第82話 燃ゆる島

1944年12月26日



 25日の日中に行われた米空母11隻からの航空攻撃を凌ぎ、夜間に行われた敵水上砲戦部隊をも辛うじて撃退することに成功したマリアナ諸島の基地航空隊だったが、その持てる戦力は激減していまっていた。


 昨日の空戦開始時点で戦闘機隊は約700機の稼働機を有していたが、今はそれが約450機程度まで打ち減らされてしまっており、夜間攻撃に参加した海軍の「天河」隊も攻撃自体には成功したものの、約7割の機体を失った。


 それに対して、米空母11隻は援護部隊の護衛空母15隻から機体と搭乗員の補充を受け取っており、艦載機の編成がほぼフル編成まで回復していた。


 この状態で2日目の戦いが始まったのだ。


「やっと航空戦に参加できるな。俺たちも」


 第1機動艦隊旗艦「大鳳」の艦橋で司令長官の山口多聞中将が発進する航空機を見つめていた。


第1機動艦隊

司令長官 山口多聞中将

参謀長  草鹿龍之介少将


第1航空戦隊「大鳳」「赤城」「瑞鶴」

第2航空戦隊「飛龍」「祥龍」「瑞龍」

第3航空戦隊「天城」「葛城」

第4航空戦隊「千歳」「千代田」

戦艦7隻、巡洋艦17隻、駆逐艦44隻


 今年の6月から9月にかけて戦時量産型空母の祥龍型が次々に竣工し、マリアナ沖海戦で「隼鷹」「飛鷹」「龍驤」の3隻の空母を失った1機艦は、その艦隊編成を大幅に変更した。


 空母10隻で総搭載機数は554機とマリアナ沖海戦の時と変わらないが、艦載機の編成に関しては4ヶ月前と大きく異なっていた。


 艦攻隊が廃止され、艦爆隊も大幅に縮小されたのだ。


 この処置はマリアナ沖海戦後に提唱された


「開戦の時よりも艦艇が著しく増強され、対空砲火が熾烈になった米艦隊に、艦爆・艦攻が突っ込んでいくというのは、もはや自殺行為と言わざるを得ない。ならば、攻撃隊を縮小し、その代わり戦闘機隊を著しく増強させ機動部隊の防御力を高めるべきだ」


という意見に則ったものだ。


 現に空母10隻(「千歳」「千代田」は直衛専任艦)の飛行甲板上で待機している航空機は全て零戦33型で固められており、「彗星」「天山」の姿は無かった。


 既に1機艦は敵部隊の索敵機にその所在を突き止められてしまっており、敵空母からの先制攻撃を受けることが確定しているような状況であった。


 やがて、1機艦所属の空母10隻の内、8隻の空母が風上へ突進を開始し、飛行甲板上で待機していた零戦が次々に発進し、零戦隊の発進が完了した約40分後に敵空母からの第1次攻撃隊が1機艦を視界に捉えた。


 敵部隊の攻撃隊は220機程度であり、迎撃隊の零戦の総数を上回ってはいたが、敵部隊220機の内、F6Fはせいぜい100機程度であり、航空戦は日本側の圧倒的優位の内に進んだ。


 1機艦の輪形陣に侵入するまでに米第1次攻撃隊は120機もの機体を撃墜または離脱させられてしまい、僅かに残ったヘルダイバーが1機艦の各空母の飛行甲板を破壊すべく急降下爆撃を仕掛けた。


 しかし、数が少なかったことと、1機艦に所属していた防空艦各艦の奮戦によって全て無効に終わった。


 約2時間後、米空母から発進した第2次攻撃隊210機が1機艦に殺到したが、この攻撃隊も多数の零戦の妨害によって第1次攻撃隊と同じ運命を辿った。


 その後、2回に渡る攻撃隊がことごとく無効に終わってしまった米艦隊司令部はそのことを不審に思い、攻撃対象を1機艦からサイパン・テニアンの基地航空隊に切り替えた。


 今度は基地航空隊が敵艦隊の猛攻の矢面に立たされることになったのだ。



「戦力比1対2か。まあまあだな」


 サイパン島に展開している第26航空戦隊の零戦隊の小隊長を務める岩崎蒼大尉は、機内で彼我の戦力を比べていた。


「いくぞ、第6小隊!!」


 岩崎がエンジンをフル・スロットルに開き、鼓動が加速した零戦が敵編隊へと突っ込んでいった。


 ずんぐりむっくりした機体が岩崎の視界に迫ってきた。


 F6F、米海軍の主力戦闘機であろう。


 零戦隊の突撃に気づいたF6Fが慌てたように動き出したが、その動きは明らかに遅れてしまっていた。


 F6Fが機動を開始した直後には岩崎機は機銃を放っていた。


 幾多の米軍機を葬り去ってきた高威力機銃の20ミリ弾がF6Fの機体に多数突き刺さり、F6Fが力尽きたかのように墜落していった。


 岩崎機の背後に控えていた零戦も次々に機銃を発射し、更に1機のF6Fを絡め取った。


 このように初撃こそ零戦隊はF6F隊に一撃をいれることに成功したが、その後F6F隊は態勢を立て直し反撃に転じた。


 攻撃隊に随伴するF6Fの機数は100機程であり、迎撃隊の機数とほぼ同数だったため零戦隊は思うように艦爆隊に手を出すことが出来なかった。


 F6Fが零戦を相手取っている間にヘルダイバーはサイパン島に2カ所存在している飛行場目がけて急降下爆撃を仕掛けていった。


 各飛行場に申し訳程度に配備されている対空機銃座が敵機を1機でも撃墜すべく懸命の射撃を開始するが、高速で飛行しているヘルダイバーに対して何ほどの脅威にもなり得なかった。


 ヘルダイバーが次々に投弾し、5分後、サイパン島に2カ所存在していた飛行場は完全破壊されたのだった。





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