第181話 成長を見守る

 子供の魔法なんて、荒っぽくて、大雑把で、何の役にも立たない。実践的とは言い画たくて、本当にお遊びの延長のようなものだ。……そう思っていたのに。



「私、必要かなぁ?」



 そうこぼしてしまうくらいには、生徒たちの攻撃は強かった。

 ロベルトは大人顔負けの立ち回りと受け流しで、兵士の攻撃をかわしながら、反撃を繰り出している。ロゼッタは雷魔法を駆使しながら、妖精魔法を補助に敵を圧倒し、レーガは妖精魔法しか使えないというメリット、デメリットをよく理解して、サポートも、妨害も、もちろん自身から仕掛ける攻撃も、きちんとこなしている。


 サモンが行うことといったら、撃ち漏らした敵を遠くに投げ飛ばすくらいなものだ。

 子供たちの成長に感動しつつ、やることを奪われる虚しさもある。これが複雑な気持ちというやつか。


 サモンが暇そうにしていると、アズマが頷きながら降りてくる。


「分かるぜぇ。子供の成長ってのは、感慨深いもんがあるよな」

「君に分かるとはねぇ」

「そりゃ分かるって。お前さんを育てた功績があるんだからな」

「そうだった」


 サモンはため息をついて、カラカラと笑うアズマを追い払う。けれど、アズマの言う通り、あの付きまとうだけの雛鳥が、いつしか、ひとりで飛び回れるだけの力を手にしている。

 植えたつもりは無いが、咲いた花が美しいと、心が彩られるものだ。


「ヨクヤ。君も、こんな気持ちに?」


 サモンはヨクヤにも尋ねた。ヨクヤは巻き込まれた面倒臭さと、昔を懐かしむ気持ちで表情が固まる。ため息にも似た息を吐いて、「そうですね」と返事をする。


「初めて喋ったり、立ったり。成長を見守ってきた分の愛情と、ひとりで進んでいく、自分が不要になった寂しさは、わしもよく知っています。でも、自分が守らなくても良い、対等な関係を築けた後でさえ、愛おしく思うことは変わらない。

 えぇ、そうです。貴方が森を出ていった時も、自らの意思でここに残った時も、今、貴方が抱いているものと同じです」


 愛情と、寂しさ。

 サモンが一生知ることの無いと思っていたものが、胸の内を占めている。これが、人の気持ちだというのだろうか。


(心とは、閉ざすもんじゃないねぇ)


 前に進むなら、今がその時。

 きっと、何度も見て見ぬふりをして、与えられたチャンスを棒に振った。でも、もう知らんぷりは出来ない。



「私は、あの子たちが愛おしいよ」



 サモンはヨクヤにそう言う。ヨクヤは、今まで見たことのない笑顔で、「そうでしょう?」とサモンに言った。

 サモンがそう宣言したことで、ヨクヤも生徒たちに積極的に手を貸すことにした。

 敵の殲滅もさることながら、防衛、妨害、大地の精霊たるヨクヤの力は無限に輝く。

 サモンも大きく息を吸って、生徒たちにアドバイスを施す。


「ロベルト、アンタ剣が合ってないよ。身長に対して剣が長いんだ。だから扱いきれないし、重さに振り回される」


 サモンはそう言って、杖をロベルトに向けた。


「精霊の恩恵 祈るもののためにある

 精霊の温情 信じるもののためにある


 祈れ 願え 世界を統べるは自然の全て

 喜べ 歌え 寵愛を受けるは愚かなる人だけでなく


 生きる全ての特恵なり!」


 ロベルトの剣は眩い光をまとい、形を変える。その無防備な所を、兵士は狙い、剣を振り下ろすが、晒された胴体にロベルトの無慈悲な蹴りが深く突き刺さる。

 サモンは気にせず詠唱を続ける。ヨクヤが息を整えて、サモンの魔法を手伝った。


「沃野が育てた積年の温情 地層の下から湧き上がるは生きとし生けるものへの愛である


 喜びなさい 咽び泣きなさい

 精霊の恩恵は 受けることさえ叶わぬ気まぐれなれば」


 二人の詠唱で、ロベルトの剣は瞬く間に短く、細く、硬く、強くなる。ロベルトが余す重さも長くもなく、彼にピッタリな業物へと、進化を遂げた。



「「精霊の魔法──『大地の恩恵 金剛石の指先』」」



 陽光も透き通る輝きを持つ短剣は、ロベルトに馴染み、ロベルトの身軽さと、素早さを存分に引き出していた。

 ロベルトも、最初こそ戸惑ったが、一瞬のうちに使いこなしていた。


 体に合った、自分の特性に合った武器に喜び、ロベルトは先程よりも、兵士たちを打ち倒していく。

 ヨクヤも誇った表情で、彼を見つめていた。


 サモンは大きく息を吸うと、ロゼッタに目を向ける。

 以前よりも、魔法の精度も威力も上がっている。だがしかし、魔法の次撃が遅い。魔法を繰り出すのに、魔力の溜め方が甘いのだ。


わしらの助言より、ホムラが適任と思える使い方ですね」

「ヨクヤ、遊撃隊と思しき奴らが来た。不規則な行動をしてやがるぜ。援護頼む!」

「はぁ、呼びに行くには体が足りませんし、ホムラも仕事がありますし。……はいはい、急かさずとも行きますよ。アズマはせっかちですねぇ」


 ヨクヤはのろのろと、準備を始める。

 サモンは考えた。自分はできる限り身軽でいたい。精霊は学園の守護に就かせた。今、動ける精霊なんていない。



(……いいや、一人だけ。!)



 学園のあちこちにそれはあるが、精霊が動くためのものは、グラウンドにはひとつも無い。

 それに、他の精霊とはひと癖もふた癖も違う。素直に言うことを聞かない。


 ──気に入った者以外は。


 サモンは、魔法で桜の花を一つ生み出すと、そっとロゼッタの後ろに落とした。桜の花は、地面に染み込むと、小さな芽となり、巨木となった。


 季節より少し早い満開のしだれ桜に、兵士も、ロゼッタも、その場にいるみんなが魅了される。

 イチヨウは、満足気に微笑み、髪をなびかせた。


「気分がいいわ。みんなが、私を見上げてる。この美しさが分かるでしょう? 存分に私をお眺め。時を忘れて、私に溺れなさい」


 風が吹いて、花びらが散る。その儚ささえも、彼女の魅力だ。惚けた兵士に、ロゼッタが気絶の雷魔法を打ち込んだ。その様子を、イチヨウは小馬鹿にしたように見下ろす。


「随分と、雑な魔法を使うのね。魔力が泣いちゃうわ」

「これでも、ストレンジ先生のおかげで上達したのよ!」

「サモンに教わった割に、その程度でしかないのかしら? あの子の健気さに涙が出るわ。きっとそこまで教えるのに、血の滲むような努力があったのね」

「あの人は助言程度で、あとは私の努力よ! 嫌味ったらしいことしか言えないの!? まるでストレンジ先生だわ!」

「あの子の皮肉は、ヨクヤ譲りよ!」


 女性同士なら、気兼ねもしないだろうと。サモンの配慮が裏目に出た瞬間だった。ロゼッタは、イチヨウに好かれた唯一の他人だったのに。交わして一言目には挑発と皮肉?


「皮肉はイチヨウ譲りですよ。私は常には言いませんからね」


 人間を蹂躙するヨクヤが、ため息をついて補足する。アズマは首を横に振っていた。どっちもどっちらしい。

 サモンは心配しながら、二人の動向を見守った。


 イチヨウの魅了も、長くは続かない。兵士たちが正気に戻ると、ロゼッタに向かって走っていく。

 ロゼッタは、雷魔法のために、魔力を充填させる。



「花は常に咲いてないわ。葉となり、実となり、落ちて、新たな芽と変わる。そしてまた、自分の役目が来た時に咲くものよ。あなたの魔法は、それだけかしら?」



 イチヨウは木の幹を叩いて、地面から根っこを掘り起こす。根っこは兵士へと真っ直ぐ伸びていき、ムチのようにしなって敵をはじき飛ばした。


「ほら、モタモタしてるから害虫が群がってくるの。さっさとなさい。私を落胆させないで」


 イチヨウに叱咤され、ロゼッタは仕切り直す。しかし、彼女は魔法を同時に使う方法を知らない。

 水の魔法に切り替えると、イチヨウはこれみよがしにため息をつく。


「植物だって、光合成と水の摂取を同時にできるのよ」

「お生憎様。私、植物じゃないの」

「魔力だって同じだわ。どうして全ての魔力で練り上げるの」

「そういうやり方しか出来ないからよ!」

「スマホ見ながらご飯食べるでしょ。それと一緒!」

「お行儀悪いわね!」


 ぎゃあぎゃあと、言い合いながらロゼッタは魔法を切り替えては放ち、切り替えては放つを繰り返す。その度に、イチヨウに文句を言われていた。

 それでも、ロゼッタはちょっとずつだが、魔法の切り替えが早くなっていく。

 火、水、草、風、土、氷、雷──不規則に、威力もあげて、連撃が続いていた。魔法学科二年生首席は伊達ではない。ロゼッタはイチヨウに惑わされていながら、着実に魔法への集中力を上げていく。


「右手と左手で役割が違うように、魔力の練り上げ、放出を分けて役割をお与え。威力の強い魔法は、練り上げに時間がかかる。その繋ぎをお作り。一辺倒の攻撃は、相手に読まれやすいわ」

「土はすぐに使える。風も、次撃に繋げやすい。私の得意な雷を不定期に回して、火と水の魔法を適度に……」

「お勉強ばっかりな頭の使い方をしてって言ってないわ。これは体に教えるもの。あなた、良い子のフリが身につきすぎて分かってない」

「じゃあどうしろってのよ!」


 ついにキレたロゼッタに、イチヨウはロゼッタの頭を掴む。イチヨウはロゼッタに言った。


「魔法はもっと自由なものよ。あなたは囚われすぎてる。家族のしがらみとか、認められない不満とか。一回無くしてごらん。あなたにかけられた呪いは、私が消してあげるから」


 イチヨウはロゼッタに魔法をかける。無防備になったロゼッタの領分を、一時的にアズマが預かった。

 冷たく吹き付ける風に、兵士たちも動けない。イチヨウは、その隙に詠唱を済ませた。



「刹那を生き 久遠を散る

 侮るなかれ 軽んじるなかれ


 苦楽を忘れ 時の狭間に隠れて眠れ

 この一瞬は永久に続く


 八重紅枝垂桜の膝元は いつだって空いている」


 それは、サモンが普段使う『妖精の悪戯ハイド・アンド・シーク』の上位互換。詠唱がなくたって、彼女はそれを自在に操れる。サモンにとって、他の精霊にとっても、恐ろしい魔法だ。



「『神隠し』」



 短くて、でも強力。イチヨウのそれは、物体だけでなく、実体を持たないものすら隠してしまう。イチヨウは、ロゼッタから悲しい記憶と、自他から課せられた呪縛を隠した。

 ロゼッタはブツブツと独り言を呟いて、静かになった。兵士たちの方に向くと、ロゼッタは両腕を広げる。彼女の行動に、イチヨウは冷たく言った。


「私、助けないわよ」

「大丈夫。ちゃんと、考えてるわ」


 アズマの攻撃が止み、兵士たちも拍子抜けした表情で動きを止める。そのあと、一人が駆け出したのを皮切りに、兵士たちが総力を上げてロゼッタに襲いかかる。


 ロゼッタは動かない。兵士の間合いに入っても。

 イチヨウは、無言で腕を横に振る。兵士の武器が、どこかへと隠されてしまった。驚く隙もないまま、兵士はロゼッタの目と鼻の先にまで迫る。


 その、瞬間だった。



地底の悪食フォール・イン・タルタロス



 ロゼッタの呪文が炸裂した。地面が割れ、ロゼッタの手前に直径1メートルの大穴が現れる。兵士が次々と落ちていく所を、ロゼッタは穢れたものを見るような目で見下ろす。

 絶叫。聞こえるのはそれだけだ。どこにたどり着くかも分からない穴に落ち続ける兵士たちの絶望が、空気を振動させて穴をよじ登ってくる。


 ロゼッタは杖を上げた。


「いい子ちゃんの時間はもう終わり。私のありったけをぶつけてあげる。覚悟しなさい!」


 イチヨウは面白そうに、ロゼッタを見守る。

 もう、縛られた少女はどこにもいなかった。

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