第59話 ラバウル炎上

1944年1月上旬


 ラバウル東海岸の米軍泊地は空前の大混乱に陥っていた。


 「輸送船団護衛部隊敗北」の一報が米軍の各部隊に飛び込んで来たのは5分前の事だった。


 10隻存在していた軽巡、駆逐艦からなる戦闘部隊は突如現れた日本艦隊に上手く対応する事が出来ず、実に4隻もの艦艇が撃沈されてしまった。(そもそも米艦隊は半数の5隻しか戦闘に参加する事が出来ていなかったので米側は出撃艦艇の8割を失ってしまった計算となる)


 もはや日本艦隊が米軍泊地に怒濤の勢いで突撃してくることはほぼ確定事項となっていた。


「我が部隊を助けてくれる部隊はいないのか!!」


 トラックへ向かうはずだった輸送船団を率いているオリバー中佐は輸送船「ラオス」の狭く薄暗い艦橋で一人力ない声で叫んだ。


 オリバー中佐は後方部隊の自分達がまさか敵艦に直接攻撃されることになろうとはハワイを出撃したときから1回も考えたことが無く、この時点で頭がパニックを引き起こしてしまっていた。


「ラオス」の艦橋や船倉の中も大混乱に陥っており、オリバーの悲痛な叫びに答えてくれる将兵は残念ながら一人も居なかった。


「見張り員より輸送船団司令官、港の出入り口に敵艦隊が出現した模様、本艦も視認しました、数は軽巡2、駆逐艦8の模様」


(軽巡2隻、駆逐艦8隻っていったらこの輸送船団に向けて軽く見積もっても100本以上の魚雷が突っ込んでくる計算じゃねーか、3本当たればヨークタウンを撃沈するような代物が1発でも輸送船に命中してしまったら、それこそ一瞬で撃沈されてしまうぞ・・・)


 見張り員の悲しすぎる報告を聞いたオリバーは心の中で思いっきり毒づいた。


 しかし、いくらオリバーの頭がこの状況に対してパニックを引き起こしているとはいえ、オリバーには仮にも輸送船団を率いている者としての責務がまだ残っていた。


「大至急、陸軍の司令官殿に現在の状況を報告し、陸軍部隊の司令部は輸送船から退艦してもらうようにしろ!」


「それと、敵艦隊が攻撃を開始する前に回避運動を取ることが出来る輸送船が存在していたら、他の輸送船にかまうことなく回避運動を行え、本官が許可する!!」


 取りあえずオリバーが指示を出し、その指示を全輸送船に伝えるべく艦橋から2、3人の将兵が飛び出していった。


「それから・・・」


 オリバーが追加の指示を出そうとしたが見張り員からの報告に遮られた。


「見張り員より輸送船団司令官! 敵艦隊全艦泊地の中に侵入、現在1番艦から順次取り舵を切っている模様!」


「続報! 湾内に停泊していた輸送船2隻が衝突事故を起こしてしまった模様、既に1隻が沈み、残る1隻も大破し大損害を被っています!」


 刻々と変わる戦場の変化を伝えてくる見張り員の声はもはや絶叫と化してしまっており、時間が経つにつれて輸送船団の将兵にも次々に不安や焦りといったマイナスの感情が伝播しているのだろう、報告に上がっているような衝突事故も起きてしまった。


「敵艦隊の動きが全体的にこちらの予想よりも早い、この状況で司令官として他に出来ることは何も無い、後は神に祈るのみだ・・・」


 オリバーはもはや司令官としての責務を完全になげうったかのような発言をしたが、客観的に見てもこの時点で更にオリバーが出来ることは残酷な事に何一つ無かった。


「敵艦隊の動きに変化有り、敵艦隊魚雷発射した模様! 雷跡は確認出来ず!」


「司令官のオリバーだ、敵の魚雷は約2分後に我が輸送船団に到着すると思われる、全艦その時に備えて衝撃に備えよ」


 オリバーが艦隊無線を通じて輸送船全艦に指示を出した。この時ほどオリバーが命の危険を感じた瞬間は無かった・・・


~2分後~


 悲劇は唐突にやって来た。


 輸送船団の一番外側に停泊していた輸送船2隻の水面下から突如1本ずつ巨大な水柱が立ち上った。


 敵艦隊が放った魚雷が柔らかい輸送船の船腹を容赦なく食い破ったのだ。


 天高く噴き伸びた水柱は、次の瞬間火柱に変わり輸送船を大炎が包み始めた。


 その火災は2隻の輸送船を燃やしただけでは満足せず、貪欲にその更に隣にいた輸送船をも巻き込んだ。辺り一帯は地獄絵図となってしまっており、その光景を「ラオス」の艦橋から見ていたオリバーも口をぽっかりと開けて呆然と立ち尽くしてしまっていた。


 そして、輸送船の延焼が拡大している間にも容赦なく日本海軍が放った魚雷は次々に輸送船に突き刺さっていった。


 2本の魚雷がいちどきに命中してしまい、約1分で右舷に横転してしまう輸送船、魚雷の命中によって艦の命とも言うべき竜骨が破損してしまい、いびつな形に変形してしまう輸送船、沈没を辛うじて避けることが出来たものの魚雷命中時の衝撃によって輸送船の船倉にしまっていた物資が全て破損してしまった輸送船など被害が続出した。


 最終的に被雷した輸送船は16隻を数えた。


 被雷した輸送船16隻の内8割に当たる13隻は沈没しつつあり、沈没を辛うじて避けることに成功した残りの3隻も悲惨な状況下に叩き落とされた事は言うまでも無かった。


 連続する輸送船の被雷が止んだタイミングで米軍将兵は安堵したが、その将兵の顔が再び真っ青になるまでに対した時を必要としなかった。


 日本軍の魚雷攻撃の第2波が殺到してきたのだ。




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