第14話 トラック戦雲①
1943年5月 トラック環礁
「ミッドウェー海戦から約1年、直近のラバウル沖海戦から半年、そろそろ米機動部隊が再び動き出してもおかしくない頃だな」とトラック環礁に展開する第11航空艦隊(11航艦)司令長官の草鹿仁一中将が言った。
「米機動部隊が次に来るとしたらやはりこのトラックですか。」と11航艦参謀長の酒巻宗孝少将が口を開いた。
「だろうな、現在の状況で敵がこのトラック環礁をとばして、マリアナ諸島やパラオなどの他の地域を攻略するとは考えにくい」
1942年の10月に生起したラバウル沖海戦の結果、米軍のラバウル上陸は阻止されたが、1943年の3月中旬に米軍は再び輸送船団をラバウルに送り込み、2度目にしてラバウルの上陸に成功したのだ。
このとき、第3艦隊は戦力温存を重視していたため動くことが出来ず、ハワイ~ラバウル間に展開していた海軍の伊号潜水艦も輸送船3隻撃沈、1隻撃破と僅かな戦果しか上げれなかった。
そのため、米軍のラバウル上陸を許してしまったのだ。
ラバウル上陸の僅か3週間後には、米軍が整備した滑走路が稼働状態となりF4Fや、B17、B24といった4発重爆も展開を開始した。
そして、B17、B24がトラック環礁に空襲を開始したのがつい1週間前のことだ。
「これから厳しい戦いになるな」と草鹿が沈痛な表情になった。
指揮官が部下の前で沈痛な表情をすることは、軍全体の士気を下げることに直結するため御法度だが、つい草鹿は弱音を漏らしてしまったのだ。
「しかし、今年に入ってからの内地からトラック環礁への度重なる増援によってトラック環礁の海軍基地航空艦隊は著しく強化されています。」と酒巻が声を励ました。
1943年に入り、内地からトラックに新たに2個戦隊の補充がなされ、トラック環礁に展開する航空戦隊は現在、全部で5個戦隊となっている。
定数一杯ならば、零戦350機、1式陸攻200機の1大戦力となる。
米軍のトラック空襲によって多少損耗しているが、まだ零戦300機以上が健在だ。
「さらに、新型の電探の配備も進み、トラック環礁には現在7カ所に電探が設置されています。その他に偵察中隊も存在しているので索敵に関しても備えは十全です」
と酒巻が付け加えた。
「あと、私たちの存在も忘れないでいただきたい」と陸軍第8飛行師団連絡参謀の山内達也少佐が口を挟んだ。
現在、このトラック環礁には海軍航空艦隊の他に陸軍の飛行師団が展開しており、その装備機数は約200機だ。(装備機種は鍾馗、隼2型)
当初、陸軍は陸軍機は海軍機とは違って洋上航法が出来ない出来ないという理由で陸軍機のトラック環礁進出に難色を示していた。
だが、軍令部に説得されたことと、海軍にいろいろと借りがある(第2話参照)という2つの理由から陸軍機のトラック進出が実現したのだ。
「陸海軍の全戦闘機に数を合計したら500機以上か」
「さらにここから第3艦隊の保有機数も計算に入れることが出来るので、米艦隊が押し寄せてきたとしても、かなり良い戦いができますよ」
酒巻が草鹿の現状把握を補足した。
「さらに、海軍さんにはこれまで言ってませんでしたが、陸軍には秘密兵器があります。」と山内が悪戯を思いついた児童のような顔になった。
「秘密兵器? 詳しい説明お願いできますか?」
「詳しく説明すると話が長くなってしまうので、簡潔に話すと、敵艦船攻撃用の襲撃部隊です。海軍さんの協力もあって今回の作戦に間に合わせることができました。司令部に代わってお礼申し上げます。」
不意に酒巻が狐に狐につままれたような表情になった。
陸軍士官が海軍士官に頭を下げるなど、去年までの陸海軍の関係性を考えればありえなかった。
この時、酒巻は陸海軍の関係性が少しずつではあるが、良い方向に変わってきているという事を肌で感じ取った。
草鹿が質問を続けた。
「その襲撃部隊というのは、具体的にどのような艦種への攻撃を想定しているのですか?」
「航空攻撃応酬をしているときの敵空母への攻撃はさすがに難しいので、艦隊決戦中の敵戦艦への攻撃を想定しています」
(日本海軍が「武蔵」を最後に戦艦の建造を中止したが、米軍はこの大戦中も多数の新型戦艦を竣工させ、その内数隻は既に戦線に投入されている。この現状を鑑みれば、この部隊は大いに役に立つ可能性があるな)と草鹿は心の中で思った。
「その襲撃部隊の現在の保有機数は何機ですか?」と酒巻も山内に質問をした。
「現在の襲撃部隊の保有機数は80機で、別途予備機が10機程度存在しています」
「次期作戦では、陸海軍の基地航空隊と海軍の機動部隊が総力を挙げてトラック環礁を死守するために戦うのですか。今から血が騒ぎますな」と酒巻が言った。
「加藤閣下(第8飛行師団司令長官加藤宗重)も同様の事をおっしゃっていました」
草鹿が山内に言った。
「加藤中将にお伝えください。『海軍も全力で戦う所存です』と」
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