第二話 春原組の求人を受け、廃棄された駅舎を管理せよ
心霊バイトを、しばらく休もうかと考えていた。
藍奈とコンビを組んでから、あっちこっち走り回って、いろんな仕事をしてきた。
そのあいだ、善人のようなこともしたし、悪人のようなこともしてきた。
やりたいことを、やってきた。
けれど、一線は越えなかった。
最善だけは
でなきゃ、胸が張れないし、生きていると言えないからだ。
でも。
このあいだのは、最悪だった。
赤い部屋、禁后屋敷。
あたしは、無力だった。
一線を越えるどころか、なにも出来なかった。
……心霊バイトが、怖かった。
あたしが関わらなきゃ、誰も死なないなんてのは
それでも逃げ出したくなって。
そんなあたしに、藍奈が
「スレているくせにお
突きつけられたのは、一枚の求人。
あたしは、その書類へと、手を伸ばして――
そうしてやることになったのが、きさらぎ駅の迷子案内だった。
わかってる。
この仕事は、藍奈だけで用意したものじゃない。
お
それでも、藍奈の言葉は、あたしの胸に
「しかし、
迷子のお客さんを送り返したところで、藍奈が一つ息をつきながら言った。
「
「それねー」
おつかれさまと
ふたりしてベンチに座り、コーヒーを飲む。
見渡す限りの霧は晴れず、やはり周囲は夜のままだ。
かれこれ――七十二時間ほど、そうだろうか。
海水面の上昇にともない、世間では怪事件が多発した。
結果、警察は手が足らなくなり、パンクするに至った。
内部の
そんななかで、治安機構の
それが、春原組。
小さないざこざから、大規模な問題の解決まで、金になりさえすれば介入する彼らは、ある意味でとても公平だった。
そうして、事情や経緯がそんなだから、春原組が管理している土地、および施設の中には、どうやら危険なものも多い。
きさらぎ駅は、そのひとつだった。
「しかし、さすがヤのつく自由業。
「姐さんはそのへんの
「
「そうかな?」
制服は
券売機を含む装備一色も貸与。
コーヒーとミルクティーは飲み放題で、日当三十万。じゅうぶん割のいい仕事だと思うけど?
「これまでがヤバすぎて、藍奈、感覚が麻痺してない?」
「おまえにだけは言われたくありませんね」
おたがい肩をすくめ、またコーヒーを口にする。
しかし……券売機か。
担当者の説明だと、券売機から出てくるチケットがないと、この場所からは戻れないって話だったっけど。
「これ、どういう仕組みでチケットが出てくるんだと思う?」
「……
言いながら、藍奈は上唇を舐めた。
今回の
「ここはおそらく、
「……?」
「この世とあの世、現世と冥界の中間と言うことです。その証拠に、駅看板をよく見てください」
言われるがまま、天井の辺りを見上げる。
きさらぎ駅
そう書かれた看板がある。
「おまえの目は
「あー、確かに」
きさらぎ駅という文字の下に、堅洲、八洲という文字が見て取れる。
……でも、読めない。
「義務教育の敗北ですね」
「ぜったい義務教育で学ぶ漢字じゃないでしょ?」
「それぞれ
黄泉というと、地の底にある異界だ。
「ほう、よく知っていましたね。地獄と言い出すかと思いましたが」
「地獄は仏教でしょ、そのぐらいの違いはわかる」
「ふむ。ならば説明を
あー、だいたい解った。
ここから下ると冥界に行って、昇ると現世に辿り着く。
だから、中間って訳か。
「おまえにしてはよく出来ました。
「でも、それとチケットになんの関わりが?」
「先の言葉の通りなら、ここは現世でも冥界でもない場所です。それはルールが違うと言うこと。おそらくこの場では、想いが形になるのでしょう」
想いが、形に。
「
たぶん、その理屈は正しい。
事実として、あたしたちも一枚ずつ、チケットを持っていた。
藍奈のやつになにが描かれているのかは知らないけれど、自分のは解る。
あたしはポケットをまさぐり、まだ切られていないチケットを取りだした。
「……なぜ、〝お
「…………」
藍奈の疑問に、あたしは答えなかった。
答えるまでもなかった。
本質なんて、どれだけぬくもりを得ても変わらない。
あたしは。
――まだ、借金を返すためだけに、生きている。
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