第二話 竜紋淵争奪戦

「おー、あんたらがあれか、教主サマが用意したっていう、助っ人さんかい? まー、ゆるゆるやってくれよなー」


 ずいぶんと気の抜けた様子であたしたちを出迎えたのは、同じぐらいの年頃の男性だった。

 偏屈へんくつそうな顔つきと、厭世的えんせいてきな目つきをした、髪を青く染めた男。


 彼は自分のことを、蒼次郞そうじろうと名乗った。


 〝雨の恵み〟は、宣言どおり車を出してくれた。

 大型車輌しゃりょうの荷台でドナドナされること丸一日。

 辿り着いたのは、緑深き山奥だ。


 村は租界地そかいちというだけあって、そこそこににぎわっていたが、中央を流れている川は、確かにいまにも干上がってしまいそうなほど、水量が減っていた。


「この現場の責任者はおれだ。だから、なるべく問題を起こさないでくれ」

「……? それほど村の方々と軋轢あつれきがあるのですか?」


 藍奈の疑問を受けて、蒼次郞さんはつばを吐いてみせる。

 うーん、印象が悪い。

 柄も悪い。


「ここの連中はおれらが最後の頼りだ。どんな無体むたい、どんな無法むほうをやったって見逃してくれるだろう。じっさい、おれは毎日女を取っかえ引っかえ……っと、これはあんたらにわざわざ言うことでもないか」

「品性を疑いましたが、続けて」

「いいねぇ、素直で。あとでおれの部屋にどう? 美人はいつだって歓迎だ。そっちの、とっぽいねーちゃんも一緒にいいぜ?」

「? 普通に遠慮えんりょするけど?」


 つれないねぇと蒼次郞さんは顔をゆがめ。


「この土地をほしがってる連中がいるのさ。いまは枯れ始めてるが、元は豊富な水源だ。いまの世の中、価値は計り知れないだろ?」


 なるほどと頷く。

 しかし、そんな地上げ屋まがいのことをする連中というのは、いったいなにものなのだろうか?


「それよりだ」


 続きを聞こうとすると、彼は露骨に話の向きを変えた。


「さっそく、おたくらには現場を案内するぜ。おれは成功しようが失敗しようが構わねぇが、おたくらだって仕事のやり方が解らないままってのは、困るだろう?」


 見た目こそスレているものの、彼の言っていることはどこまでも真っ当だった。

 早速、あたしたちは〝雨乞あまごい〟の儀式が行われているという、竜紋淵りゅうもんぶちの象徴――竜の大滝へと向かった。


壮観そうかんですね。平時へいじあれば、より壮観だったでしょう」

「そうだろー。おれたち気が合うんじゃね?」

しき」


 藍奈の肩を抱こうとした蒼次郞さんが、ぺしりと手を払い除けられるのを横目に。

 あたしは、竜の大滝を見上げる。


 二十メートルほどもある絶壁ぜっぺきから、貧相ひんそうな水量がポタポタとしたたり落ち、途中で風にあおられて、霧のように消えていく。

 一方で滝壺たきつぼは、まさに壮観だった。


 オールブルー。

 いったいどれだけの深さがあれば、これだけの〝青〟が現れるのか解らない。

 それほどまでに、滝壺の水はクリアーで、そうして潤沢じゅんたくだった。


「深さは測定不能だって話だ。大昔からここにあって、水神サマが眠っているなんて伝承もあるとかないとか。過去にはダイバーが潜ったらしいが、帰ってこなかったって噂だぜ」

「神秘的って、こういうのを言うんだろうね」

「けっ」


 嫌そうに唾を吐く蒼次郞さん。

 ……どうやら、彼はリアリストらしい。


「おう、現実主義者だ。だから仕事はするぜ。あっちに見えるのが、祭壇さいだんだ。おれたちが作った」


 彼が指差した先、滝壺のほとりには、それなりの大きさの小屋と幾つかの足場、そして舞台が用意されていた。


 位置的に、どうやら舞台や小屋は、枯れた川の上に立てられているらしい。

 滝壺の近くでこの程度の水量しかないというのは、渇水かっすい証左しょうさだろう。

 万が一増水すれば、取り残されることなく撤退できるように、設備のほとんどが簡易的なものであることが見て取れた。


 そんな舞台の上では、太鼓や笛が演奏され、白装束の女性が舞を踊っている。

 単調で、しかし激しさのある踊りだった。


「あれが雨乞いの舞で、踊ってるやつらを〝澪標みおつくし〟と呼んでる。結構激しいだろ? 十五分も踊れば腰に来るぞ。二十分でべつのヤツに引き継ぎ、舞自体は絶やさず続けるのが、うちの流儀やりかただ」

「踊るのは女性だけなの?」

「んなこたない。ただ、なぜか男の求人は少ない。楽団には多く来るんだが……」


 確かに、よく見るとまつ囃子ばやしを演奏しているのは男性ばかりだった。


「深い意味はないのさ。で、あんたらにはこのあとすぐ、舞の振り付けを覚える研修をやって貰って、覚え次第実戦に投入する」

突貫工事とっかんこうじだね」

「言っただろー、人手が足りない。大枚叩たいまいはたいてんだ、とうぜんこのぐらいの無茶には付き合って貰う」


 それは問題ない。

 相方も、静かに頷いている。


「舞は別に精緻せいちである必要はない。普通にみんな間違うし、適当にアドリブで誤魔化すし。ただ、絶対に止めちゃならねぇってことになってる。教義上の理由だな」


 それが守れないなら、仕事は任せられないと彼は言った。

 であれば、頑張るしかない。


 あたしと藍奈が、振り付けを覚えるべく、蒼次郞さんに案内され小屋へと向かった――そのときだった。


 村の方から、大きな爆発音が響いた。


「ちっ! あのやろうども、また来やがったのか!」


 苛立いらだったような舌打ちとともに、蒼次郞さんが走り出す。

 あたしは、藍奈と顔を見合わせて。

 彼のあとを、追いかけた。


 そして。


「よっしゃ! そいじゃあまあ、景気よくぶっ飛ばすぜ! 全国的な宗教団体だかなんだかしらねーが、アタシの島でずいぶん好き勝手やってくれたな! こいつは手土産てみやげってやつだぜ……!! ひっひっひ!」


 獰猛な笑みとともに、無数の炸裂弾さくれつだんが村のあちこちで爆発する。

 スーツを着込んだあからさまに堅気かたぎではない一団が、村を制圧しようと一糸乱れぬ行動をしていた。

 その中心に立っていたのは――


「やっぱりおたくらか、帰ってくれ極道者ごくどうもの! ここはおれたち、〝雨の恵み〟が管轄かんかつする!」

「おー、蒼次郞ぼっちゃんじゃーん。今日もお使いできて偉いねー。……けどよ、アタシらも餓鬼の使いじゃねーんだ。今日こそ竜の大滝を、明け渡して貰うぞ、このスットコドッコイ!」


 立っていたのは。


あねさん!?」

「あン? なんでヴァカ娘が、ここにいやがる……?」


 悪趣味な黄色いスーツに身を包み。

 サングラスで両目を隠した長身の烈女れつじょ


 春原すのはら櫟木いちぎが。


 相変わらずの調子で、あたしをにらみ付けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る