第93話 消えた王子
ありえない。その一言に尽きる。
サモンは結果に呆然とする。
そっとゴブレットを手に取ると、「ごめんよ……」とか細い声で謝った。
王子が本当に生きていた?
しかも、この王都にいる?
「本当にありえないよ」
サモンはそれしか言えなかった。
本当にそう言うしかないのだ。
サモンがぶつぶつと呟く後ろで、アイザックがそわそわしていた。
サモンに質問したいが、聞いていいものか悩んでいる。
「サモン様、その、いかがなさいましたか」
アイザックが意を決して尋ねると、サモンは「どうしたものかね」と、アイザックの方を振り返った。
「調査の行方が、あまりよろしくないのですか?」
「いいや、王子の生死は割り出した。どこにいるかもわかった」
「いい知らせじゃありませんか。それがどうして神妙なお顔を」
サモンは杖で壁を示してアイザックに説明する。
「今王都に、精霊の魔法で探した結果が集まっている。四つの精霊魔法が使われた。それらが全て同じ場所を示した」
「それは、あなた様がその王子という事ではないのですか?」
「違うね。私には今、『追跡不可』の魔法をかけてある。自分という、あらゆる存在を。匂い、見た目、名前も気配もだ」
サモンの今の状態は、簡潔に言えば
サモンを育てた精霊すら探せない、隠匿の最強魔法なのだ。
「『神隠し』はほぼ精霊の力。というか、イチヨウの魔法を、私が勝手に人間の技として覚えただけなのだけれど。それを使って、無理やり私を検索対象から除外した。それでここを示しているのだから」
「王子は生きていて、しかも王都のどこかにいる?」
アイザックがようやく合点がいく。サモンは「花丸をあげよう」と、軽く拍手をする。
けれど、問題はここから。
どうやって、その王子を見つけるか。
学園とは範囲が違う。王都は学園よりも広いし、治安が悪い。
『
その王子にはあったこともないし、どんな見た目かも想像がつかない。
「唯一の手掛かりが『桃色の瞳』ねぇ。それ以外の確定要素がないんじゃあ、探しにくいなぁ」
「王宮の兵士を総動員して……」
「あんなへっぽこ達に探せると思うかい」
サモンは懐中時計を開いた。
まだ五十分ある。というか、まだ十分しか経っていなかったのか。
サモンは大きくため息をつくと、王と王妃の髪の毛を天秤にかけた。
器の双方に髪を乗せた天秤は、ゆらゆらと揺れて、やがて王妃の髪を乗せた器を下に提げた。
「へぇ、多少なりとも関心はあると」
サモンは結果を鼻で笑うと、方位磁石に杖を振る。
「
方位磁石に王妃の髪をかざすと、方位磁石はものすごい速さで回り、南東の方角を示した。
サモンは方位磁石をアイザックに渡すと、「あとは任せるよ」と言って、部屋から追い出す。
サモンは、ようやく一人きりになると、ゴブレットを置いて、杖でふちを叩いた。
水はごうごうと呻って広がると、ツユクサが不満げな顔で飛び出してくる。
「やぁ、私たちの子」
「やぁ、ツユクサ」
ツユクサは心底傷ついた、と言わんばかりに胸を押さえた。
「あぁ、サモンがま~~~た面倒事に巻き込まれたと思って、せっかく手を貸したのに、どうして信じてくれなかったのか。あぁ、胸が痛い。私は傷ついてしまった」
「あーもう、ごめんってば。本当にいるとは思っていなかったんだよ」
サモンが頭をガシガシと掻くと、ツユクサは薄く笑って、「嘘だよ」と言う。
嘘を嫌う精霊が、そんなこと出来たのか。サモンはため息をつくと、「学園に返して」とツユクサに手を伸ばす。
「おや、見届けなくてもいいのか?」
「どうして私がそこまでするのさ。必要ないよ。君たちが探したんだ。私の役目はもう終わり」
「私たちが探したのは、君の代わりとは思わないのか?」
ツユクサの意味深な発言に、サモンは苛立った。
サモンのゴブレットとツユクサの泉は繋がっている。さっきの話は筒抜けだっただろう。だとしても、からかい目的で不名誉なことは言われたくない。
「思わないね。私の出自に興味ないけれど、少なくとも腐った人間の長ではないよ」
サモンの堂々とした言い方に、ツユクサは安心したように微笑んだ。
サモンは「早く」とツユクサを急かす。
ツユクサは「ついでに用事を済ませたら」と、サモンに進言した。
「それどころじゃないよ。私は今教育をほったらかしにしてるんだ。そっちが優先でね」
「サモンがついに人間を優先したか!」
「違う。契約を優先してるんだ。間違っても人間じゃない」
「うんうん、そういう事にしておこう」
ツユクサはサモンの話を聞いていない。サモンは言い返すのが馬鹿らしくなった。
ツユクサはサモンに、「両方できたら問題ないだろう」と、意味ありげに言った。
サモンは嫌な予感がした。
天秤の髪を払い落とし、器に同量の土を入れる。
片方には手持ちの鳥の羽を、もう片方には植木の葉っぱを一枚置いた。
「
魔法をかけて、サモンは問う。
「ここに、あの三人が来ているのか」
曖昧な聞き方だが、天秤はしっかりと理解しているようだ。
サモンは嘘であってくれと祈りながら、天秤の示す結果を待つ。
ツユクサは意地の悪い笑みで、サモンの様子を眺めている。
天秤は羽の方の器を下に提げた。それが指し示す答えは『イエス』。
その結果に、サモンは愕然とする。
自分に王子疑惑がかけられたよりも、ショックを受けていた。
「残念だが、本当に来ているんだ。……アズマが連れて来たからね」
サモンはうなり声をあげる。道具を片付け、準備を済ませると、サモンは窓から外に飛び出した。
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