”偶”の章 <前>

10「バース・デイ・ニューワールド」


 ___記録。骨髄決壊。

 徒歩による移動の不可。マシンによる強度調整を推奨。


 ___記録。視力低下。

 全物体の判別の不可。機械眼の製造を推奨。


 ___記録。老化、今もなお停止確認できず。

 カプセルからの排出は許可不可能。メンテナンスの続行の許可。



 ___終わらぬ。

 ___新世界は生まれたばかり。始まったばかり。


 ___必ずや、滅ぼせ。

 ___必ずや、消滅させろ。





 ___胎児。生誕。出陣。

 ___すべては”神なりし者”の意思のままに


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 サルガッソ・フロント。要塞時計塔。午前11時、42分。


『我々の国は元々複数の国家だった。それがたった一つの小さな国家により侵略され統合……ヨーロッパ全域はエンデルヴェスタと生まれ変わったのであります。二人の少年少女、神を名乗りし異端者、【エリーベルダ】と【サルガッソ】の手によって』


 サルガッソ・フロントの電波塔から、国内のみの映像が送り込まれる。

 純潔領域に住まう者はサルガッソ・フロントの電波を拾えない。その逆も然り、サルガッソ・フロント側は向こう側の電波を拾えない。


『しかし……英雄エリーベルダは“全人類の支配”を宣告したのです』


 今、サルガッソ・フロントのテレビに流れているのは演説映像だ。

 無精ひげの目立つ大男。軍服を身に纏った大男が、神の肖像画を前に力強く拳を閉じてインタビューに受け応える。


『奴は神などではありません……人類を滅ぼす悪魔なのです』

 その背後の肖像画はエンデルヴェスタを大きな国家へと生まれ変わらせたエリーベルダとサルガッソ。二人の英雄が描かれた絵画だ。


 しかし、エリーベルダの顔面だけが大きく“赤いバツ”で塗りつぶされている。

 この国の王にして真理。無精ひげの男はサルガッソこそが英雄であると国民へ讃えさせる。


『我らが英雄、サルガッソ様はそれを良しとしない! 今もまだ、国の解放のために戦っている……そして君達にも、その悪魔を狩る力がその身に宿っている」

 攻撃宣言。戦争開幕。

『諸君……今こそ立ち上がれ。英雄は勇士を待っているぞ』

 サルガッソ・フロントは純潔領域とは違い、今も尚“侵略計画”を進めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 カメラが止まる。


「……ふぅ」


 演説を終えた無精ひげの男は息を吐く。

 実に“四時間近く”の長い演説であった。ぶっ通しでカメラとの睨めっこ。水分補給もこの間はしていない。


 カメラもない裏側。無精ひげの男は四時間ぶりの水分を飲み込んでいた。


「視聴率は?」

「87パーセントです! 以前よりは20パーセント増えています!」

「……良い傾向だ」


 無精ひげを撫で揃えながら、部下と思われる人物の言葉に笑みを浮かべる。


「国家が一つとなり、一つの軍隊となる。そうなった時が始まりだ……純潔領域に攻撃を進め、エリーベルダの首を貰う。それが果たされた時、国は本当の意味での秩序を迎えることになる」

 解放のための戦争であると語る。

「偽りの神が管理する世界はようやく終焉を迎えるのだ……」

 物騒な言葉の羅列を並べても、オログラはより笑みを深く零すだけだ。


「ご報告が……純潔領域側よりサルガッソ・フロント製の“ギア<人型兵器>”が飛来。墜落地点周囲にて発見された建造物には複数の怪我人と大破したギアが確認されました」


 それは、どこぞの便利屋とインチキ金持ちの間で起きた喧嘩の跡の光景。とある些細な一悶着について部下は上司であるオログラに報告する。


「回収された者達の報告によれば、全員が口をそろえて」

「『渡り鳥』と言ったのだろう?」

 部下に背を向け、無精ひげをなぞり続ける。

「……よくない傾向だ」

 その表情はいまだに歪みもせず。



「純潔領域、そして渡り鳥」

 何を考えているのか、部下には容易く理解できる。

「……本当の戦争はこれから始まるんだ」

 密かに“開戦”を呟いているのだと。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻、純潔領域・王女の城。

 王女の間、玉座の広場。


「……以上です。リィン・カァラ、そして部下であるマレナ・ヴランの動向は不明。消息も屋敷の襲撃以来断たれたままとなっています。遺体は確認できず」


 幹部騎士が一人、歌摺は報告をする。

 屋敷での一件が終わり、その後部下へ調査を指示したのだが……リィン達の行方を掴むことは出来ず、完全に尻尾まで隠される結果となった。


「遺体なしか」「なかったのか」

 双子の少女騎士は歌摺からの報告に耳を傾ける。

「炎で燃えたか?」「だが、燃えたなら骨の一つは見つかるだろうに」

 遺体が確認されていない。となれば、リィンは今どうなっているのかは大体予想はつく。


「生きていることでしょう。彼女は」

 双子騎士の後ろには“ドレス姿の女性”が困り顔の歌摺に微笑んでいる。

「……リィンは執念深い女です。私も同じくそう思っています」

 リィンは生きている。歌摺はその予感は間違いないだろうと告げていた。


「となれば、早いところ彼女を見つけ出し、罰を与えなければ……この城にいる【幹部騎士インスレイト】を総動員にし、何としてでもリィン・カァラを見つけ出すのです。これ以上、私達の純潔を穢さない為にも」


 まだ生存しているであろうリィンを見つけ出す。そして“処刑する”。

 彼女を放っておいてはいけない。彼女の行動は……“まるでこの国そのものに滅びを迎えさせるようなもの”と言わんばかりの剣幕であった。


「【氷の聖騎士アイス・パラディン、ミセス・マリアフロルド】、【拷問騎士エクスキューショナー、ラビ・ラビリス】、【聖域の番人ガーデン・ヴァルキュリア、デイルナ・マーキスグルテン】。そして、貴方【異国の暗殺者、歌摺】」


 指を一つずつ折り畳んでいく。

 ドレス姿の女性が口にしているのは“リィン追跡班”に選ばれた騎士。彼女の処刑を命じられた精鋭達である。


「無礼を承知で発言させてください」

 歌摺はドレスの女性の言葉を遮るように割り込んでくる。

「世界の絶対を覆す【時の力】……エリーベルダ様ならば、この面倒な事象全てを無かったことに出来るのでは」

「現状報告以外の発言は」「許可されていないだろう」

 双子騎士は互いに剣を抜き、ハサミのように交差させ、歌摺の首元へ添える。


「おやめなさい。マイ、レイ」

 ドレスの女性は双子騎士に静止の声をかける。

「……貴方の言う通りです。ですが、今の私には”世界全てに影響を与える程の力はもう残っていない”。過ぎた世界はやり直すことは出来ないのです」

 発言の後、双子騎士・マイとレイはそっと剣を降ろす。


「ミセスとラビは従うでしょう」「ですがデイルナはどうでしょう?」

 ドレス姿の女性の提案に、護衛の双子騎士は同時に首を傾げ不安を漏らす。

「なにせ彼女にとってリィン・カァラは」「“最愛”でありますから」

 従わない者がその精鋭部隊に入っていないかどうか。腕は立つものの、わざわざ作戦の障害となり得そうな騎士を入れていいものかと双子騎士は反論していた。



「……その点に関しては」

 歌摺は片膝を地につけ宣言する。

「エリーベルダ様の意思のまま。どうか全て私にお任せを」

「任せましたよ」

 幹部騎士の一人の忠誠に、ドレス姿の女性は快く命を下す。



「スカーレット家の聖剣。それを扱いしリィン・カァラ……彼女を解放しては」


 事態は刻一刻を争う。

 開戦。襲撃。暗雲。そして____




「“世界の滅び”が訪れることでしょう」

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