第81話 「天河」飛翔

1944年12月25日



 米戦艦・重巡からの艦砲射撃によってグアム島の飛行場・付帯設備が蹂躙されつつあった頃、サイパン・テニアンの海軍基地から期待の新鋭機が飛び立とうとしていた。


「さあ、いくぞ」


 「天河」隊112機の司令官を務める荒屋耕作中佐は機内で出撃前の最後の確認をしている最中であった。


 荒屋耕作は陸軍の第8飛行士団膝下の襲撃機「雷雲」部隊司令官、荒屋俊作少佐の兄に当たる間柄であり、トラック沖海戦で敵輸送船部隊を夜間攻撃して大戦果を挙げた弟の姿を見て闘志を滾らせていた。


 8月に行われたマリアナ沖海戦は戦闘が機動部隊同士の戦いで終始したため、耕作率いる「天河」隊に出番が訪れることはなかったが、今日この日遂に初陣を迎えることとなったのだ。


 荒屋が乗っている「天河」1番機の輪留めが取り払われ、荒屋機が加速し始めた。


 「天河」に搭載されている2機のエンジンが力強い鼓動を開始した。


 その勢いのまま滑走路の半分ほどを残して離陸するかと思われたが、「天河」はその腹に航空魚雷1本を搭載していて、全体重量が著しく増加しているため滑走路ギリギリまで離陸することはない。


 荒屋機が離陸し、上昇を開始したころには、後続の2番機、3番機も離陸を開始していた。


――20分後、全「天河」が離陸を無事に完了し、隊列を組んで進撃を開始し、荒屋は膝下全機に向けて攻撃目標の指示を出した。


「グアム島地上観測所からの報告によると、敵部隊の戦力は戦艦6、重巡4、駆逐艦10以上で、内、戦艦1隻は我が軍の潜水艦によって手傷を負わされているそうだ。よって部隊を5つに分け、手負いの戦艦以外の5隻の戦艦を目標とする」


 「天河」隊の使命は敵戦艦や重巡を確実に撃沈する事ではなく、なるべく多くの敵艦に損害を与えて敵部隊の艦砲射撃を阻止する事なので荒屋はこのような指示を膝下全機に出したのだ。


(まぁ、俺も敵戦艦を撃沈したいという気持ちはあるがな)


 荒屋も心の中ではこのような誘惑に駆られていたが、「天河」隊の司令官としての責務が存在するため、そのような誘惑は封じ込めた。


 荒屋の指示に従って部隊が5つに分かれた。


 1部隊20機程度の編隊なので、単純計算したら敵戦艦1隻当たり1~2本の魚雷命中は期待できる計算だ。米軍の新鋭戦艦は防御力が非常に高いということが実戦部隊にも伝わってきており、魚雷1~2本命中では少々心許ないが今は出来ることをやるだけだ・・・



 40分ほど南に飛んだところで目標の敵戦艦部隊が見えてきた。報告通り明らかに巨大な艦が6隻、その周りを固めるように4隻のそこそこ大きい艦が航行していた。


「どれだよ、被雷している戦艦は!!」


 荒屋は少々困惑していた。グアム島からの報告びよると確かに敵戦艦1隻が既に被雷して手負いの状態になっているはずなのだが、それが分からなかったのだ。


 しかし、既に部隊を5つに分けて進撃してしまっているので、ここから部隊を6つに分けようと思うと部隊全体に混乱が生じてしまうため、陣形変更は出来なかった。


「仕方ない、敵戦艦1番艦から5番艦に各機突撃せよ!!」


 荒屋は仕方ないと言わんばかりに見切り発車的に突撃命令を出した。


 100機以上の「天河」が次々に加速し、荒屋機も魚雷をぶち込むため低空におり始めた。


 突撃を開始してから約5秒後に敵部隊からの対空射撃が始まった。


 真っ先に外周を航行していた敵駆逐艦が高角砲を発射した。


 「天河」隊の周辺に次々に小爆発が起こり、「天河」が揺さぶられた。


 荒屋機の機内に鈍い音が断続的に響き、バックミラーが一瞬赤く光った。荒屋機の後ろを飛んでいた「天河」が1機乃至2機被弾して墜落してしまったのだろう。


 更に2機が落とされたところで荒屋機は敵駆逐艦の横を通過した。


「おらぁ!!」


 荒屋が行き掛けの駄賃と言わんばかりに機銃の発射レバーを押した。「天河」に搭載されている20ミリ機銃2丁、12・7ミリ機銃2丁、合計4丁の機銃が同時に火を噴き、敵駆逐艦に殺到した。


 敵駆逐艦の艦上が一瞬光り、乗員数名が仰け反るような姿が確認できた。荒屋機の機銃掃射は僅かとはいえど、敵駆逐艦に損害を与えることに成功したのだ。


 敵戦艦の巨大な艦影が見えてきた。前部に2基、後部に1基の巨大な主砲を擁していることが分かる。報告にあった敵新鋭戦艦で間違いないだろう。


 敵戦艦・重巡も順次対空射撃を開始した。敵戦艦も重巡も対空専門の艦では無いのにも関わらず、日本の防巡に匹敵するほどの火箭を放ってきた。


 さらに4機の「天河」が落伍し、残存機は約6割となってしまった。


 敵戦艦は高角砲・機銃だけではなく、主砲まで動員して「天河」を阻止しようと試みたが、敵戦艦が主砲の第2斉射を放った頃には荒屋機は必中距離まで縮めていた。


「3、2、1、てっ!!」


 荒屋機は魚雷を発射し、機体が軽くなった。


 荒屋機の後ろに控えていた後続の「天河」も次々に魚雷を投下し、最終的に11機の「天河」が魚雷を投下する事に成功した。


 敵戦艦の水面下では魚雷が炸裂し始めていた。


 艦首付近に1本、艦尾付近に1本、合計2本だ。


 敵戦艦が大きくよろめき、速度が急激に低下していった。


 敵1番艦が魚雷命中の衝撃によって苦悶していた頃、「天河」隊に狙われた他の4隻の戦艦も水面下を魚雷で抉られて、のたうち回っていた。


 荒屋機を始めとする「天河」隊112機は多数の犠牲を出したものの、敵戦艦5隻の無力化に成功したのだった。


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