第96話 陸軍機繚乱

1945年6月5日


 台中・台北の飛行場から台南を助けるために発進した零戦部隊は空戦の戦場に到着しつつあり、戦闘に参加するタイミングを図っていた。


「到着した機体は中隊ごとに編隊を整えろ。まだ戦闘には参加するな」


 零戦32型甲で編成された救援部隊の中隊の1つを任されている、飯田悠人大尉が乗っている零戦の機上レシーバーに新しい指令が飛び込んできた。


「中隊指揮官機より膝下全機へ、別命あるまで現在の空域に待機」


 総指揮官機からの命令を中隊全機に伝えた飯田は、目線を機上レシーバーから機体前方で行われている乱戦場に移した。


「奥で戦っているのが『飛燕』で、今、突撃を開始したのが『鍾馗』だな」


 珊瑚海海戦やトラック沖海戦に参加し、陸軍機と共に戦ったことも何回かある飯田は即座に陸軍機の機体を識別した。


 約50機と思われる「鍾馗」が敵編隊に突撃を開始した。敵編隊は先程までの「飛燕」75機との空戦によって相当数のF6Fを失ってはいたが、肝心の攻撃機は手つかずであり、護衛のF6Fもまだ半数程度は健在だった。


 鍾馗が次々に機銃を発射し何十条もの火箭が敵編隊に殺到し、相当数が命中したと思われたが、鍾馗が搭載している機銃は威力の低い12.7ミリ機関砲のため、機体がよろめいても、墜落する機体は少数だった。


 逆に敵編隊のF6F・ヘルダイバーからの弾幕射撃によって鍾馗が1機、2機と被弾し台湾沖の海に消えていった。


「分が悪いな。助けに行かなくて大丈夫か?」


 飯田が空戦の様子を見て呟いた。それほどまでにこの戦いは鍾馗隊にとって部の悪い戦いに感じられたのだ。


 その時だった・・・


 敵編隊の頭上から新手の鍾馗が20機ほど出現したのだ。おそらく艦載機には上に向かって撃つことが出来る機銃がないということを最大限活かすために待機していた鍾馗がいたのだろう。


 頭上からの奇襲に対応することができなかった敵編隊に対してすかさず鍾馗が射撃を開始したが、少し様子がおかしかった。


 鍾馗から機銃弾が発射される様子はなく、その代わり白い白煙が噴き伸びてヘルダイバーに突き刺さったのだ。


「・・・?」


 その不思議な光景を零戦の風防越しに見た飯田は首を傾げたが、次の瞬間、衝撃的な光景が視界に飛び込んできた。


 その白煙が突き刺さったヘルダイバーがおそらく衝撃に耐えかねたのであろう、木っ端みじんになって砕け散ったのだ。


 鍾馗の装備は12.7ミリ機関砲4門。


 なので従来ではこのようなことは決して有り得ないのだが、その有り得ない事が今起こったのだ。


「噂の40ミリ奮進砲を積んでいるとかいう鍾馗か?」


 1943年のトラック沖海戦以降、陸海軍の基地航空隊は緊密な協力関係を保っており、搭乗員同士の交流も活発になっていた。その例に漏れず飯田もいろいろな搭乗員と日常的に会話を交わしていたので思い当たる節があったのだ。


 40ミリ奮進砲の餌食となったのはその1機だけではない。その近くを飛んでいたF6F1機、ヘルダイバー2機が同じく40ミリ奮進砲の強烈な一撃を喰らい、木っ端微塵に砕け散っていた。


 しかし、撃墜する事が出来た機体はその4機だけであり、40ミリ奮進砲を撃ち、急降下によって一時的に離脱しようとした鍾馗に健全なF6Fが食いついた。


 鍾馗は他の陸軍機の例に漏れず急降下時の制限速度が高めに設定されているが、40ミリ奮進砲2門を積んだせいで、従来よりも重量がかなり増してしまっていたためF6Fの追撃をかわすことができなかった。


 12.7ミリブローニング機銃をぶち込まれ、主翼と言わず、胴体と言わず、機体のあらゆるところを打ち抜かれた鍾馗が1機、2機と墜落していった。


 辛くも追撃をかわしきった鍾馗はすぐに次の一撃をぶち込むべく再度突撃をかけるのかと思いきや、すぐには突撃を開始しないで、付近の空域で滞空していた。


 40ミリ奮進砲の砲弾は搭乗員自らが1発ずつ手で砲に押し込めて装弾しなければならない仕様となっているため、次の一撃に移るまでにどうしても時間が掛かってしまうのだろう。


 鍾馗から追撃の砲弾が飛んでこないことを好機に感じたF6Fが逆に鍾馗に銃弾を浴びせて撃墜しようとするが、先程までF6Fとの戦闘に縛られていた「飛燕」隊が鍾馗の救援に駆けつけた。


 約2分後に砲弾の再装填を終えた鍾馗が再び敵編隊に対して突撃をかけ、今度は敵編隊が飛燕の攻撃によって乱れていたためか、さっきよりも多くの敵機が40ミリ奮進砲の餌食となった。


「零戦隊突撃せよ!!」


 このタイミングで飯田の上官に当たる零戦隊の総指揮官は突撃命令を出した。


 鍾馗よ飛燕の活躍によって敵編隊が大いに乱れている今のタイミングを好機と捉えたのだろう。


 飯田達が搭乗している零戦は最新型の33型ではなく、トラック沖海戦頃に主力を張っていた32型甲だが、陸軍機の奮戦によって多数のF6Fがヘルダイバーから引き離された今ならば存分に力を発揮する事ができる。


 零戦が次々に突撃し、F6Fの護衛が薄くなったヘルダイバーに対して代わる代わる20ミリ弾を浴びせた。


 多数の零戦に袋だたきされる形になってしまったヘルダイバーはその数を大きく打ち減らし、攻撃目標の台南の飛行場に投弾できた機数は僅かだった。



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