第110話 1分の戦い

1945年6月5日 夜


「目標敵駆逐艦2番艦に変更! 急げ!」


 敵駆逐艦1番艦を大破・航行不能に陥れることに成功した「ラドフォード」艦長のウィルソン少佐は次なる命令を矢継ぎ早に飛ばしていた。「ラドフォード」は先程までの撃ち合いによって第4主砲を失い、他の場所にも複数発被弾しているなど、損害を受けてはいたが、まだまだ十分に戦える状態であった。


「測的よし。方位盤よし!」


「第1、2、3、5主砲、射撃準備よし!」


「撃ち方始め!」


 俺たちは「ランドロフ」「ホーネット2」を守る盾なのだ。その役目を果たすためにも一刻でも早い主砲の命中を――そんなことを考えつつ、ウィルソンは命令を下した。一拍置いて「ラドフォード」の第1、2主砲がウィルソンの思いに答えるかのように咆哮した。


 発射の反動が相次ぐ被弾によって傷ついた「ラドフォード」を襲う。第4主砲から噴き出す黒煙が爆風によって吹き飛ばされ、「ラドフォード」の艦体が衝撃に耐えかねたかのように軋む。


 ウィルソンは3基の主砲から斉射を放っている敵駆逐艦2番艦を双眼鏡越しに見た。敵駆逐艦2番艦も艦の数カ所から黒煙を噴き出しており、機銃群が置かれていたと思われる場所からは火災が発生していた。しかし、3基の主砲は全て健在のようであり、戦闘力はほとんど失われていないようだった。


 そして、敵駆逐艦2番艦と撃ち合っていたフレッチャー級駆逐艦「ゲスト」は苦戦しているようであり、既に5基の主砲の内、3基が潰され、水面下にも打撃を受けてるのか速力も低下しているようだった。そこに「ラドフォード」が割り込む形となったのだ。


 敵駆逐艦2番艦の右舷手前の海面に水柱が奔騰した。残念ながら初弾命中という砲術の理想みたいなことは起こらなかったが、敵駆逐艦1番艦に第1射を放った時よりは敵艦に対して近距離に着弾したように感じた。


 敵駆逐艦2番艦の動きに変化はない。「ラドフォード」から直撃弾を受ける前に「ゲスト」に止めを刺そうと考えているのであろう。そして、「ラドフォード」が第2射を放った直後、動きが生じた。


「『ゲスト』沈黙! 戦闘不能の模様。速力も著しく低下しています!」


「敵駆逐艦2番艦射撃中止しました。次の目標選定中だと考えられます!」


「持たなかったか・・・」


 敵駆逐艦2番艦の主砲が沈黙している間に「ラドフォード」の第2射が弾着した。着弾した砲弾の1発は敵駆逐艦2番艦の右舷に着弾し、もう1発は左舷に着弾した。狭叉だ。


「次より斉射!」


 敵駆逐艦2番艦が「ラドフォード」に砲門を向ける前に「ラドフォード」は斉射に移行することに成功したのだ。このアドバンテージを活かしてこのまま畳みかけることができるとウィルソンは確信していたが、次の瞬間、予想外の事態が起きた。


 敵駆逐艦2番艦が左舷に回頭し始めたのだ。敵駆逐艦2番艦が既に損害多数を受け、戦場から離脱しようとしているということなら分かるのだが、敵駆逐艦2番艦は多少の損害を受けてはいるものの、まだ主砲火力を100%残している。ということは――――!


「魚雷か――!」


 ウィルソンは敵駆逐艦2番艦の目論見を見破った。大した損害を受けているわけではない敵駆逐艦2番艦が左舷に回頭する理由はそれしかなかった。敵駆逐艦2番艦の艦長はこの状態では不利だと判断し、魚雷の発射に踏み切ったのだろう。


「取り舵!」


 ウィルソンは鋭い声で航海長に叩きつけるように命令した。今の彼我の距離から考えて魚雷の到達まで1分程度しかないため、殆ど時間的な猶予は無かった。しかし、「ラドフォード」は駆逐艦としては大柄のフレッチャー級に属している艦のため、舵の利きが鈍い。


「急げ、急げ、急げ・・・」


 夜間で海面の視界が著しく悪いため、雷跡を確認することはできないが、ウィルソンは艦橋から身を乗り出して雷跡を確認せずにはいられなかった。マリアナ沖海戦でアイオワ級戦艦やサウスダゴタ級戦艦でさえも撃沈した日本軍の魚雷が命中したら、たかだか排水量2000トンくらいしかない駆逐艦など跡形も無く吹き飛んでしまうからだ。


「40ミリ連装機銃、20ミリ単装機銃は全基左舷海面に向かって機銃掃射をしろ!」


 ウィルソンは新しい命令を出した。40ミリ、20ミリの大型機銃弾で敵駆逐艦2番艦が発射した魚雷の弾頭を破壊しようという魂胆だ。魚雷の雷跡が確認できないため機銃弾が命中する確率は極めて低いが、自らの生死がかかったこの状況で手段を選んではいなかった。


 各機銃から射弾が飛び、「ラドフォード」の左舷海面が激しく泡立つ。多数の機銃弾が広域の海面を泡立たせる様子はやはり壮観なのだが、魚雷の弾頭に機銃弾が命中し、水柱が立ちのぼることはない。


「雷跡確認できません!」


 見張り員の絶叫が艦橋に飛び込んで来た直後、「ラドフォード」の艦首が右に振られた。「ラドフォード」は魚雷到着前に何とか転舵しようとしているのだ。


 しかし・・・


「ソナー室より艦橋。魚雷走行音近い!」


「・・・!!」


 ウィルソンが声にならない叫びを上げた直後、「ラドフォード」の艦体が2度突き上げられ、「ラドフォード」の針路は海面下へと強制変更されていた。




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