ひとつなぎの身代金
にじさめ二八
ひとつなぎの身代金
今世紀最後の大富豪と称するロバート・ゴールデンは、自身の配信動画にて全世界の人々を宝探しに駆り立てる大発表を行った。
曰く、自身の保有する富の約十パーセントを、地球上のどこかに隠したという。そしてそれを見つけた者への報酬として、見つけたものをそのまま贈呈することを約束したのだ。
彼の発表は最初こそ一部のネットユーザーが騒ぎ立てる程度であったが、いつしかテレビ、新聞、インターネット等の各種メディアを通じてとてつもない早さで全世界に伝播し、その報道を受けた大勢の人々の参入によって歴史に残るほどの宝探しブームを巻き起こした。
動画の内容は、ゴールデン氏が自身の富を世界に分配する理由と、隠し場所のヒントとなる三つのキーワードを公開するもの。そこで語られた彼の動機はずばりパートナー探し。新たなビジネスを始めるための優秀な人材獲得のためだと言う。続くヒントは「ファルコンのエンブレム」、「1970年代のビデオフィルム」、「オケナイト」であった。
動画公開当時から多くの人々によって分析、考察が行われていたが、次第に独自の考察理論を披露する書籍や考察動画が横行し始めた。
これに対してゴールデン氏は、不要不完全な情報の拡散を止めるよう動画配信にて呼びかけ、四つめのヒントも近日中に発表すると公表。
しかし、その時の動画に、とある島の固有種である花が映り込んでいたことが発覚し、動画の撮影地特定を始める輩が続出した。
しばらくしてゴールデン氏は、もうそこにいないことを告げる緊急配信を行ったが、緊急配信の翌日には二度目の緊急配信が行われ、額に包帯を巻いたゴールデン氏の悲痛な姿が晒された。
彼はすぐに身を隠すと言い残し、メディアから姿を消すのだった。
四つめのヒントが公表されぬまま、人々はなおも宝探しに精を出し続けて月日は流れ、約四十日が過ぎたある日、一人の男が暗号の解読に成功したことが報じられた。
男は完全なる匿名報道を絶対条件としてニューヨークタイムズに封書を投函し、暗号の答えのみをリークした。
答えのみである。その答えに至った経緯は絶対に語らないことも書かれていたという。彼はすでにゴールデン氏の報酬を手に入れたのか、それすらも明かさなかったのだ。
しかし答えの公表とは実質、報酬が既に人の手に渡ってしまったことを意味するものと考えられる。世界は報酬の獲得を半ば諦め、代わりに答えを導き出した謎の人物を追い始めた。
ところで、件の答えとは何だったのか。
それはずばり、とある暗号通貨であった。
LUNC。ルナコインだという。この答えに至った経緯は公表されていないものの、有識者や暗号解読班の中からなるほどと唸る声が、世界各地から上がった。
ルナコインは日本発祥の暗号通貨であるため、ゴールデン氏の財産は日本に隠されていたというのが有力な説とされる一方で、実は現金や貴金属、その他高額物品などの物としては存在していなかったのでは、という見方も強まっている。
ゴールデン氏が最後の緊急配信を行う一週間前に、とあるクラウドファンディングサイトではゴールデン氏と思わしきアカウントが発見されていたと、一部のニュースが報じていたのだ。ゴールデン氏の打ち出したこの宝探しゲームは、新ビジネスのパートナー探しが理由として示されていた。それに先駆けて、ゴールデン氏がクラウドファンディングを利用して原資獲得を試みていたのではないかと目されている。
そしてこのゴールデン氏らしき人物の利用していたクラウドファンディングは、支払い方法の選択としてルナコインでの決済が選ばれていたのだ。他の支払い方法は選択できないようになっていたことが怪しい。そんな非効率的な手段で資金が集まるのか、と。
ところが、このことが明るみになると、世界中でルナコインが一斉に購入され始めて価格が急激な高騰を見せた。
理由は実にシンプルであった。ゴールデン氏のプロジェクトに一枚噛もうとする人々が増え、ルナコインの取得とゴールデン氏のアカウント探しが並列に行われたからだ。
ゴールデン氏の隠し財産は既に見つけられた可能性が高いとなると、彼の本来の目的に便乗する方法で最も手掛かりがある手段が、現状これしかない。誰もがそう判断したからである。
そうしてゴールデン氏のアカウント捜索とルナコインの高騰が続き、さらに十五日以上が経過した頃、ある一本の動画が配信され、世界中が震撼した。
どことも分からぬ雪山の山頂に、半裸状態で凍える男の姿が映し出されたのだ。
絶対的な死への危険が明らかに見てとれる、約一分ほど続く映像。
そして、動画の公開日から三時間後、ルナコインは大暴落を果たす。
この顛末が何を意味するのか、そして大金を手に入れたのが誰か、知りたければ一行目に戻れ。
<了>
ひとつなぎの身代金 にじさめ二八 @nijisame_renga
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