最終章 宗教団体の臨時メンバーになって、雨乞い祈願

第一話 絶対に雨が降る雨乞いの儀式

「たいへん割のいい仕事を見つけました」


 散々さんざんだった隠し湯バイトを終えたあたしは。

 その後も、だらだらと心霊バイトを、やめるでもなく続けるでもなくこなしていた。


 これが、よほど看過かんかしがたかったらしく、藍奈は再び、一枚の求人票を叩きつけてきた。

 喫茶〝人間椅子〟でのことである。


 あたしは砂糖とミルクをギリギリまで詰め込んだ、ドロドロのコーヒーを口にしながら、そのプリントへと視線を落とす。



 急募きゅうぼ

 当団体に参加して、雨乞あまごいに従事じゅうじするかた

 仕事内容 雨を降らせること(こちらで丁寧に指導します)

 報酬 三千万(雨が降ったら)


「三千万!?」


 おもわず、コーヒーを噴き出しかけた。


「え? 三千万って、何千万?」

「三千万でしょうよ」

「藍奈! 三千万って三千万だよ!?」

「そう言っていますが」


 やかましそうに顔をそむけた彼女は。

 しかし、どこか神妙しんみょう面持おももちをこちらに向けて、問うた。


「この額なら、おまえは仕事を受けますか? そもそも、おまえはどうしてそこまでして、借金を返したいのです?」

「――――」


 あたしは即答できなかった。

 なぜならそれは、どうして生きているのかと、同義の問いかけであり。

 金のためならば、自分の命も、他人の命も見捨てられるのかという、詰問きつもんの類いであったからだ。


 あたしは。

 あたしは――


ああああそれはとてもよい仕事だそれはとてもよい仕事だぜひとも受けることをオススメするがねぜひとも受けることをオススメするがね


 唐突に現れた闇黒が。

 心霊バイトのマスターが。

 ずいぶんとたのしげに、背中を押す。


なぜならなぜなら本当に雨を降らせるだけの仕事本当に雨を降らせるだけの仕事なのだからなのだから



§§



 宗教法人〝雨の恵み〟は、おもに隣県を拠点きょてんとして活動する団体だ。

 その教義、というか活動内容は簡潔かんけつで、「雨を降らせること」に終始しゅうししている。


 海水面上昇によって、国土が減少したこの国では、すべからく飲料水が不足する傾向にある。

 水道管は腐食するし、ダムや溜め池も海水が染み入る。

 そうして都市部が山岳部さんがくぶから貯水池を買い取った結果、山の生活も難しくなっているという悪循環だ。


 だから、〝雨の恵み〟の活動は賞賛しょうさんされる傾向にあったし。

 評判ひょうばんは、極めてよいものだった。


「よく来てくださいました。わたくしは、〝雨の恵み〟代表の井森いもりと申します」


 いかにも宗教団体、その教祖、といった感じの白装束に身を包んだ中年女性は、ゆったりと微笑んで見せた。


「わたくしたちの活動は、全国におよびます。とにかく人手が足らなくて、おふたりには早速現地へ向かって貰いたいと考えています」


 現地、というとどこになるのだろう。

 あまり遠いなら、別途べっと通勤手当も欲しいところだ。


「移動手段はこちらでご用意しますから、ご安心を。竜紋淵りゅうもんぶち、という地名をご存じですか?」


 知っているかと藍奈を見れば、彼女は首を横に振った。

 当然あたしも知らない。

 井森さんは頷いて、


「とても山奥にある租界地そかいちのひとつなのですが、ここでいま、深刻な水不足が起きています。というのも、現地にある滝が枯れ始めているそうなのです」


 滝。

 あまり、滝に水源というイメージはないが、これはあたしが無学なためだろうか?

 判断に困っていると、隣から助け船が入る。


滝壺たきつぼはそのまま水ですし、流れ出せば川にもなるでしょう。清らかかどうかまでは判断しかねますが……まあ、生活用水には使えるので、なければ困るでしょうね」

「そうなのです!」


 藍奈の言葉に、我が意を得たりと井森さんは何度も頷く。


「なので、絶対に雨を降らせなければなりません」

「……ところで」


 話しの流れを意図的に無視して。

 あたしは、かねてから疑問に思っていたことを、たずねてみる。


「これ、宗教的な秘技ひぎだったりしたら、ぜんぜん黙ってて貰っていいんですけど」

「はい」

「……どうやって、雨って降らせるんですか?」

「それはですね!」


 この質問を待っていたと言わんばかりに、声の調子を跳ね上げて。

 〝雨の恵み〟の教祖は、身を乗り出しながら、答えてみせた。



「雨が降るまで、踊り続けるのです……!」



 ……はい?

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