ヘル・シーカー 赤錆の暗き神の座
麻美ヒナギ
ヘル・シーカー 赤錆の暗き神の座
<序章>
我々の世界は切り裂かれた。
我々の世界は一度死んだ。
次はない。
次はない。
ボイドを求めよ。
砕けた記憶を集めよ。
骨髄塔を破壊せよ。
世界を食らうダンジョンを破壊せよ。
心せよ、次はないのだ。
ボイドを求めよ。
地獄は、手の届くところにある。
<ある冒険者の走り書きより>
ダンジョン【骨髄塔】
突如、空から現れ、世界に突き刺さった超構造物の一つ。
拡大を続け、異常気象や災害の原因になっている。早急に破壊方法を見つけなければならない。
ボイド【void】
ダンジョンの出現と同時に発生した、異常現象を発生させる物質、現象、思想。
OD社【オーバードーズ・コーポレーション】
ボイドの買い取り、管理、利用、流通を取り仕切っている。
冒険者【ボイド・シーカー】
通称は、冒険者。正式には、ボイド・シーカー。蔑称は、ヘル・シーカー。
多くは、OD社の学生社員を指す。ダンジョン探索の人材不足を補うために、高等教育機関に在籍する16歳以上の生徒を対象とした志願制度で集めた人材。
また、登録料を支払えば、年齢、思想問わず、重病患者や犯罪者でも、冒険者としてダンジョンに潜れる。
生命の保証、加入できる保険はない。
<序章>
「新しい冒険者の諸君。入社おめでとうございます。そして、冒険者として歩み始める場所にOD社を選んでくれてありがとうございます。あなた達は、自らの選択で困難な道を選んだ優秀な人材です。その選択に誇りを持って、我が社での業務に当たってください」
壇上では、無個性なスーツ姿のおっさんが台本を読んでいた。
反して、話を聞いている俺たちには個性がある。ノーネクタイ。髪型や髪色はバラバラ。装飾品や、インナーも個性がある。支給された喪服みたいな黒い制服と、【S0】と記された赤い腕章、鉄板の入った頑丈な革靴が、現状の会社“らしさ”な部分である。
「あなた達に、我々は大きな期待を抱いています。様々な成果を求めるでしょう。ですが三つ。この三つだけは、心に止めてください。【ボイド】の『解明』、『利用』、『破壊』。この三つです。これはOD社の理想、理念、未来である三つです」
こういう場で、ご高説をお読みになるってことは、あのおっさんは会社の模範品なのだろう。
将来的に、俺たちもああなるのだろうか? そういう未来は想像できない。
「失敗を恐れず、失敗から学び、己ができる最大以上の力でダンジョンに挑戦してください。一人の小さな記録が、時に人類を救う救済の一手となるのです。情熱を持ってください。使命を持ってください。あなた達は個人ではありません。我が社の一員、仲間、家族なのです。そしてどうか――――――」
俺は小さく手を上げて、列の見回りをしている社員を呼ぶ。
「なんだ?」
「トイレに行きたいです」
「我慢しろ」
「漏れそうで」
「………仕方ない。行け」
「すいません」
ハトみたいに頭を下げて、俺は列から離れた。
会場から出て長い廊下を歩く。言った通りトイレに入り、隠しておいた私物を取り出す。コンビニで大量購入した魚肉ソーセージと、スポーツドリンク。
あと、ピッケルと折り畳みナイフ。
登録料を支払った後の、寂しい財布で用意できた武器がこの二つだ。どうせなら飛び道具が欲しかった。
ま、贅沢を言っても仕方ないか。
ここは、もうダンジョンの中だ。
世界を徐々に壊しつつある異常な超構造物の中。
で、当たり前だが、ダンジョンには【ボイド】がある。
冒険者の数だけ目的はあるだろうが、その大半は金だ。その金になるのが、ボイド。
お手々繋いで仲良く、なんて考えるのは幸福に育った人間だけ。そういう奴らは、こんな所に来ない。冒険者なんて―――――【ヘル・シーカー】なんて蔑称で呼ばれる仕事はしない。
皆、あらゆる手を使って人を出し抜くだろう。
なんせ、ボイド一つで数千万の値が付く。十分、人が人を殺す値段だと思う。
お金は大事だ。しかし、それとは別に俺はボイドが欲しい。
どーしても欲しい。
時たま、ダンジョンの外にもボイドが現れる。会社に規制されてわずかな情報しか得られないが、偶然にも俺はボイドを見た。正確には、ボイドが起こした奇跡を見た。
いつも見ていた電波塔が、一晩で一輪の花になったのだ。
半日で爆破されたが、あの巨大なキンセンカは脳裏に焼き付いている。
ああいうことを、個人でできるのがボイドだ。
欲しい。
とても欲しい。
ガキが玩具の変身ベルトを欲しがるような幼稚な欲求だが、欲しいものは欲しい。
一つでもいいから、ボイドを手にしたい。何もない俺が持てる、唯一無二の力が欲しい。
これが、ようやく見れた俺の夢だ。
「よし」
廊下に人はいない。
出し抜くぞ。会場にお集まりの皆様には悪いけど、俺は一足先にダンジョンに潜りボイドをいただく。
何故、早ければ早いほど良いかと言えば、ダンジョンは一年周期で階層が入れ替わるからだ。今日から潜るダンジョンは、前人未到の階層。まだ見ぬボイドが、ゴロゴロと落ちて――――――落ちているのか?
そういえば、ボイドってどういう状態で発見されるのだろう。
俺、何も知らないのだが
「………………」
やっぱ無謀かな?
無謀とは思うけど、足は止まらなかった。
我ながら馬鹿な性分である。もう少し賢いか、更に馬鹿なら違った人生を歩んでいたかもしれない。今と違うから、今より幸福なのか不幸なのかは知らんが。
ダンジョンの入口まで来てしまった。
地獄の門がある。
上野公園で見たレプリカの何十倍ものサイズだ。思わず、本物かと思ってしまう。
さっきの会場に移動する時に、一度通り過ぎたのだが、その時と同じで警備はいない。そして、人が一人入り込める程度、門が開いている。
地獄の門には、『ここに入るもの一切の望みを棄てよ』という銘文があるとか。ボイドを求める俺には不吉な言葉だ。
少し足が震えた。
四秒自分に与える。それで切り替えて動けと言う。
深呼吸を一つ。
行くぞ。
腹を括れ。
身の丈に合わないものを得ようとしているんだ。この先、ちょっとやそっとの無茶や無謀で、恐れおののいたりはするな。無能が大きなものを手にするためには、命を賭けてやっとスタートラインに立てる。
「よし、よしっ」
両頬を叩いて気合を入れた。
四秒経過した。
進む。迷ったら、とりあえず進もう。そう決めて進もう。
門の隙間を潜ると、
「あら」
「うわぁぁああああァァァ!」
すぐ傍に先客がいた。思わず情けない悲鳴を上げてしまった。
女だ。
暗闇に溶けるような長い黒髪で、陽の光が似合わない肌の白さ。整った美貌で、柔和な笑顔を浮かべている。他の冒険者と同じスカートタイプの制服姿で、脚はタイツで隠れている。細い首筋に妙なエロティシズムを覚えた。
歳は、二十前半くらいだろうか? もっと大人びた不思議な雰囲気があった。
「あなた何を?」
「実は………………」
脳みそを全開しても、誤魔化す手段は思いつかない。
「もしかして、先んじてダンジョンに潜ろうとか?」
「正解です」
言い訳しようがないし、素直に告白しよう。
「そーねー」
女性は笑顔のまま考え込んで、
「こっちよ」
手招いて奥に進む。
と、背後の門が閉まり、周囲は真っ暗となった。
ペンライトを取り出して後に続く。小さい明かりは、女性の背中しか照らせない。足元は妙にツルッとした感触で歩きにくい。しかも、闇が濃すぎて方向感覚が希薄になる。俺は今、立っているのだろうか? 浮いているのだろうか? 泳いでいるのだろうか? 何だか、海底にいる気分だ。
こんな場所を、明かりもなしにスイスイと進むとは、この女性凄いな。OD社のお偉い人だったりするのだろうか。
少し寒いな。
というかこれ、どういう状況なんだ? 進んで先に何が―――――――
「ここよ」
女性は足を止めた。
大きな篝火があった。いや、違う。大きな縦穴だ。下から溢れる赤い光のせいで、篝火のように見えたのだ。
恐る恐る近付くと、底には途方もない闇が溜まっていた。
夜の海のような、人を誘う恐ろしさがある。
縦穴には螺旋状の階段があった。安全柵はない。どうやら、赤い光を放っているのは階段のようだ。
覚悟はしていたが気圧される。
落ちたらどうなるとか、考えない方がいいな。
「それじゃ」
「は?」
俺は、女性に背中を押された。
比喩ではなく。物理的に、普通に、手で、背中を押された。
落ちる。
穴に向かって体が落ちる。
手を伸ばしても何も掴めない。まるで、俺の人生そのものだ。
落ちて、落ち続けて、落下の勢いで気絶して、覚醒して、気絶してと繰り返し、長い落下の後、グシャリと着地した。
不思議と痛みはない。全身が痺れて感覚が遠い。ぬるま湯に浸かっているような生暖かさと寒さを感じた。
闇に落ちたはずなのに、光を感じた。
目の前に、左腕が落ちている。他人の物のようだが、見慣れた自分の腕だ。死ぬのかな? 死ぬだろうな。こんなに血が出ているし、体のあちこちが砕けて壊れた。
そっか、死ぬのか。
右腕は、そこそこマシだった。それで、何となく左腕を拾う。立ち上がろうとして、両足が面白い方向を向いていたので諦めた。
這いずりながら階段を目指す。とりあえず、上に戻ろう。会社の連中、登録料分は治療してくれるよな?
「クソッ」
痛みが出てきた。全身が燃えながら凍り付くようだ。それよりも、体中血でベトベトだ。制服のクリーニング代って、別料金とかないよな? そこまでケチじゃないと願いたい。
ああ、痛い。
滅茶苦茶痛い。
何か別のことを考えないと、痛みだけで死ぬ。
「あら」
女の足が見えた。
もう少しで指を踏まれるところだった。
俺を突き落とした女が、笑顔のまま俺を見下している。ありがたいことに痛みは消えた。猛烈な怒りが痛みを消してくれた。
女に掴みかかろうとするが、女は先に俺の頭を掴んで持ち上げた。
笑顔を忘れず、女は言う。
「 」
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