きっとずっと好きだった

ゴオルド

小学生、放課後はいつもの4人で

 まさか彼と付き合うことになるなんて、小学生の私はまだ知らない――。



――

 私は小学6年生の女の子、鐘山時子かねやまときこ。「ときこ」だなんて我ながら古風な名前だ。しかし、あだ名はベルちゃんという。命名者は、クラス1のオシャレ女子である真鍋さんだ。

「鐘は英語でベルっていうから、ベルちゃんって呼ぶのはどう?」真鍋さんがそう言い出した日から、私はときちゃんというあだ名を卒業し、ベルちゃんと呼ばれるようになった。といってもこのあだ名で私を呼んでくれるのは女子ばかりだけれど。


 名前以外ではとくに変わったところはない。強いて言うならちょっとくせ毛で演劇が好きなのが特徴かな。見た目も、学校のテストも、絵も作文も普通。あ、運動はちょっと得意かも。




 地方都市のとある団地のそばにある花塚小学校。その6年2組が私のクラスだ。



「おはよ~」

 遅刻ぎりぎりで私が教室に入っていくと、玖路山くじやまくんが駆け寄ってきた。

「ちょっと、あんた!」

 玖路山くんはなぜか私をあんたと呼ぶ。

「あんたじゃなくてベルちゃんって呼んでよ~」

「そんなことより、話があるから。放課後にいつものところに来て」

 それだけ言うと、玖路山くんは自席に戻っていった。その後すぐ担任の先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。

 玖路山くんが私を放課後に呼ぶ、それはつまり面白い遊びを思いついたということを意味していた。

 なんだかそわそわと落ち着かない気分になり、私は先生の話を聞いているフリをしながら、教室の後ろを振り返ってみた。後ろのほうの席に座る玖路山くんは、私の視線に気づいてどこか澄ましたような顔をしたあと、にやりと笑ってみせた。そんなふうにアゴを上げて笑うと、ちょっと女の子っぽく見えるなあ。

 実際、玖路山くんは背が低いのもあって、たまに女の子と間違われるらしい。そのときは相手を罵倒するか無視するかの2択だと本人から聞いた。けっこう気が強いのだ。仲の良い私たちには、それほど気の強さを感じさせないのだけれど。



 今は12月半ば。小学校卒業まであと3カ月ほどだ。

 玖路山くんのあの不敵な笑みから察するに、きっと小学生時代の思い出に残るような遊びを思いついたに違いない。




 放課後、私は校庭のすみっこに設置された土俵に向かった。遊ぶ相談はいつもここでするのだ。行ってみると、すでに玖路山くんたち3人が揃っており、土俵に腰掛けて雑談していた。


 ランドセルが3個、土俵のすみに置いてある。

 遊びのリーダー、強気な玖路山くじやまれんくんのチョコレートみたいなランドセル。

 まじめな村木翔太くんの光を吸収するようなマットな黒のランドセル。

 だんだん不良に進化しつつある渡辺亜美ちゃんのピンクのランドセル。


 私もみんなに倣って自分のランドセルを置いて、3人の輪に加わった。


 成長とともにオタク化が進みつつある私、光を反射するツヤツヤぴかぴかブラックのランドセルだ。


 私たち4人は性格はばらばらだったけれど仲が良くて、放課後は玖路山くんの招集を受けてどこかに遊びにいくことが多かった。



「それで、話って何?」

 私がそう言うと、玖路山くんはにやっと笑って、

「きのう、出会い系をやってみたんだ。親のパソコンで」と自慢げに言った。

「まじか。すげーな」亜美ちゃんが感心したように声を上げた。

 村木くんは渋い顔をした。

「いやいや……。そういうのって危ないよ」

「それで、どうだったの?」

「男が引っかかったよ」

「えっ、女じゃなくて?」亜美ちゃんは驚いた顔をした。

「あたし、23歳、エッチが大好きなOLでぇすって書き込んだら、ばんばん男から連絡きた」

「そんなんで男って連絡してくるの!?」

 私は驚愕した。

「いやいやいや」

 村木くんだけが引いている。

「それで、今日の5時に電話する約束をした」

「やったじゃん、そいつ呼び出して、どんなやつか見てやろうぜ」

「すごい悪人顔なんだろうね」

 当時の私たちは「ネットの出会い系は悪」という教育を受けており、だから出会い系をやっている人はみんな悪人なのだと思い込んでいた。悪いやつなんだから、ちょっとからかってやるぐらい許されるのだと勘違いしていた。

「どこで電話する?」自宅ってわけにはいかないだろう。

「〇〇病院の前に公衆電話あるだろ。あそこから電話しようと思う。あんたら一緒についてくるよね」

「もちろん」

「当たり前じゃん」

「やめようって」


 病院前の公衆電話はいつも誰もいなかった。携帯のある時代だ。大人から無視された公衆電話は、私たちにとって、親に知られたくない秘密の電話のかけ放題スポットみたいなもんであった。

「相手の男、大学生だって。年上のお姉さんとエッチなことをしたいらしい、ふんっ」

 玖路山くんは鼻で笑った。

「ねえ、電話ってどうすんの? 相手は玖路山くんのことを23歳OLだと思ってんでしょ? ベルちゃんがやってみたら? お芝居上手じゃん」

「うん、いいよ~」お芝居を褒められて私はいい気になった。

「あんたはだめ」

「そうだね、相手はどんな危険人物かわからないから、やめたほうがいいと思うよ」

「えー、じゃあ、どうするの。玖路山くん、女の芝居できないでしょう?」私は出番がなくて不満であった。

「僕をなめるなよ。んん、うふっ、あたしぃ、23歳のOLよお~」

「おお~」

「すごいね、女声だね」

「いや~、どうかな。そんなんで大人をだませるかな」

 うーん、確かに村木くんの言うとおりかも。少しわざとらしいかな。

「もうちょっと自然な感じでやってみてよ」

「自然か。そうだな。んんっ、私、23歳、OLのトシコ」

「トシコって~」私たちは笑った。

「なんなの、トシコ」

「うちのおばあちゃん、トシコっていうんだ」

「いやダメじゃん、おばあちゃんじゃん。23歳っぽくないって。いまどきの名前にしてよ。愛とかにしようよ、アイちゃん」

「わたしアイちゃんっ」

「それリカちゃんの真似じゃん」私たちは笑い転げた。

「ねえ聞いて、女のワタクシがお手本を披露するわ~ん」

「私もやる! わたしアイよ~」

「トシコ……トシコが一番しっくりくるな」

「みんな落ち着いて考えようよ、こんなのすぐバレるって~」



 そうやって、おのおののイメージする「えっちな23歳のOL」の芝居をしているうちに、公民館のスピーカーから音楽が流れてきた。

 5時になったんだ。



 <つづく>

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