第五話 TAKASHIさんぽ ~きさらぎ駅特別編~

「なんですか、撮影の許可など出していませんよ。仕舞しまいなさい、そのカメラを」

「TAKASHI、思うんだよね。怪奇と美人がいたら、それをキャメラにおさめないのは重罪だって」

「……ニッカポッカ、こやつはどこの言語で喋っているのですか?」


 困惑こんわくを隠せない様子の藍奈だったが、こっちだって戸惑とまどっていた。

 ホストが着るような真っ白なスーツに、エナメルの靴。

 散らされた髪は明るい茶色に染め上げられており、両目にはあからさまな青いカラーコンタクトが入っている。

 それらを着こなした――着こなしてはいない――小男こおとこが、カメラを回しながら、けったいなトークを続ける。


「タカシさん」

「ノンノン! TAKASHI!」


 ……TAKASHIさん。

 この、自称〝不可思議探求動画投稿者〟は、きさらぎ駅に来てからこっち、ずっとこの調子だった。


「いや……」


 別段、おかしな調子なのはいい。

 問題なのは、どうやら彼が〝迷い人〟ではないらしいということだ。


「もう一回確認するけど、TAKASHIさんは、自分の意志できさらぎ駅へやってきたの?」

「TAKASHIは思うよ、一度の説明で理解できないやつに、それでも繰り返す優しさは、めどもきないナイル川だって」

「???」

「こうも思うんだよね。そろそろ駅舎えきしゃの撮影も飽きたかなって」


 そう宣言するやいなや、彼は改札に向かって歩き出した。


「え、ちょ」

「考える前に即行動。期待にはえない騒動そうどう。TAKASHIの名言は怒濤どとう

いんを踏むなら最後まで踏みなさい、イライラします」


 違う、藍奈そこじゃない。

 とにかく行動が早いTAKASHIさんは、もう駅舎の外に出てしまっていた。

 まずい、ここは真っ当な場所ではないのだ。


「藍奈、追うよ」

「本気ですか」

「追わない選択肢はないでしょ!」


 あたしたちも、足早に外へと出る。

 しかし、すでにホスト小男の姿はない。

 重く霧が立ちこめていて、右か、左か、どちらに行ったのかすら解らない。


「藍奈、このへん調べてたでしょ? どうだったの?」

「人っ子ひとりいない田舎いなかという感じです。周辺も霧が深くて、細部までは解りませんが……いえ、そういえば近くに、トンネルがありました」

「よし、とりあえずそっちへ向かおう」


 頷き合って、走り出す。


「〝あれ〟が出たりとかはなかった?」

「いまのところは」

「他にヤバそうなものは?」

「わかりません。私も駅舎から、あまり離れないよう心がけていたので」


 周囲は本当に霧のなかだった。

 一寸先いっすんさききり

 掻き分けるように進んでいると、遠くにぼんやりと大きなものが見えてきた。


 トンネルだった。


 その入り口に、TAKASHIさんの姿があった。

 彼は自分が映り込むようにしっかりとアングルを決めながら、トンネルを撮影している。


 ……待って。

 彼の足下に転がっているものはなんだ?

 お地蔵様じゃないのか?


「TAKASHIさん!」

「美女とおまけに追いかけられる。男冥利おとこみょうりに尽きると思うんだよね。しかしでも、いまは撮影が優先。このトンネルの先、なにが待ち受けているか、お茶の間は騒然そうぜん

「あまりに中途半端なので、ちょっと殴りたくなってきましたね」


 腕まくりをはじめる藍奈だったが、そんなことより確認すべきことがあった。


「そのお地蔵様は?」

「トンネルの入り口をふさぐように立っていたなら、踏み倒すのが男道おとこみち。踏みしめ踏み越え前へと進むTAKASHIみち


 どうやら、このトンネルより先へ行かないよう、誰かが設置していたものを、彼は蹴り倒してしまったらしい。

 罰当たりとは思わないけれど、しかし一線を越えている気はする。


「戻ろうよ、TAKASHIさん。こんなことしなくても、ちゃんと現世へ送り返すから」

「……おまけのほうは、どうやら勘違かんちがいしているらしいと感じるね。TAKASHIは、自分の意志できさらぎ駅に来たわけ」


 どうやってとは聞かない。

 あたしたちだって、仕事をやるときめたら、いつの間にかここにいたのだから。

 だから、大事なのは何故かということだった。


 なぜ、この人物は、きさらぎ駅へやってきたのか?


「それは愚問ぐもん。でもTAKASHIはレディーファーストなので正直に答える」


 彼は。


春原組すのはらぐみが独占している神秘を、視聴者に届けることがTAKASHIの使命だから」


 胡散臭うさんくさいほど真っ白な歯をいて。

 気取った笑みとともに、そう告げた。



§§



 春原組はヤのつく自由業だ。

 しかし、治安機構が沈黙しているいま、ひとびとを危険から遠ざけているのも、彼らである。

 あねさんを筆頭にした構成員は、危険な土地を買い取り、立ち入り禁止にした。


 きさらぎ駅も、そんなのひとつだ。


 当然、それをこころよく思わないものもいた。

 春原組が、土地という莫大ばくだいな財産を占有せんゆうし、そこで発生する怪異という技術を独占していると考えるやからたちである。


 彼らの言葉は、ある意味で正しかった。

 たしかに姐さんたちは、土地の力で利益を上げていたからだ。

 けれどそれは、あくまで副産物であり。


「そんなことTAKASHIには無関係。この場所の秘密をあばく。全国に配信する。知る権利を満たす。これが使命」


 小男は、ずいぶんと身勝手なことを言った。

 好奇心ならまだよかった。

 けれど、彼は使命だという。

 この行動が、人々にとって利益のあることだと判断しているのだ。


 ……冗談ではない。


 あたしは心霊バイトなんてやっているが、それはとても危険なものだ。

 命を捨てる覚悟のない人間が、遊び感覚で関わっていいものではない。

 ましてくわしい場所など配信してみろ。

 いったいどれだけの人間が、好奇心の名の下に殺到さっとうし、命を落とすか、わかったものではない。


 ――ほんの少し前、そうして死んでいった仲間を、あたしは覚えている。

 忘れてという言葉を、忘れられないでいる。


 そうだ。

 人間は、危険から逃げられるほど賢くはないのだ。

 あたしは、決断を下す。


「いますぐ、録画をやめて。それから、カメラを引き渡して」

「美女の頼みならばともかく、おまけにそんなことを言う権利があるかどうか、TAKASHIの迷いどころ」

「……すぐに切符きっぷを用意するから、一回外へ戻ったほうがいいよ。こんなところで、ふざけちゃ駄目だ」

「切符……」


 小男の眉が、ピクリと跳ねた。

 明らかに興味を持ったようだった。

 ……しかたがない。


 あたしは、自分の切符を取り出し、彼へと見せる。


「それはなにかとTAKASHIはたずねるね」

「現世へ戻るためのチケットだよ。駅舎にいれば、電車が来るんだ。それに乗るために必要なものだよ」


TAKASHI


「――え?」


 ひど機敏きびんな動作で。

 詐欺師さぎしややマジシャンがそうするかのように、彼はあたしの手の中から切符をスリ取った。

 そうして、そのままポケットにしまう。


「ふーん」


 急激にあたしから興味を失ったように、彼はトンネルへと向かって歩き出す。

 それを、藍奈がさえぎった。

 彼は、傲慢ごうまんな様子で鼻を鳴らした。


「美女、退いたほうが安全と忠告するね」

「……黙って聞いていれば好き勝手ばかり。貴様、すこしばかり無礼が過ぎるのではないですか?」

「オーケイ。それじゃあこうしよう。TAKASHIがこれからインタビューを敢行かんこうするから、きみたちは素直に応じる。そうしたらチケットを返して、ここからも立ち去――」


 彼がその続きを口にしようとしたとき。

 トンネルの向こうで、なにかがうごめいた。


「これは……?」


 困惑する小男。

 それもそのはずで、突然周囲から、にぎやかなまつ囃子ばやしが鳴り始めたのだ。

 異変はそれだけに留まらなかった。


 霧のなかで無数のなにかが動く。

 あちらこちらで、光が明滅し、やがてそれは列を成す。


 送り火。


 まるで、お盆に灯す送り火のように、それは道を作る。

 違う――これはだ。


 灯火の道を辿たどり、なにかがやってくる。

 ナニカが、戻ってこようとしている!


 一方で、トンネルからも、脅威きょういが迫ってきていた。


「ニッカポッカ……!」

「ごめん、ゼンゼンわかんない!」


 あたしの左目は、脅威を〝色彩しきさい〟で認識する。

 けれど、これは、いまこちらに迫ってきているものは――


「TAKASHI、思うんだよね。これ、結構ヤバいんじゃないかって……」


 彼の言葉は正しかった。

 あたし立ち向かって迫ってくる二つのなにかは。


 どちらも――判別のつかない〝黒色〟をしていた。

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