桃太郎と姫

かみつき

桃太郎と姫

 お婆さんは目前の光景に息を呑みました。ただ唖然とするほかありませんでした。「赤ん坊の入った桃がどんぶらこ、と流れてくる」という話は、某昔話であまりにも有名な出来事ですが、実際にそれが自分の目の前で起ころうとは、お婆さんも考えたことがありませんでした。木々の広がる山の川、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ。

 しかしその状況には、お婆さんの知っている物語との相違点がありました。某昔話において、桃はその形を保って流れて来て、家に帰ってから割ってみると赤ん坊が出てきた、というイメージが定着しているかと思います。しかし、この目の前の光景では、桃の天井の果肉が崩れ、赤ん坊の体が見えていました。流れてくる途中で鳥に啄まれたのでしょうか、岩にあたって砕けたのでしょうか、桃の形は大きく崩れ、ただ甘い香りが、辺りに漂っております。その桃の上にて、赤ん坊はおぎゃあおぎゃあと激しい泣き声をあげて川の流れに揺られていました。

 その声で我に返ったお婆さんは、その赤ん坊を取り出して家に連れて帰りました。

 お婆さんの家は人里離れた山の中。憂世を忘れお爺さんと共にのんびり余生を過ごすためにこさえた家屋です。電気も水道も通っているので、二人にとってはさして不便でもありませんでした。お婆さんはお爺さんに事情を話し、悩み話し合った末、二人でその子を育てることとしました。


 桃太郎という安直な名前をつけられたその子は、森の中で元気いっぱいに育ちました。そしてお爺さんとお婆さんは、相談した結果、桃太郎を学校に通わせることとしました。元気がありあまっている桃太郎は、二人には手に負えなかったからです。「元気がありあまる」という生易しい表現では足りません。桃太郎は狂暴な子でした。学校に行っている間だけでもこの子と離れられるなら、マシであろうと考えたのです。

 しかし、運のいいことに、桃太郎が中学生のころ、その狂暴性は僅かに落ち着きました。そのきっかけは、簡単なことです、恋でした。クラスの大人っぽい女の子を好きになったらしいのです。その子に嫌われないためなのか、桃太郎の立ち振る舞いは優しくなってゆきました。その女の子のことばかり考えていたので、家の中での横暴さも消えてゆきました。ところがお爺さんとお婆さんは、二人とも桃太郎の恋を知らないので、随分と困惑しました。我が家の狂暴な桃太郎が突然におとなしくなった、何故かは分からないがありがたい、成長したのかもしれない、とうっすら考えていました。

 桃太郎は驚くほどその女の子に惚れこんでいました。どこかでその子がころんだと聞けば一番に駆け付け、何か荷物を持っていたらすぐに代わり、他の男の子がその子に近づくと分かりやすく殺気を放ちました。告白すらしていないのに、異常な干渉ぶりでした。その女の子の周りは、桃太郎の恋を無言の内に察しました。しかしそれについて桃太郎に直接真偽を確かめようとする者はいませんでした。かつての狂暴な桃太郎を皆知っていたので、彼に難癖をつけられるのではと恐れたのです。

 ところがそんな時、桃太郎にとって不運な出来事が起こりました。好きな子が転校するというのです。父親の仕事の都合だと言っていました。女の子は、クラスのみんなの前で別れの挨拶をし、

「残念だけれど、バイバイ」

 と可愛らしい笑顔を残して、この地域を去ってゆきました。


 桃太郎は誰よりも悲しみました。他のクラスメイトがあまり悲しそうでないのが、許せませんでした。

「また会いたい。会いに行く」

 桃太郎は決心しました。

 女の子の父親は有名な会社のトップであり、それは周知の事実でした。桃太郎は

「トップなら住む場所の融通くらいきくはずだ、勝手に引っ越すなんて」

 と決めつけました。

 その話を聞いたお婆さんは、やっと桃太郎の恋について知り、

「そう怒ることはないでしょう」

 となだめました。しかし桃太郎は

「いや、勝手に連れて行くなんておかしい。あいつの親は子供を幽閉する気だ、そうに違いない」

 などと妄言を言い出しました。

「次の家を探し出し、あいつを救い出しに行くんだ。出陣だ。準備しろ」

 桃太郎はそう言って、女の子の会社の場所を調べあげました。そしてお爺さんとお婆さんをこき使い、身なりと食料を用意させました。お爺さんとお婆さんは止めようとしましたが、力の強い桃太郎に無理やり、言いなりにさせられました。

 そうして、桃太郎は一人、家を出ました。食料がきび団子だったことは少々不服でしたが、

「おれは優しいから」

 と言って我慢し、道を急ぎました。

 ところが桃太郎は、道の途中で三人の若い男に絡まれました。彼らは桃太郎の持っている荷物を指さし、

「兄ちゃん、何を持ってんだ、くれよ」

 と突っかかりました。しかし桃太郎はそれを拒否したので、若い男たちは怒って殴りかかりました。

 桃太郎は喧嘩が強いのです。三人を怪我まみれにして屈服させ、男たちの荷物をすべて奪いました。そして、

「分かった、団子を一つやろう。しかし、おれの旅についてこい」

 と言いました。

「旅はどれくらいかかるんで」

「数日かな」

 数日間、団子一つしか食べられない生活を強いられ、男たちは不満を口にしました。しかしその度に、桃太郎は自慢の暴力で彼らを言いなりにさせました。

 桃太郎は彼らの顔や様子の特徴から、あだ名をつけました。猿、犬、雉というあだ名です。

「猿、犬、雉、そしておれは桃太郎だ。まさに鬼退治に最適であろう」

「はい、その通りで」

 三人は完全に桃太郎の言いなりになりました、否、そうなるしかなかったのです。桃太郎は高らかに笑いました。桃太郎は猿、犬、雉に一つずつ武器を与え、鬼ヶ島——女の子の親の会社に乗り込みました。会社の内部までは隠れて忍び込み、それから内部で大暴れして親を探しました。

 突然武装集団の襲撃にあった会社は大混乱に陥りました。抵抗する者もあり、警察へ通報する者もありました。しかしそんな対応も追い付かないまま、桃太郎は社長室へと入りました。しかし社長室には誰もいませんでした。桃太郎は会社の一人を捕らえて執拗に脅しました。

「し、社長は自宅に……」

 脅された社員はそれだけ言いました。楽しくなってきた犬が、更に脅して家の場所を聞き出しました。こうまで悪者扱いされると、猿も雉もなんだか楽しくなってきました。

 桃太郎と猿、犬、雉は社長の家に乗り込みました。偶然にも社長は外出していました。しかし女の子は家にいました。桃太郎は女の子を見つけ、連れて行こうとしました。女の子は震えて

「やっとあなたから逃げ出したのに、お父様に頼んで学校まで変えてもらったのに、どうして。私に恨みでもあるの」

 と言って泣き出しました。しかし彼らは女の子を無理やり連れてゆきました。


 とある山の中の家で、宴会が行われていました。もう十数日も宴会ばかりしています。どこかの家から盗んできたテレビでは、少女誘拐のニュースが報じられています。世間も、もはやそのニュースに飽きてきています。家の真ん中で、ある青年が高笑いし、酒を浴びるように飲みました。周りの三人の男たちも楽しく盛り上がりました。ただ一人、青年の隣の少女だけは、無表情でただただ酒を酌んでいました。


 庭の中に、少女は古井戸を見つけました。覗いてみると深く、底は見えません。少女は、試しに石を投げこんでみました。暫くしてから、微かにポトンという音が響きました。少女はその時、数十日ぶりの笑顔を浮かべました。その笑顔を浮かべたまま、少女は井戸の中へと姿を消してゆきました。儚く消えてゆきました。

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桃太郎と姫 かみつき @kusanoioriwo

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