹介にするのが礼儀だぞ。と、叱り飛ばしたい気持ちを抑えて暖かく迎え入れる。味方に引き入れるにはまず温和な対応だ。


「久しいな、クロード、そなたは他の国の王とも知り合いなのだな? どの国じゃ? 」


「はい、マーナル皇国の法皇様です。最初僕は気づいたらそこにいました」


 なるほど、そこで奴らに召喚されたわけだ。

 ……ということは今後、外交の手札になるかもしれない。これは良いぞ。


「そうか、そうか、今度会う際にはよろしく伝えといてくれ。ところでお願いしたいこととはなんだ? 」


「それなんですが、この間話したユキヒトが見つかったんです」


 ああ、探している友達だという人間か。


「それは良かったではないか。では、頼みというのは、その友のことか」


「そうなんです!その友達がマーナル皇国といざこざを起こしてしまって、追われているようなのですが、この国でかくまってもらえませんか?」


 ああ、厄介だな。外交の手札どころか外交問題に発展しかねない事件だ。


 あそこはマーナル教という宗教を国家基盤にしている国だ、いざこざを起こして異教徒認定でもされようものなら地獄の果てまで追ってくるに違いない。


(あの自殺行為みたいな作戦で攻めて来た奴らですね)


(ああ、奴らだ)


 あの国は宗教の国ではあるが、大きな軍事力を保有している。特に熱狂的な信者で構成された聖騎士団という死を恐れない軍団が厄介だ。


 人間と戦っていた時もこいつらには苦しめられた。今の国力でマーナル皇国と関係を悪くするのは得策ではない。


 むしろ避けたい事態だ。俺は思わず声を漏らした。


「それは……、困ったな」


「そうなんです! すごく困っているんです」

 困っているのはこっちなのだ! こいつは自分本位でしか物を考えないようだ。とにかく情報が少なすぎる。原因を聞きださなくては。


「その、ユキヒトというのはマーナル皇国で何をしたのだ? 」


「それが、間違って教会のご神体の大理石の像を破壊してしまったようなんです」


 また像を爆破したのか‼ なんで大きなものを破壊して回るのだ! しかも宗教の国でご神体を破壊するのは宣戦布告と同義ではないか! どこをどう間違ってそのようになったのだ。


 これは厄介な話だ。これは手に負えない、適当に理由をつけて断ろう。

「その、ユキヒトは今どこにいるのだ? もし遠くなら……」


「いまは北の国の国境を越えてこの国に向かっている途中です」


 ジジイ! ネズミ一匹通さないのではなかったのか! ええい、こうなれば国にいるのを黙認するしかない。


「わかった。クロード、そのユキヒトが来たら居場所を知らせてくれ。この国にいることは認めよう。だが、くれぐれも内密にしてくれ」


「ありがとうございます!王様!」


 にこやかにお礼を言うクロードに俺はうなずいて見せた。まあこれで、貸しを作れたか。こいつの利用価値はある。


「じゃあこれから転移魔法でここに呼びますね!」


 前言を撤回したい。


 本当こいつは利用価値あるのだろうか……、心労のことを考えるともう関わらないほうが良い気がしてきた。という俺の考えはお構いなしに、また魔法陣が現れ、男が1人と数人の女が現れた。


「ふう、助かった。クロード、恩に着る」


 ……あいつだ。最初にこの国の大理石の像を破壊した男。ダヴィド・キース! こいつらが知り合いだったとは、もうどうして良いかわからない。


——あれ? こいつ偽名だったのか。


「ユキヒト! この王様が匿ってくれるって。」


「あんたは、あの時の王……助かった」


 助かった、じゃないわ! 勝手に話を進めるな! なんて言えるはずもなく優しく対応する。


「久しいな、ダヴィド・キース、いや、ユキヒトか。今回のことは大変だったな」


「いや、オレは自分の仲間にケチをつけられたから猛り狂っあばれてやっただけだ。悪いのは向こうだ」


 どうして仲間にケチをつけられたから大理石の像を破壊しようという思考になるのか……。


 さしずめそこの獣人族の女にちょっかいを出されたというところか。人間は獣人族を忌まわしく思っているものが多いからな。


 もう考えるのも面倒だからこちらの要求だけ済ませておこう。


「そうか、大変だったな。この国でゆっくりするが良い。しかし、この国にいるのは構わないが、ほとぼりが冷めるまで派手な行動は慎んでくれ。あの国に目をつけられては厄介だからな」


「わかった。ただオレの仲間を傷つけるやつが現れたとき、オレは容赦しない、派手にいかせてもらう」


 全然わかってないな、こいつは。容赦しないにしても派手にする必要がないだろうに。



 ——ズドォォオオン



 突然、例のごとく、外で爆発する音が響いた。すぐさま衛兵が入ってくる。

「城の東にある勇者の像が破壊されました! 粉微塵になったとのこと! 」

 またか。もう先に爆破しておいたほうが良いのではないか考えてしまう。というか、この城は四方に勇者の像が立ててあるのか。どんな城だ。


 ともかく俺は外に様子を見に行くことにした。

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