第101話 航空攻撃応酬

1945年6月5日


「敵戦艦の対空射撃著しく減衰。防巡1隻、駆逐艦3隻沈黙しました!」


 第2次攻撃隊の攻撃機各機に機上レシーバーを通して現在の状況が伝わってきた。日本軍各部隊から発進した第2次攻撃隊は第1次攻撃隊から遅れること1時間、米艦隊の1群――司令部呼称「A2」に対して攻撃を開始していた。


 第2次攻撃隊は敵艦隊手前40海里付近の地点からグラマンF6F「ヘルキャット」約100機による激しい迎撃に晒された。攻撃隊に随伴していた「疾風」や零戦33型の身を挺した奮戦によって、この時点での攻撃機の落伍は少ないものだった。

 

 しかし、敵艦隊まで残り20海里まで攻撃隊が接近した時に攻撃隊の面前に出現した追加のF6Fと初見参の敵新型機40機の猛攻に晒され多数の攻撃機が脱落してしまっていた。


 その後、主に母艦航空隊所属の「彗星」が敵艦隊の対空射撃の一部をを無力化し、雷撃機に活路を開くために敵の護衛艦に突撃を開始し、戦艦1隻、防巡1隻、駆逐艦3隻の撃沈破に成功していた。


「艦隊の右側ががら空きだな」


 第2次攻撃隊の中の「天河」隊の1小隊を率いている鷲津当夜大尉は海面を見ながら呟いた。母艦航空隊の攻撃によって撃沈破された5隻の敵艦はそのいずれもが輪形陣の右側を陣取っていた艦であり、それらの艦が一時に撃破された結果、輪形陣の右側に対空射撃の風穴が空いたのだ。


 鷲津は膝下3機の「天河」を敵艦隊の右側に誘導した。他の攻撃機も同じことを考えているのだろう。攻撃隊に随伴していた攻撃機のほとんどが輪形陣の右側から輪形陣の内部に突撃を開始した。


「指揮官機より全機へ。『彗星』『天山』は敵空母1番艦、『天河』隊は敵空母2番艦に攻撃を仕掛けよ」


 鷲津機の機上レシーバーに攻撃目標の割り振りが飛び込んできた。


「小物じゃねぇか」


 敵2番艦は敵1番艦の6割程度の全長しか持たない。おそらく小型空母であろう。

 

 鷲津は心の中で少しだけ落胆した。鷲津も他の攻撃機の搭乗員の例に漏れず大物を狙いたいと本能的に考えているため、攻撃目標がエセックス級の正規空母ではなく、インディペンデンス級の小型空母であることに不満を感じたのだ。


 輪形陣の中に侵入してくる攻撃機に対して健全な敵艦が凄まじいまでの対空射撃を浴びせる。特にエセックス級空母と3隻の防巡から放たれる高角砲弾の命中率の高さと4連装と思われる大型径口機銃の弾幕の厚みは異常であり、攻撃機は次々に撃墜されていった。


「『天山』数機、奥のエセックス級ではなく、手前の防巡に攻撃をかける模様!」


「『彗星』隊次々に被弾・落伍しています。残存6割!」


「『天河』隊、海面付近まで降下していっています」


 このような報告が次々に機上レシーバーに飛び込んでくる中、鷲津も「天河」の操縦桿を前に倒して、「天河」の機体を降下させた。海面付近まで降下し、鷲津機は輪形陣の内部へと侵入したが、輪形陣の内部に侵入した際に付近の敵艦から対空射撃を殆ど浴びせられることはなかった。


 先程の母艦航空隊の「彗星」による攻撃が大分効いているのだろう。


 輪形陣の内部に侵入した直後から敵の対空射撃が激しくなってきた。どうやら「彗星」に向かってくる射弾よりも「天山」「天河」に向けて飛んでくる射弾のほうが多いようだ。敵艦隊の司令官は艦爆から投下される500キログラム爆弾よりも艦攻・双発機から放たれる魚雷のほうが脅威になると判断したのだろう。


 鷲津機にも既に数発の機銃弾が命中し、機体が悲鳴をあげたかのようにギシギシいっている。今鷲津が乗っている機体が、機体防御にある程度は配慮されている天河ではなく、開戦時の主力を務めていた一式陸攻だったならば、とっくに撃墜されていたであろう。


 一足先に輪形陣の内部に侵入していた艦爆隊が敵空母1番艦に対して投弾を開始した。敵空母が転舵によって懸命の回避運動を行う中、500キログラム爆弾の着弾が始まり、海面に巨大な水柱が立て続けに伸び上がった。


「よしっ!!」


 鷲津は機内で喝采を叫んだ。敵空母に1発が命中し、甲板の角材と思われる物体が大量に噴き上がる様子が視界に入ってきたのだ。


 爆弾の命中はなおも続く。鷲津機から視認できただけでも更に2発の爆弾が敵空母1番艦に命中するのが確認できた。飛行甲板3カ所に大穴を開けられ、格納庫にも損害を被った様子の敵1番艦は艦の数カ所から盛大に黒煙を出していた。


 敵1番艦の水面下に魚雷を撃ち込むべく突撃してきた「天山」が黒煙を吹き飛ばす。


 敵艦の対空射撃を集中されたことによって多数が撃墜され、大いに数を打ち減らされてしまった「天山」隊だったが、敵空母1番艦に対して8機が投雷に成功し、その内2本が吸い込まれた。


 敵空母1番艦の右舷後部と左舷前部に1本ずつ、爆弾着弾時の水柱とは比べものにならない大きさの水柱が噴き上がった。敵空母の艦橋から水柱の頂は見えないのではないかというほどだ。


 敵1番艦の速度がみるみるうちに低下していった。魚雷2本の命中でエセックス級が沈没することはないが、敵1番艦が戦列外に去ったことは確定事項であり、今度は鷲津機を始めとする「天河」隊が敵2番艦に攻撃をかける時だった。

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