第22話 試験対策したいので

「ふぁ〜……ぁ」


 今日一番のあくびが出た。


 サモンは野菜の収穫をしながら、こっそり畑の拡張を進める。

 キャベツとサヤエンドウが多く取れたから、少し森の動物たちにお裾分けしよう。もう少し畑を広げて、ハーブ園を作ろう。そろそろハーブの場所が狭くなってきた。

 そういえば、まだキュウリもトマトも、成長してないな。時期としては、そろそろ大きくなってくれないと困る。肥料を変えてみても良いかもしれない。


「……ふぁ〜ぁ」


 そんなことを考えながらくわを振り下ろす。昨日は寝るのが遅かった分、眠りが浅くて時間も不十分だった。

 さすがに眠気が取れない。サモンは手の甲で目を擦る。


「ここだけ耕したら、少し寝よう。午後の授業に差し支える」


 サモンは、大きい欠伸をして手を動かす。

 ふと、遠くからレーガの姿が見えた。いつものような元気はなく、とぼとぼと歩いている。──だが、まっすぐこちらに来るのは何でだろう。


(何でこんな偏屈野郎の住処に、飽きもせずに足を運ぶかね。帰ってくれないかな)


 サモンはくわに顎を乗せて、レーガをじっと見る。

 レーガは「こんにちは」とサモンに声をかけた。ヘラッと笑っているが、口角の上がり方がぎこちないし、ちょっとばかり眉間にシワが寄っている。

 サモンはため息をついた。


「何しに来たんだい。お昼ご飯のお誘い? それとも面倒事の持ち込み? どちらもお断りだよ」

「あ、えへへ。……そう、ですよね〜」


 いつもなら、「先生聞いてください!」なんて言って、無理やり話をねじ込んでくるのに、今日はやたらと引きが早い。……それはそれで、調子が狂う。



「あの、あそこのアトリエ、借りても良いですか?」



 そう言って、レーガはサモンの左側を指さした。

 その先には、真っ白な二階建ての家屋がある。広めのテラスもついた、オシャレなアトリエだ。


 あのアトリエは、昨年の職員会議で議題となった。誰も所有していないから誰が使うかと話し合った結果、『一番近い』『人間らしい最低限の生活をしていない』『管理が面倒臭い』などの理由でサモンに押し付けられた。


(そういえば、学生の秘密基地となっていた落書きだらけアトリエを、全部取っ払って、一から作り直した事だけは怒られなかったなぁ)


 レーガはそこを使いたいのか。生徒に触られて困ることも無いし、危ないものも無い。サモンは「良いよ」と了承する。


「だが一応、使用目的は聞こうか」

「えっと、魔法の練習に」

「練習?」


 サモンが聞き返すと、レーガは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 言いにくそうに、口を動かすレーガにサモンは首を傾げる。一体何が気恥しいのやら。レーガはようやく、理由を口にした。


「期末試験、が、ありまして」

「……ああ、期末」


 一般的な学校と違い、ナヴィガトリア学園には『筆記試験』と『学科試験』がある。

『筆記試験』は世間一般が思い描くペーパーテストのことを指し、『学科試験』は剣術科・魔法科で実力を試す実技試験のことを表す。


 ナヴィガトリアはあらゆる種族に学問の扉を開いてはいるが、学園に残るには、二つの試験で良い成績を修める必要がある。──実は厳しい名門校なのだ。


「テスト対策か。でも勉強するなら、アレより図書館が良いんじゃない?」

「いえ、その……魔法の練習は、広い所が」

「あぁ、学科試験の方。なら体育館をオススメしよう。魔法が失敗しても、保護呪文がかかってるから、重傷で済むからね」

「重傷はちょっと……」


 レーガは困りながらも、アトリエで練習したいと言って聞かない。

 元々、いじめられやすい性格のようだから、人の近くは嫌なのだろう。


(いじめられる側が対策しないといけないってのも、なかなか不満だな。こういった話は、マリアレッタ先生の方が良いのか? クロエ先生の方でも良いかも)


 サモンは色々考えつつも、「好きにお使いなさい」と欠伸をしながら許可を出した。

 レーガは深くお辞儀して、学園に戻って行った。

 サモンは鍬を片付け、川で手を洗う。


「アズマの頼み事終わったかな。……まだ二週間くらいか。じゃあ、もうしばらくかかるか。昨日の不審者は、どこに片付けられたんだろう。放課後にでも、門番に会いに行ってみよう。色々と『お話』したいことはあるし」


 この後の予定を組み立ながら、サモンはまたまた欠伸をする。


(………………あれ?)


 二年生の授業、今は魔法薬学じゃなかっただろうか。朝の会議の後に、ルルシェルク先生が、『テスト範囲の最後の授業だ』と意気込んでいた気がする。


 ならレーガはどうして、この時間に逢いに来たのだろう。それも、アトリエを借りたいだなんて……。


 サモンは首を横に振って、頭から疑問を消し去った。

 人間のことなんてどうだっていい。自分は人間嫌いなのだから。

 サモンはそう言い聞かせるように胸を叩く。

 収穫した野菜を持って、サモンは塔のドアを閉めた。

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