かいしゃ勤めはつらいもの ニートのあなた正解です

ヒラ少尉

第1話 訓練された兵士

 前職では賃貸経営委託システムを専門に扱っている職場だった。

 早い話、金持ちに相続税対策にとアパート経営を提案し、一方で建築費や管理費をぼったくってガッツりと儲けを出す会社といえばわかりやすいだろうか。

 全ての業務が金に置き換えられ、成果を上げれば本社から多額の報奨金を手にすることができた。

 だが、成果のない者には容赦がない。社内は弱肉強食で、無能な者は二年と待たず退職に追い込まれる地獄でもあるのだ。

 まさに命を削って金を得るのである。

 今思えば、よくこんな会社に二年もいたなと感心してしまう。だが、いろいろと思うところはあるが個人的に好きな会社、いや、好きなシステムであった。

 何より分かりやすいし、個人の能力次第では天辺にすら手が届くのだ。

 特筆すべきは顧客に対し担当営業なとどいうものが存在しない点である。スキあらば奪う、それが許されているのだ。

 理由は単純で、顧客も人間である以上営業との相性、つまり好き嫌いの感情が必ず芽生えてしまう。実際に数千万という金が動くわけで、つまらないトラブルで貴重な商機を失う可能性があるならば、いっそのこと営業同士で共食いさせようというのだ。

 とんでもない話だが、まあ一理ある。

 しかし、それがどんな結果を社内にもたらすか容易に想像はつくだろう、間違いなく人間関係は崩壊する。

 当然だ、自分以外の営業は協力者ではなくライバルとなるのだ。

 先日もこんな出来事があった。

 一年先輩であるガラの悪い中年が、僕の机の上に置いてあった資料を払い落とし、強引に腰かけ土足であぐらをかいた。

 別に驚くことではない、なぜならそんな会社だからだ。

 持っていた資料をひらめかせ僕の目の前に落とす。


「おいデブ、おまえオレの顧客に手ぇ出しただろう」


 僕は気にせずスマホを取り出しメールチェックを始めた。

 男は激怒し僕のネクタイを掴み力任せに引き寄せた。

 体重の関係とは思いたくはなかったが、引き寄せられたのは男の方である


「なにスカしてんだよデブ!」

「僕のことですか?」

「デブはお前しかいないだろう!」

「デブはさすがに抽象すぎてわかりませんでした。せめて名前で呼んでいただけませんか? それともまた忘れましたか? 忘れたのなら仕方ありませんね、僕は田中まさみです。た・な・か・ま・さ・み・たしか自己紹介はこれで六回目ですよ」

「デブの名前なんざどうだっていんだよ!」

「ほう」


 ここだけの話だが、僕自身この先輩の名前を知らなかった。知る必要がないのである。なぜならこの男からは金の臭いがしないからだ。

 ここでは一年に一回、何らかの成果を出さなくてはならない。それを越えると注意期間に移行し、さらに半年の間に契約が取れなければ営業として終わるのだ。

 それでも居座ることは可能だが人間扱いは期待できない。ゆえにほとんどの者が去っていく、豚にやる餌など無いのだ。

 この男の焦りようからして豚コース一歩手前なのだろう。

 僕は不謹慎だが笑ってしまっていた。妄想とはいえ、デブに豚扱いされたこの男が哀れに思ったからだ。


「言っときますが僕は二ヶ月で契約に持ち込みました。同じ顧客に先輩は何か月かけてんですか? たしか半年でしたか? 脈のない証拠ですよね?」

「ニヤつきながら言ってんじゃねぇ!」


 この日を最後に、この男を社内で見ることはなかった。

 メールチェックのふりをしながら会話を録音し、状況を本部に報告したからだ。

 言っておくが、これは極端な例であって全員が暴力的というわけではない。

 比率からいえば味方のフリをする人間の方が圧倒的に多数なのだ。


「あの年で嫉妬なんてカッコ悪いスよね。まあ、田中さんエースだから」


 これが彼ら特有の持ち上げ方だ。

 僕の営業情報を盗もうとしつこく飯に誘ったり、堂々と手帳を盗み見したりと羞恥心のない行動を平気でとる。勝つためには手段は選ばないクソどもなのだ。

 まあ、対立しているわけではないので、とりあえず愛想笑いだけはしいるが。


 『だからといって僕は彼らのことを非難はできない』


 ここでは色々なことを学ばせてもらった。

 人の汚さや下劣さ、嫉妬からくる妬み、欲を前に人は狂っていくことを。

 目的のためなら手段を選ぶ必要がない事を。

 負け犬は去り、勝者が金を掴む。それがここのルールであり金こそが原動力なのだ。だが、そんな営業にうんざりしている自分がいた。

 その理由はわからない。

 これまで相応の結果を残している。一年で二件の契約を取り本部に招かれ部長とも握手をした。金も結構な額が懐に入ってきた。

 なのにこの虚無感は何なんだろうな。

 熾烈な弱肉強食の世界に、いまさら違和感を感じているだろうか?

 これはこれで笑えると思った。

 同僚を騙し顧客を騙す。

 自分すら騙していたかもしれないのに、なんとも身勝手な結論だと思わずにはいられなかった。

 そんな複雑な思いが背中を押したのか。

 まだ理性が残っていたのか。

 僕は二年を待たずしてここを退職したのだ。

 


 

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