第132話 軽巡VS重巡
1945年6月6日 午後4時
第10戦隊2番艦の軽巡「大淀」が敵巡洋艦4番艦に対して砲門を開いたのは、「陸奥」が敵巡洋艦1番艦を戦闘・航行不能に追い込んだ直後だった。
「大淀」は昭和18年2月28日に竣工した帝国海軍の最新鋭軽巡洋艦であり、その戦力は重巡洋艦に匹敵すると目されていた。
大淀(大淀型軽巡洋艦1番艦)
15.5センチ3連装砲2基6門
長10センチ連装高角砲4基8門
25ミリ機銃連装6基12挺
「やるな、流石は世界にその名が轟くビック7だ」
「大淀」艦長田口正一大佐は感嘆の思いと共に呟いた。「陸奥」は大和型の登場以前は姉妹艦の「長門」と共に帝国海軍の頂点に君臨していた巨艦であり、「陸奥」はその名にふさわしい働きを見せているのだ。
砲術一筋を歩んできた田口にとって「大淀」の射撃指揮所から見た「陸奥」の勇姿は何か感じるものがあり、「陸奥」に背中を押されるように田口の闘志もかき立てられた。
第10戦隊が相手取っている敵の巡洋艦戦隊は5隻の巡洋艦を擁しており(既に1隻戦力外)、まだ4隻は健在だ。「陸奥」の負担を減らすためにも巡洋艦の1隻、2隻程度は「大淀」で相手取らなければならない。
「敵巡洋艦4番艦との距離8000メートル!」
距離8000メートルは十分「大淀」の主砲の射程距離内だが、田口が主砲の発射命令を下すことはない。「大淀」が相手取っている艦が軽巡ならまだしも、相手は重巡なのだ。距離を十分に詰めて、主砲弾の装甲貫通力を高める必要があった。
「敵艦発砲! 4、5番艦の狙いは本艦の模様!」
射撃指揮所に新たな報告が上がってきた。「大淀」を射程距離内に捉えた敵巡洋艦が順次射撃を開始したのだろう。
「陸奥」の主砲発射時ほどではないにしろ、敵巡洋艦2隻が同時に射撃を開始したときの砲声は凄まじいものであり、「大淀」の艦体をも小刻みに揺るがした。
約30秒後、「大淀」の左右両舷に巨大に水柱が立て続けに奔騰し、大量の海水が「大淀」の艦上に滝のように降り注ぎ、しばし視界を完全に隠した。
第1射で被弾は無かった。
「大淀」がさらに距離を縮めている間に敵巡洋艦2隻が第2射を放った。
再び「大淀」の付近に水柱がつき上がり、艦を大きくゆらす。「大淀」が多数の水柱の翻弄される様は、川に流れている木の葉が揺られているかのようだった。
「艦長より砲術、目標敵巡洋艦4番艦。射撃開始!」
「目標敵巡洋艦4番艦。宜候!」
田口が命令を飛ばし、「大淀」砲術長阿部俊雄中佐が命令を即座に復唱した。
後部に背負い式に配置されている2基の主砲が旋回し、火災炎を吐き出す。15.5センチ3連装砲2基は敵巡洋艦2隻の火力と比較すると非常に心許ない。しかし、帝国海軍最新鋭軽巡の名にかけて絶対に負けるわけにはいかなかった。
「3、2、1、弾着!」
「どうだ?」
敵巡洋艦4番艦の周囲を水柱が包み込み、敵艦轟沈を思わせんばかりの光景が現出するが・・・
田口は心の底から初弾命中弾が出ることを願ったが、「大淀」も「陸奥」と同様、第1射で命中弾を得ることは叶わなかった。
「大淀」の第1射とすれ違うようにして敵巡洋艦2隻の第3射が弾着し、1発が「大淀」に対して至近弾となる。「大淀」は狭叉されたのだ。
「本艦狭叉されました!」
「くっ・・・!」
次から敵巡洋艦2隻からの斉射を浴びせられることが確定した、――そう考えた田口は唇を加えて焦燥をあらわにした。
「大淀」が負けじとばかりに第2射を放ち、敵巡洋艦4番艦に2発の砲弾が音速を遙かに超える速度で突っ込んでいく。
しかし、田口の思いとは裏腹に敵巡洋艦4番艦に直撃弾炸裂の閃光がほとばしることはなく、敵巡洋艦4番艦はこれまでと変わらず航行を続けている。
(せめて、一撃を・・・!)
田口がそう呟いたとき、第9戦隊が戦っている海面から少し離れた場所から「大淀」「陸奥」や敵巡洋艦4隻の砲声のそれとは異なる雷鳴のような砲声が戦場に轟いた。
「陸奥」ほどではないが、「大淀」のよりも巨大な飛翔音が10000メートルの距離を一気に駆け抜けて、敵巡洋艦4番艦、5番艦付近に新たな水柱が奔騰する。
「第4戦隊か!!」
状況を察した田口が叫び、阿部も思わぬ援軍に微笑した。
第4戦隊の「高雄」「摩耶」が第10戦隊の助け太刀と言わんばかりに、敵巡洋艦部隊に対して20センチ主砲を振りかざし始めたのだ。
敵巡洋艦2隻が「大淀」に対して斉射を開始するが、「高雄」「摩耶」の主砲がそれをかき消すかのように吼え猛る。
「大淀」が第3射を放った直後、至近弾のそれとは明らかに異なる衝撃が2度、「大淀」の艦体を襲った。
敵巡洋艦の主砲弾が遂に「大淀」に命中したのだ。
「かっ、艦長!」
「大丈夫だ! 1、2発の被弾でくたばるほど本艦はやわではない!」
被弾に狼狽した参謀に向かって田口はピシャリと言い放った。「大淀」は軽巡に分類されてはいるものの基準排水量10000トンを超える艦であり、敵巡洋艦に対して早々に敗退するような艦ではないのだ。
まだ戦いはどちらに転ぶかは全く分からなかった。
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