噛み合わない二人


 僕らが歯車だったなら、嚙み合わずにゴミ箱に破棄されていただろう。それほどに僕と彼女は嚙み合わない。好きな食べ物を訊かれたら僕は天ぷら、彼女はハンバーグと答える。スポーツが苦手な僕と得意な彼女。映画なら、僕はアクションとホラー、彼女は恋愛。会話をしていても、いつも彼女と言い合いになる。

 ちぐはぐな僕らは、それでも一緒に暮らしている。彼女は僕にとって、僕は彼女にとって、たった一人の理解者だから。どんなに喧嘩をしても、自然と仲直りをして寄り添った。どんなに話が噛み合わなくとも、どこか居心地が良かったのだろう。


「ねえ、昨日どこ行ってたの」


 テーブルの上にカフェオレが二つ。彼女はカフェオレを一口飲んだ後、そう訊ねた。口角を下げて、言葉のトーンもいつもより低い。ぶっきらぼうな言葉使いは怒っている証拠だ。


「喫茶店だよ。駅の近くにある、お気に入りの喫茶店。凛も知ってるだろ?」


 僕は偽ることなく正直に伝える。


「うん、知ってる。それで?」

「その喫茶店で久しぶりに新作が出たんだ。だから一緒に飲もうと思って……」

「はあ?」


 凛は僕の言葉に、眉根に縦皺を寄せ、机を叩いた。ドンッという大きな音が部屋に響き、マグカップの中のカフェオレの海が驚いたように波打った。


「ベタすぎるだろ!!!」

「ええ……?そうかなあ?」

「ベタッベタ!そんな方法でしか紬を誘えないのかお前は!このヘタレ!!」

「そ、そこまで言うことないだろ!じゃあお前はどうなんだよ!先週紬と出かけたみたいじゃないか!」

「わっ、私は!遊園地だよ!」

「はいブーメラン!ベタ中のベタだろ遊園地なんて!」

「紬に行きたいって言われたら行くしかないでしょ?!楽しかったさ!めちゃくちゃね!」

「感想は訊いてないけど良かったな!」


 浮気現場のような場面は一転する。紬とは、僕の幼馴染であり凛の親友だ。……今のところは。僕と凛は紬のことが好きだ。これはライクではなくラブ。僕と凛は紬に恋愛感情を抱いている。

 ひょんなことから凛が紬を好きなことに気付いてしまった僕は、抜け駆けしないように凛を牽制した。すると、凛も僕を紬と二人きりにさせないように牽制を始めた。そうこうしているうちに、包み隠さず物を言える仲となった。お互い同じ人を好きになった、所謂恋のライバルではあるが、共に戦う戦友とも言うのだろうか。思いの外二人でいるのは居心地が良かった。それは凛も感じていたようで、僕たちは気がつくとルームシェアを始めていた。

 紬は、僕たちの想いに気付かない。それどころか、二人とも仲が良いね、なんて笑っている。魅力的な笑みだが、言っていることは見当違いだ。彼女は気付かない。気付いてくれない。向こうから気付いてくれたら、告白してくれたら。なんて都合の良い妄想を何度思ったことだろう。


「……ねえ、湊。告白、しないの?喫茶店で良い雰囲気になったんでしょ?」


 凛はこちらの様子を伺うように言った。こういう時、彼女はいつも落ち込んでいる。けれど励ますなんてこと、僕にはとてもじゃないが出来なかった。生憎僕も気分は沈んでいる。僕の頭は自然と頭を垂れていた。


「……出来るわけないだろ。僕は紬にとって、ただの幼馴染なんだから」

「男なんだから、まだマシでしょ」


 凛は僕を慰めることなく突き放す。……分かってる。同性愛への偏見に満ちたこの国では軽々しく告白はできない。彼女は僕よりも苦しい思いをしてきたのだろう。


「関係が壊れるのが怖いんだ。自分で壊すくらいなら、ずっとこのままでいた方がいいんじゃないかって思うんだ」

「……でも、紬に恋人が出来たらどうするの?」

「そいつを殺す」

「アハハ、物騒ねえ」

「お前も同じことするだろ」

「ええ、そうね」


 はあ、と溜め息がこぼれた。幸せじゃなくて、この鬱々とした感情が溜め息と共に出て行ってくれたらいいのに。


「難儀ねえ、私たち」


 凛の言葉に返事することなくカフェオレを一口飲む。甘いカフェオレのはずなのに、苦味が口の中でいつまでも残っていた。


Fin.

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