僕の向日葵、月を向け


「ひまわりってね、太陽に向かって咲くから『あなただけを見つめる』っていう花言葉になったらしいよ」

「へえ」

「素敵な花言葉よね」


 そう言って陽葵ひまりはうっとりと笑む。その話は有名だ。陽葵の名前の由来である向日葵を僕が知らないはずがないだろう。そんなことは口が裂けても言えないが。


「向日葵には他にも話があるらしいよ。陽葵はギリシャ神話って知ってる?」


 僕も向日葵について知っていることを陽葵に返す。彼女は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「神様の話……だよね?」

「そう。水の妖精クリュティエは太陽神アポロンに一目惚れをしたんだ。クリュティエの告白で二人は恋仲になるけれど、すぐにアポロンは別の女性、レウコトエに心移りした」

「アポロン、酷い男ね」

「恋愛に奔放で、おまけに美男子だからね。女の方も放っておかなかったのかもしれない。……話を戻すよ。二人の関係に嫉妬したクリュティエはレウコトエの父親に告げ口をして二人の関係を壊したんだ。アポロンはこれが原因となってクリュティエが大嫌いになってしまう」

「自分のところへ戻ってきて欲しかったのに、逆効果になってしまったのね」

「そう。傷心のクリュティエは、来る日も来る日も馬車で空を飛び交うアポロンを見つめ続けた。食料ばかりか水さえも口にせず立ち続け、九日目。クリュティエは一本の花に姿を変えた。それが向日葵の始まりなんだって」

「悲しいけれどひたむきな女性なのね」


 陽葵はクリュティエに同情しているようだ。しかし、僕が言いたいのはそんなことではない。


「僕がクリュティエなら、そんな男さっさと見切りをつけるのにな」

「……そうね、見切りをつけるのが一番よね」


 陽葵の顔に影が差す。


「……でも、そんな風にきっぱりと気持ちは捨てられないものなのよ。水の妖精さんはアポロンのことを心の底から愛していたの。だから、彼女は来る日も来る日も彼を想っていたのだと思うわ」


 陽葵の言葉には実感が伴うものだった。彼女は今、不毛な恋をしている。彼女の想い人は所属するサークルの先輩だ。彼女曰く、『太陽』のような人らしい。しかし彼女は知らない。奴は女好きのクズ野郎ということに。……ああ、どこかの太陽神と同じだな。


「俺は太陽よりも月の方が好きだな」

「へ?」

「あんなに熱くて眩しいものよりも、淡く照らす月明かりの方がよっぽどいい」


 僕の言葉に陽葵が笑った。


「ふふ、紫月しづきらしいわね」


 陽葵の笑顔は向日葵のように明るく愛らしい。ねえ陽葵、太陽には手が届かないけれど、太陽のような向日葵には手が届くんだよ。僕はいつ君の純潔が汚されてしまうのか、気が気でない。どこの誰だか分からない男に陽葵の純潔が散らされてしまうのならばいっそのこと僕が、なんて不埒なことをずっと考えている。まずはあの先輩という男をどうしてやろうか。

 太陽よりも月を向く向日葵がいたっていいと僕は思う。たった一輪の愛らしい大輪の向日葵が月の方を向きますように。僕はずっと願っている。


Fin.

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