第94話 課外授業ついでに

 サモンは窓を飛び出すと、思いのほか遠い地上に背筋が冷えた。

 近くの木に飛び移り、二回目のジャンプで地上に降りる。


 王宮内の道が複雑すぎて、二階にいたとは思わなかった。……そういえば階段、上っていたな。


「私が覚えていなかっただけか」


 サモンは杖を振る。

 集まった妖精たちが、彼らの下へと案内してくれた。


 サモンは珍しく走る。

 サモンの速さに合わせて、妖精たちも羽を細かく震わせた。


 妖精たちがさっといなくなる。それに合わせて、レーガ、ロゼッタ、ロベルトの見知った三人がサモンの前に現れる。

 制服を着ている三人は、きっと授業を抜けて来たのだろう。剣も杖も、指定の収納ケースに入れられたままだ。


 サモンは大きく、あからさまにため息をついた。


「本当、アンタらってのは、どこにでも現れるねぇ。死んでもついてきそうだ」

「失礼ね! 先生が連れ去られたって聞いたから、私たち助けに来たのに!」

「そこが不満なんだよ。間抜け」


 ロゼッタの口をきゅっとつまんで、サモンは威嚇する。


「だいたい、助けに来たとしてだよ。私をどう探すつもりだった? どうやって助けるつもりだった? 魔法の腕も、剣の技術も劣る子供が出る幕なんかないよ」


 サモンはロゼッタから手を離し、「どうやってここに来た?」と聞く。


 レーガたちがここに来るには、早すぎるのだ。

 サモンが連れ去られたことを知った後でも、子供だけでは追いかけられない。


 そもそも、学園のセキュリティや申請が、彼らの無謀な旅をブロックするはず。

 それを潜り抜ける方法なんてあるだろうか。


 ロベルトが、スマホをサモンに見せた。



「シュリュッセルさんとクラーウィスさんは、アズマさんの知り合いだとかで、説得出来ました。帰りはストレンジ先生と一緒だからいい、と」

「へぇ。で、申請は?」




「『ストレンジ先生の課外授業があるため』と」




 ――なるほど。上手い言い訳を使ったわけだ。


 サモンは契約を守るが、そのやり方は自由奔放だ。故に、生徒より先に外に出て、課題を用意して待っていてもおかしくない。


 しかも、エイルが口添えをしてくれたという。珍しい手助けに、サモンは少し勘ぐった。


 レーガは「早く帰ろう!」とサモンの手をつなぐ。

 サモンが足を一歩、前に踏み出した。



「きゃあ!」



 ロゼッタが何者かに腕を掴まれた。

 腐臭のような臭いがする、ぼろ切れを纏う男だ。


(人攫い!?)


 こんな往来で、堂々と生徒を掴むなんて。

 ロゼッタが抵抗するが、男はロゼッタを担いで路地まで走る。

 杖を持った生徒。魔法が使える人間は貴重だ。力のない女の方が、攫いやすいと判断したのだろう。


「ロベルト、次の路地で右にお曲がりなさい」

「はい!」

「レーガ、男が右に曲がったら、『妖精の雪遊びジャックフロスト・タグ』だ」

「はい!」


 サモンの指示通りに、ロベルトは路地を右に曲がる。

 サモンは「課外授業だ」と言って、レーガに妖精魔法を教える。


「『通りゃんせ』は魔法にしては物理的で、進行方向の妨げしか出来ないが、『ルック・ザット・ウェイ』は、いろいろ使い道がある。相手の魔法の軌道を捻じ曲げる他、視覚情報の操作が出来るんだ。空間認識を塗り替えや、見ている方向を強制的に変えることがね」


 サモンは杖を男の頭に向けると、呪文を唱えた。



あべこべ小径ルック・ザット・ウェイ



 男の首が右に向く。すると、男はその方向に走り出した。


「人は生きたい方向を見て走る。首をその方に向けたら、勝手に体が走るんだ。さぁ、アンタの番だよ!」


 レーガは杖を男に向けると、呪文を叫ぶ。



「『妖精の雪遊びジャックフロスト・タグ』」



 男の足元から雪だるまの形をした妖精が現れ、男の足にまとわりつく。

 男は邪魔そうに払いのけるが、絡みついた妖精は凍りつき、男を地面に縫い付けた。


 サモンはロゼッタに、杖を向ける。


「『引き寄せビエニ・クイ』」


 サモンが呪文を唱えると、ロゼッタがサモンに向かって飛んでくる。

 サモンが彼女を受け止めると、丁度良いタイミングで、ロベルトが男の顔を蹴り飛ばした。


 男は鼻血を出して倒れ、ロベルトは大きく息を吐いて襟を直す。


「先生、ロゼッタ! 無事だったか!」

「こっちは大丈夫よ。まさか、『物を引き寄せる』魔法で助けられるとは思わなかったけど」

「失礼だねぇ。課外授業なんだろう? 建前上は。わざと勉強になる方法で助けたというのに」

「これのどこが勉強になるのよ!」


「いい質問だ。ロゼッタ」


 サモンはロゼッタに説明する。


「『引き寄せビエニ・クイ』は『物を引き寄せる』魔法だ。ここで言う『物』とは、言わずもがな『無機物質』を指す。服とか、鉛筆とか、杖とかね。それを人間に応用することは出来ない」

「え? でも今、先生やったよね。ロゼッタを引き寄せた」

「そこだ。聞くけれど、私は、ロゼッタを引き寄せたのかな?」


 サモンの意地の悪い聞き方に、ロゼッタはすぐ察した。

 ロベルトは少し考えると、「まさか」と口にする。



「ロゼッタの『服』を引き寄せた?」



 ロゼッタは「最低」とサモンを罵る。レーガは顔を赤くして「先生のえっち!」とサモンに怒る。

 だが、ロベルトの回答は正解ではない。三角だ。


「あながち間違いではないけれど、それだとロゼッタは今素っ裸のはずだよ。ロゼッタがそのまま引き寄せられたのは、どうしてか」

「……もしかして、『私を包む服』を引き寄せた?」

「ロゼッタ、花丸回答だ」


 人間を裸にすることなく、簡単な魔法で自分に引き寄せるのなら、『Aを包み込んだ対象』を引き寄せることが、一番手っ取り早い。


 これはどの教師の授業でもやらないことだ。

『無機物質を引き寄せる』という前提が、覆ってしまうからだ。


 サモンはそれを平気で教える。


「気が変わった。どうせこれは、建前上の授業なんだろう?」


 サモンは杖を振る。妖精たちが集まると、サモンの周りで色とりどりの鱗粉を散らす。

 サモンはニヤリと笑った。


 いつも、彼らのトラブルに巻き込まれる。

 嫌だと言っても、彼らは自分に付きまとう。



 どうせなら、自分の都合に巻き込んでしまおう。



「いい機会だ。学園の魔法はお利口さん過ぎて、学外じゃあまり役に立たないからねぇ。平和主義の学園長には悪いが、外で使えることを教えよう。――これより、特別課外授業を行う」



 サモンが号令をかけた。

 レーガ、ロゼッタ、ロベルトの背筋がしゃんと伸びる。

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