フライ=ハイトの叶界

九羽原らむだ

フライ=ハイトの叶界(きょうかい)

序章

0Ⅰ「異端者達【ハイド】の国」


 ___人は戦い続けた。

 ___誰も、時代に逆らおうとはしなかった。


 ___生まれ変わろうとしなかった。

 ___世界はいつも、くだらないままだった。




 ___だから、彼等は現れたんだ。

 ___二人は言ったんだ。自身は神様であると。


 ___神様は戦ったよ。世界と、醜い人間達と。




 ___世界は敗れた。


 ___突如現れた神様は、時代を屈服させてみせた。




 ___そして、生まれ変わったんだ。

 ___世界は確かに……変わったんだ。




 ___私も変わった。この日を境に






『私の全てが粉々になって消えていった』



『必ず神を殺してやるとも誓った』



『私は……”生まれ変わったんだ”』




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 =西暦190X年5月16日。エンデルヴェスタ・某所=





「これで何人目になった?」

「……八人かと」


 中世の街。その片隅に集うのは和装の乙女達。

 古ぼけた教会の中。椅子の木片と粉々に砕けた女神像の石片が散らばるこの場所で青髪の麗人が問う。

 

「こちらでも確認できました」

「こちらもです」

「こちらにも……」


 一人、また一人。くの一達は女体を担ぎ、青髪の麗人の元へ連れてくる。いずれも呼吸をしていない。命の鼓動を止めた亡骸だった。


「これだけの傷。相当、抵抗したものかと思われます」

 一同は外に出ると、草原に女体を並べる。ボロボロの衣服に傷だらけの体。見るに堪えない人の羅列が一同の視線に映える。


「これで二桁、か。今日も盛んだよ」

 青髪の麗人は、並べられた“亡骸”を前に手を添える。


「ここ数日、休む間もなく攻めてくる……限りを尽くしてきますね」

「我々は、いつまで“こんな略奪”を待ち受けなくてはならないのでしょうか」


 口元を覆い隠す和装の乙女達は亡骸を前に拳を閉じる。唸る。

 

「……純潔であれ、か」


 青髪の麗人は空を見上げる。

 

 ___月が赤い。

 見慣れぬ空の風景に、乙女たちは不穏な空気に心を焼かれていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ここは【純潔領域】と呼ばれている。


 争いを好まぬ種が集う美しき楽園。

 穢れを知らず醜さに身を浸さない。純潔なる国家を目指す者達。


 “純潔宮廷”。

 かつて西洋の戦争で使用されていたとされる旧城。今もなお、世界平和と秩序の安寧の為、一つの組織によって城は砦として光が灯されている。


「以上で、報告を終える」


 青髪の麗人が、その領域で数時間前の出来事を告げる。


「略奪の限りを尽くす愚かな種族達……線を越えての暴虐、許しがたい」


 今日もまた、純潔に生きようとした尊き命が奪われた。

 大広間。シミ一つ付けられていない真っ白なシーツのテーブル。それぞれ異なる装束を身に包む乙女たちが国の未来を話し合う。


「……ま~だ、様子を見るのかい?」

「エリーベルダ様が言ってた。戦ってはいけないと……私達はそれに応じ、尊き命を救い続けなければならないわ」


 反撃は正当防衛が成り立つ方法以外許されない。一人の乙女騎士の異論である。


「私たちは野蛮な男共とは違う。そうでしょ?」


 乙女達はそれぞれ胸に抱える一つの思いを閉じ込め、命令に従うべきと控えめな態度であった


「これでもう13回目よ!?」

 一人の少女が叫び声と共に立ち上がる。

「数百! 何の数字か分かる!? ここ数週間の遺体と行方不明者の数よ、数!!」

 ルビーのように輝く赤いウェーブ髪の少女。ただ一人、この領域に“剣”を腰に掛ける少女は獰猛に事を荒立てる。


「……今すぐにでも反撃するべきよ! 何度も許してはその気にさせるだけ! こちら側の願いなんて聞く耳持たずが当たり前だわ!! 呑気やってる場合じゃないの! 分かる!?」


 命令に従うべきではない。今すぐにでも反撃すべきだと告げるばかり。冷静な他の一員と違い、彼女だけが感情に従っていた。


「落ち着け。リィン」

 青髪の麗人が彼女を止める。

「気持ちはわかる。だが今は、」

「……話にならない。失望するのも無理ないわ」

 リィン。そう呼ばれた赤髪の少女騎士は広間から去っていく。


「どこのどいつもその気がないのなら私達だけでも行く……!」


 一人、命令に背く。そう宣言し、集いし幹部たちとリィンは別れを告げた。


「若いわね~」

「でも、そこがリィンの良いところではなくて?」


 会議の終わる時間はまだまだ先。身勝手なのは若い証拠と言うべきか。他のメンバー達は去っていた彼女を疎ましく思うこともあれば、褒めたたえる者もいた。


「どうするの?」

 青髪の麗人へ他の騎士は問う。


「……妙な事を考えてないと祈るばかりだろう」

 あまり良い気はしない。青髪の麗人からの返答であった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 リィンは議会室の重い扉を閉じ、早歩きで赤い絨毯の敷かれた廊下を進む。


「どうでしたか、リィンさま」


 リィンの後ろに突如現れる黒い影。

 素顔はフードで隠し、姿全てを真っ黒なローブで隠しきる謎の少女。リィンとは特に身長も変わらない何者かが付き従うようについてくる。


「あまり、良い話には聞こえませんでしたが」


 問い。会議の結果を聞き出そうとしている。


「……だァアアッ! もうッ!!」

 人の視線も見えない。気配も感じないところでリィンは頭を掻きまわしながら声を荒げる。

「皆、頭固すぎ律儀すぎッ!! 点も繋げられない話にならない!」

 少女は幹部たちを批判する。

「……一人の女子供を英雄だなんて心酔して。何が平和を望む美しき騎士達よ。あんなの幻想に惑わされているカルト教団だわ」

 苛立ちに地団駄を踏みながら、年相応の少女らしい暴走を見せつつも、少女は階段を下りる前、目に入った巨大な自画像の絵画に目を通す。


「なにがエンデルヴェスタよ……なにがエリーベルダよ」


 “エリーベルダ”。

 それは、新世界を作り上げた【救世主】の名。


「何もしなければ、何かしている側が話を優位に進めていくだけなのよ」

 自画像に背を向け、宮廷の出口へと向かっていく。

「良い子ちゃんやったって、褒めはしても授けてはくれない……私は黙って殺されるのを待つような大バカ者じゃない」

 その行動、その光景は一種の“離別”とも思えた。


「そうよね? お父様、お母様」


 もう、ついていけない。

 国の為を思っているのなら、行動に回すべきだ。


「では……“例のプロジェクトを進めるということでよろしいですね”?」


 国がそれをしないのなら、自分で行動を起こすまでである。怒りにまみれた少女の頑固とした決意のあらわれであった。


「“マレナ”」

 リィンは黒いローブの少女の名を呼ぶ。

「騎士隊は?」

「リィンさまの命により、既に屋敷の広場で出揃っています」

「返事が早くて助かるわ」

 行動の速さ、その意見の一致には思わずリィンも笑みを零す。


「……私は神を信じない」

 腰に掛けた剣に手を伸ばし、そっとつぶやく。


「救ってくれたことに感謝はするわ……でも、私は行く。私の為にも、皆の為にも……!」


 背を向けた自画像。そこに描かれる英雄の乙女。


「そのために生まれたのよ……私達【異端者ハイド】は」


 ___その隣。

 ___少女の横にいた少年の姿が、赤いペンキで塗りたくられていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 宮廷を離れ、下町の屋敷へと赴く。

 そこは一つの騎士隊の隊長であるリィンの館。エンデルヴェスタでも名高い騎士の名が刻まれた由緒正しき英雄達が住まっていた場所。


 門の前。リィンは深呼吸をする。


「……行くわよ」


 これよりリィンは己の部隊とともに反撃を開始する。彼女の意思を尊重する部下たちとともに、愚かな種族を討つ。


 門を開く。まずは部下たちの覚悟を問わなければ。

 




 戦う覚悟があるか。

 未来を切り開く力はあるか。


 少女は門の先にいる仲間の元へ向かう。



「……!?」



 ___リィンの視界に広がったのは、

 ___困惑の表情を浮かべたまま死に果てた部下の亡骸の群れだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 滅びゆく者。その先を生きる者。

 エンデルヴェスタは時代の歯車を回し続けている。


「……さぁて」


 ここ純潔領域もまた同じだ。


「”仕事”を始めるとするか」


 今日もまた___

 誰かが死んで、誰かが生き残る___




 混沌の時代に、生命の歌は鳴り響く……





【 フライ=ハイトの叶界 ~序章~ 】




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