第64話 中部太平洋の要衝⑤

1944年2月


 空母機動部隊を中核とする第1機動艦隊の創設に伴って、第1機動艦隊の膝下部隊に防空任務を専門とする第1防空戦隊、第2防空戦隊が新設された。


 この2部隊には青葉型重巡を改装し、新たに防空巡洋艦に仕立て上げた艦と、新型軽巡の阿賀野型2隻が配属されており、来るべき決戦では空母の盾となり、献身的な働きをする事が求められていた。


 現在、この両部隊は日本本土ではなく、良質な燃料が豊富に産出される東南アジアのスマトラ島パレンバン付近に展開し、日々訓練に励んでいた。


「どうだ、新型高角砲の性能は?」


 第1、2防空戦隊司令長官の福永拓也少将が参謀の梅屋良介中佐と、防空巡洋艦「青葉」艦長美馬有樹大佐に聞いた。


「ここスマトラ島に展開している海軍の基地航空隊の所属機に協力して貰って、防空隊各艦の対空射撃能力の向上に日々取り組んではいますが、青葉型はともかくとして、竣工したばかりの阿賀野型2隻はまだ艦に乗員が慣れていないなどの理由から練度はまだイマイチです」


「この『青葉』の艦長を1年以上務めていた者の立場からすると、改装時にこの艦に搭載された新型高角砲の諸元の取り扱いが難しく、これまで主砲を担当していたベテランの砲員でも習熟に苦戦していると感じます。更に加えて申し上げると、高角砲群と機銃群の対空射撃時の適切な連動射撃訓練も、これまで経験したことが無かったためかなり苦戦しているとの報告が本艦の砲術長から挙げられています」


 福永の質問に対して2人の将官が私見を述べた。2人の立場は異なるため、目の付け所も各々違ったが、この部隊の訓練状況が非常に危機的な事は、2人からの報告を聞いた福永にも十分に伝わった。


「そういえば、梅屋中佐はこの戦隊に着任する前に軍令部で対空射撃の研究を行っていたな。その研究結果はこの戦隊の訓練課程で生かす事ができるか?」


 福永は梅屋に聞いた。対空射撃のプロフェッショナルと言っても過言ではない梅屋なら現状を打開する方法を容易く思いつく事が出来るのではないかと福永は期待したのだ。


「本官はこの部隊に配属されてからまだ1ヶ月程度しか経っておらず、これまでは諸々の事務作業に時間を取られていましたが、これからの期間は、本官はこの部隊に配属されている他の将兵と協力して、対空射撃能力の向上に勤しみたいと思っています」


 梅屋が任せてください、と言わんばかりに福永と美馬を見つめながら言った。


「梅屋中佐から見て、『青葉』の対空射撃能力が中々向上しない理由は何だと考える?」


 今度は「青葉」艦長の美馬が梅屋に対して質問を投げかけた。


「先程美馬大佐がおっしゃられたように、『青葉』の砲員がまだ新型高角砲の扱いに慣れていない事が理由の一つとしてあげられますが、本官は対空射撃時の艦内の意思疎通不足が一番の障害になっているように感じます(かなり広義の意味)」


「本官も気を引き締めなければなりませんな」


 「艦内の意思疎通不足」と言われた美馬が自分の責任だと感じたのだろう、このような発言をした。


「先程本官は『艦内の意思疎通不足』が一番の原因と言いましたが、まず各砲員の対空射撃能力の向上が無いことには何も事が進まないので、しばらくの間は砲員の練度上昇を重点においた方が良いと考えます」


 梅屋が美馬に対して訓練の優先順位に関するアドバイスをした。


 この会話だけでも、梅屋が対空射撃に関してとても深い知見を持っているという事を、十分に感じとることが出来た。


「防空部隊の長としては来るべき決戦前にこの部隊の練度が十分な域に達することを祈るのみだな。勿論司令官としてやれるだけの事はするが」


 そういった福永が「青葉」の艦橋の窓から顔を覗かせると、「青葉」の砲術員、機銃員が汗だくになりながら対空砲火の練習にいしそしんでいるところだった。


 遙か上空を通過していく海軍の単発機に向かって次々に模擬弾が発射される。その全てが単発機付近で爆発判定が出れば、防空部隊の司令官として全く言うことは無いのだが、ほとんどの模擬弾は単発機より遙かに下で、爆発判定が出てしまっている。


 どうやら「青葉」の機銃員は機体の大きさ=高度と勘違いしており、模擬弾の爆発高度をかなり低めに設定してしまっているのだろう。


 梅屋中佐が言ったようにまず各砲術員の練度を上げなければ何も話が進まないという事を示すような光景であった。


 「青葉」だけでは無く、他の第1防空戦隊の僚艦も同じような状況だった。


 ヴォオオオー


 福永が戦隊の防空能力の向上に関して頭の中で考えを巡らしていると、不意に空襲警報が鳴り響いた。ここら辺の地区に米軍機が空襲にやってきたことは無かったため(だから防空戦隊はこの場所で訓練に勤しんでいた)、付近はたちまち騒然とし始めた。


「本艦の対空レーダー反応しました。敵の機種はB17乃至B24、機数は4機、攻撃任務では無く、偵察任務のためにやってきた機体だと推察されます!」


 すぐさまレーダー室から報告が上げられた。ここら辺の動きは大分、慣熟度が高まってきているようだった。


「敵重爆高度7000、対空射撃開始せよ!」


 「青葉」の砲術長が号令し、「青葉」が改装後初の敵機を相手にした射撃を開始した。防空戦隊の他の艦も「青葉」の後に続き射撃を開始した。


 敵重爆の近くで爆発が断続的に起こり、空が黒く塗りつぶされた。


 1機の敵重爆に10センチ砲弾が命中し、その機体が吹き飛び、もう1機も片翼をもぎ取られて墜落していった。


 残りの敵2機は焦ったかのように遁走し、付近には静寂が戻りつつあった。


 日本海軍の防空戦隊はスマトラ島パレンバンで初戦果を挙げたのだった。




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