最終話 明日はきっと晴れ!

 山崩やまくずれはひどいもので、辺り一面がぐちゃぐちゃだったが、奇跡的に土石流を間逃れた丘があった。

 あたしと藍奈は、大の字になって、そこに寝そべっていた。


 服はびしょ濡れで茶色ちゃいろ

 一張羅いっちょうら台無だいなしだ。


 足下では増水した川が、轟々ごうごううなりをあげながら流れている。

 ときに岩や倒木とうぼくが混じり、恐ろしい勢いなのは雨が上がったいまも変わらなかった。


 そうだ――雨は、んだのだ。


 どこまでも晴れわたる空。

 台風一過とは違うのだろうが。

 突き抜けるような青空が広がり、相変わらずその中心に伽藍堂がらんどう陣取じんどっている。


「……あれ? 幻揶げんやさんは……?」

「刀を持ってとんずらしましたよ。あれはそういう人間です」

「……なるほど」


 あたしたちを助けたのはで、殺竜丸せつりゅうまる断片だんぺんを手に入れるのが目的だったわけか。

 抜け目ないなぁ。


「そっちの……春原すのはら櫟木いちぎのほうはどうですか。ちょっと記憶があやふやなのですが……」

「あー。あねさんは、人手がいるからって、連絡がつくところに行っちゃった」

「……今後、この地は春原組が管理していくことになるのでしょうか」

「たぶんね……」


 切れ切れの会話は、お互いが極限まで疲弊ひへいしているあかしだった。

 それはそうだろう。

 滝壺が埋まり、山がいくつも消えるほど――地形が変わるほどの大雨だったのだから、せいこんてて当然だ。

 それでも、命を拾えたのは。


蒼次郞そうじろうさんと、辰美たつみさん、どうなったのかなぁ」

「……私には、解りません」

「藍奈にも解らないことがあるんだ」

「人間はみな、解らないことだらけですよ」


 一理ある。

 あたしも、なにもかも解らないままだ。


「あー」


 言葉にもなっていない声を吐き出して、完全に脱力だつりょくする。

 見上げた空を、一匹の鳥が飛んでいく。


 まるで悪夢のようでいて。


 しかし、これは夢じゃない。


 全部、現実なんだ。

 だから、なにもかも、些事さじなんかじゃない。

 蒼次郞さんたちの生き様は、忘れないし、忘れられない。


「……なんにしても、生き延びられてきですよ、ニッカポッカ」

「藍奈、さ」

「なんですか、あらたまって」


 この仕事をやる前。

 あたしに、質問したじゃない?


「どうして、心霊バイトをやるのかって。なんで、ここまでして借金を返済したいのかって」

「…………」


 考えた。

 いろいろあったから、たくさん考えた。

 考えて、考えて、考え抜いて。

 答えは――


「わかんない」

「……そんなことだろうと思いましたよ。だって、お人好ひとよしのおまえは、いつだって――」


 彼女はそこで、言葉を切る。

 そうしてむすっと、押し黙る。

 あたしには、なぜだか続きが解った。


 〝やりたいこと〟と〝やるべきこと〟が重なるとき、ひとは世界の中心に立つ。

 あたしはまだ、やるべきことをやっているだけに過ぎなくて。


「……探してみてもいいかもしれませんね、おまえのやりたいことを」

「――うん」


 彼女の言葉に、あたしは頷く。

 そうして、指一本動かすことすら億劫おっくうな身体で、すこしだけ手を伸ばした。

 一歩踏み出すほどの力は残っていないけれど。

 それだけで、相棒の手に触れることは出来た。


 触れあった指先は、たがいにかすかにあたたかく。

 やがて、ゆっくりとからった。


「あたし、はたらくよ。答えが見つかるまで、心霊バイト、続けてみる」

「それは、いつまでですか?」

「今日も、明日も、明後日も。いつまでだってだよ」

「まったくおまえは……そんなだから、洟垂はなたれなのです」


 彼女はそう皮肉ひにくって。

 あたしは唇をとがらせて。


 それからふたりして、せきを切ったように笑った。

 笑い合った。


 あたしたちの笑い声は、どこまでもどこまでも。

 澄みわたる青空へと、のぼっていったのだった。

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