夏は暑い
鼓膜騒音
暑さに負ける
あ、セミが今日も生きてる。
耳元で蝉が鳴いているそんな朝だった。
「おはよう!ミーーンミンミン!」蝉が言った。
朝っぱらからうるせぇな、私は耳元で騒ぐ蝉を手で払った。
蝉との出会いは丁度4日前、羽化したてで右も左も分からない蝉に手を差し伸べた。
始めは名前を付けたりして可愛がってた。
蝉のことを、まみちゃんと名付け自ら生活を共にすることを提案したぐらい。
でも、今ではうるさくて仕方なく感じる。
まみちゃんを家に招いた次の日、私はバイトに出かけた。「おはようございます。」いつも通り私は先に出勤して作業を始めてる上司に挨拶をした。「おはようございます。ミーン。」上司は作業の手を止めず静かに返事をした。
私は席に着きパソコンを立ち上げて、他の人たちが出勤するのを待った。暇だし早めにデータ入力してるとオフィスの外が騒々しくなってきた、エレベーターの開閉音と共に今日の出勤者が入ってきた。
「おはようございます。早いですね。」後輩の婆奈美が話しかけてきた。
「蝉拾ったらうるさくて、いつもより早く出たんだよね。」私は蝉を拾ったことを何気なく話した。
「ええ〜蝉?何もなきゃ良いですね。」婆奈美は何か含みのある言い方をした。私はその言葉を気にも留めず、始業の音楽と共に作業を開始した。電話業務がメインだが比較的静かなオフィスに外のセミの鳴き声が入ってくる。
まみちゃん1人で何してるかな、私は少し心配になりながらも18時の終業時間を迎えた。
帰宅中の道中もセミがうるさくて仕方がない。去年もこんなだったかとぼーっと考えながら帰った。
「ただいま。まみちゃん何してる?」私は玄関を開けるとともにまみちゃんに話しかけた。「おかえりミェーーーン。ミーーン。汁を吸ってたよ。ミーン。」まみちゃんが返事をしながら玄関まで来た。
部屋に入るとテーブルの上に蓋の空いたゼリーの容器が置いてあった。ああ、汁ってゼリーのことね。まみちゃんが部屋で気を遣わずに自由に居てくれた事に少し安堵しながらゼリーの容器を片付け、私も作り置きしてあった夕飯を食べることにした。
夕飯を食べ終わり私は食後に甘いもが食べたくなったが、今日のところは辞めて就寝することにした。
それにしても朝から晩までセミの鳴き声がうるさい。
まみちゃんを拾って3日目の朝、目覚めると、外から一際大きいセミの鳴き声がする。「ミーーーンミーーーーーーン」カーテンを開けて外を見ると鳴いてるのはまみちゃんだった。外出してるのか。外の木にしがみつくまみちゃんをしばらく眺め会社に出かけた。
昨晩はまみちゃんがカーテンにしがみついて朝まで鳴いて熟睡できなかった。私は出勤して早々眠気を感じながらも、また早めに会社に着いたので他の出勤者を待った。
「ミーーーンミンミンミンおはようございますミーン。」後輩が挨拶とともに席に着いた。
今日も騒々しいなあ、そう思いながらも始業時刻と共に作業を始め、いつも通り終業時刻で帰宅した。
自宅につき私は玄関のドアノブを握る。家の中からミンミンまみちゃんの声がした。
朝外出してたから居ないと思ったが、帰宅してる事を確認し「ただいま〜。」と私は蝉特有の茶色の体をしたまみちゃんに声をかけた。
出迎えはなく返事もないがミンミン鳴き声が止まない。廊下を進むとまみちゃんの姿と、他に見覚えのない影が見えた。まみちゃんが仲間を連れて来ているのか?
まみちゃんが友人を部屋に招いてる事を察知し、私は静かに部屋に入った。
「え?」私は少し動揺し声を漏らした。見知らぬ陰の正体は婆奈美だった。私と婆奈美は仕事上だけの関係で、プライベートまで仲良くしている訳では無いので、私目的で家まで来ることは早々無いはずだ。まみちゃんと婆奈美が知り合いだった事を知らない私はしばらく状況把握ができなかったが、世間は狭いからそう言う事もあるかと納得した。
「婆奈美、まみちゃんといつから知り合いだったの?」婆奈美に声をかけた。「ミーーーンミン」部屋に婆奈美の声が響き渡る。
2時間が経過して婆奈美が窓から帰宅した。
「あ、もう8時。ご飯食べなきゃ。まみちゃんは何か食べた?」まみちゃんに話しかけながら自分の夕飯準備をはじめる。
「食べたミーーーン!」テーブルの上のまみちゃんと婆奈美が二人で食したのであろう茶色い透明がかった小さな塊を片付けながらまみちゃんの返事を聞いた。
婆奈美と樹液パーティーでもしてたのかな、片付けた塊の事を考えながら一人で夕飯を食べた。
明日も仕事だしそろそろ寝ようかな、私は布団に入り何気なく一日を振り返った。
あれ?何かおかしい気がする。何かに対して違和感を覚えたが、まみちゃんが静まり返ったタイミングで寝た。
私は夢を見た。あ、あれはまみちゃんだ。夏の朝の川岸にまみちゃんが見える、石にしがみつきながら私に言う。「蝉は羽が生えてから7日で死ぬミーンミンミンミン!」その言葉と同時に場面が変わる。朝の通勤の様子だ。人が行き交う中、私は一人道の隅に立っている。やはり何かおかしい。夢の中でも夕食時に感じた違和感を覚える。
「ミーーンミンミン!」まみちゃんの鳴き声と共に突然現実世界に引き戻された。
私は夢の内容を覚えていた。時計を見るとまだ5時だ。起きてはいるが、まだこのまま目をつぶって横たわっていよう。私は夢の中での違和感の原因を突き止めたくなり、そのまま布団から出なかった。
明らかに何かがおかしい。寝起きの頭が時間と共にクリアになっていく。
ふと婆奈美の言葉を思い出した。あの時は気にも留めていなかったが、「何もなきゃ良いですね。」あれは何を指していたんだろう…
そういえば、私、昨日から自分以外の人の声を聞いていないような気がする。
「おはよう!ミーーンミンミン!」突然耳元でまみちゃんが言った。
決まってまみちゃんは7時の私の起床時刻になると鳴き出す。
うるさい、耳元からまみちゃんを弾き飛ばしやっと私は起床した。
出勤の準備をし私は家を出た。
相変わらずセミが鳴いている。
辺りを見回すと人が遠くに見える、何かおかしい。
いや、毎日セミがうるさくて気付かなかったが、よく思い出してみるとまみちゃんが来た次の日から、会話の途中で皆んなセミのような鳴き声を発していた気がする。
気付いてはいけなかった、私の周りから人間が消えている。
私は呆然としその場に立ち尽くした。
しかししばらくして私は不思議な浮遊感を覚えた、落ちている感覚がした。瞬間地面に体を叩きつけられた。
何故か痛みは感じない、意識が遠のいている、夏の暑さにやられてしまったのかもしれない。
そのまま私は死んだ、私の亡骸は木の下に落下していた。
私は羽化して7日目のセミだった。
夏は暑い 鼓膜騒音 @aren1234
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夏は暑いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます