第三話 八万尺様への対抗手段?

 調べ物をするといって、あねさんが屋敷から出て行き。

 村長さんも用事があるからと立ち去ってしまい。

 結果として仏壇――護仏壇ごぶつだん?――のまえには、あたしと藍奈、そして丈治さんだけが残された。


「あの『ぽ』って音、あたしたちも聞いちゃったけど、のろいの範囲に入ると思う?」

「客観的にみて、ないでしょうね。もし私たちが呪われているのなら、春原すのはら櫟木いちぎと村長は、この部屋を出た時点で八万尺様はちまんしゃくさまに襲われているはずです」


 なるほど、道理どうりだ。


「丈治さんは、大丈夫?」

「あんたみたいな小娘こむすめに心配されるようじゃ、カミソリ丈治も落ちたもんっす! ……うそん! メッチャ不安なので逃げないでくだせぇ! 置いてかないでくだせぇ!」

「置いていかないよ。死にたくないって言ってる人を見捨てるほど、あたしは人間やめちゃいないもの」

「……日華にっかさん」


 にじり寄ってきて、あたしの手をる丈治さん。

 うるんだ瞳が、こちらを見上げてくる。

 思わず顔をそむけそうになるが、弱っているのは〝色〟でわかったから、手を握り返して、安心させるように頷いておいた。


「日華ママ……」

しき。生理的せいりてき不可ふか。笑えるほどにキモい」


 部屋のすみで、藍奈が嘔吐感おうとかんさいなまれていたが、ここは無視しよう。


「えっと、丈治さん」

「なんっすか、ママ」

「ママはだいぶきついけど……いや、そうじゃなくて、この仏壇のことは、なにか聞いてる?」


 村長さんは、これを仏壇ではなく護仏壇といった。

 額面どおりに受け取るのなら、いま丈治さんを守っているのは、この仏壇と言うことになる。

 しかし、彼は首を横に振って。


「わかんねーっす。ただ八万尺様にあって腰をぬかしたら、あいつらがおいらをここへ運び込んで、縛り付けて動けねーようにして『この前から動いた死ぬ! この前から動いたら死ぬ!』っておどしやがったんすよ。堅気かたぎのくせに生意気にも!」


 そのへんの線引きはちょっと解らないが、しかし。

 この仏壇からは、なにか違和感を感じる。


 黒い仏壇である。

 ぴしりと観音扉かんのんとびらが閉じられており、中の様子をうかがうことは出来ない。


「……これまではなんも思わなかったんすけど……これ、中ってどうなってるっすかね?」


 はからずも、丈治さんと同じことを考えていたらしい。

 うん、たしかに気になるよね。


「こら、丈治。なにかもうおくりは受けていないのですか? 開けるなとか、触れるなとか」

「なに呼び捨てかましてんだアマ! ……あ、すごい美人……えっと、言われてないっす」


 ……丈治さんのことが、急にどうでもよくなってきた。


「なら……開けてみる?」


 そう言い出したのはあたしだったが。

 他の二人も、無言で同意した。


「おいらも男っすからね! 巫女さん、よく見ててくださいよ!」


 妙な義侠心ぎきょうしんをおこして……いや、実際は藍奈にいいところをみせたいだけらしい丈治さんが、護仏壇にとりつく。

 それを、あたしと藍奈は並んで見ている。


「ニッカポッカ」

「なに?」

「万一の場合、私は逃げます。少しでも異常があったら、知らせてください」


 さすがは砥上とがみ藍奈あいな

 この麗人れいじんには、周囲に忖度そんたくするという心はないらしかった。


「じゃあ、行くっすよ……」


 丈治さんが、扉を開けようと両手に力を込める。

 ゆっくりと、観音扉が開く。

 現れたのは――


「……仏像?」


 頭が二つに、目が三つずつある、二面六臂にめんろっぴの黒い仏像が。

 中央に、鎮座ちんざましましていて。


「……っ」


 ぎしりと、左目がきしんだ。

 仏像から――否、その背後からか? なにか、なにか酷くおぞましいものがあふれ出そうとしている……!


「悪しき!」

「おわ!?」


 藍奈が、丈治さんの背中を思いっきり蹴り飛ばした。

 その反動で、仏壇の扉が閉まる。

 かちゃりと再び密閉された仏壇からは、もうあの〝色〟を感じなかった。


「これは――〝|赤〟い」

「ママは目が悪いんすか? 黒檀こくたんっすよ、これ?」

「丈治さんはちょっと黙ってって。藍奈」

「……仏壇と八万尺様について、思い当たるふしがないかというのでしょう?」


 さすが相棒、阿吽あうんの呼吸だ。

 やれやれとあごに手を当てた藍奈は、しばらく考え、


見越みこ入道にゅうどう


 と、言った。


「あれは、対策さえ知っていればとても弱い、人など殺せない〝怪異〟です」



§§


せいアントニウスの誘惑に現れる節多ふしおおき悪魔、本邦における〝のびあがり〟、中国地方にはっする次第高しだいだか。類例は無数にありますが、これは相手の恐怖心によって自らを強くする怪異です」


 蘊蓄うんちくモードに入った藍奈が、饒舌じょうぜつに語る。


見上みあ入道にゅうどうは、名前の通り大きな坊主で、見上げれば見上げるほど、その大きさと高さは増えていくとされ、気を取られている間に首を千切ちぎって殺される、などという逸話もあります」

「人を殺せるじゃないっすか!?」

「しかし、対策はあまりに簡単です。一服いっぷくして冷静になる。あるいは『見抜いた。見越した』などと、、その時点でこちらにはなにも出来なくなる弱いバケモノです」


 ……待って。

 じゃあ、あのとき。

 なんで藍奈は、あたしに足払いをかけたの?


「この怪異――形而疆界学けいじきょうかいがくにより、〝八万尺様〟を見越し入道と仮称しますが――全員に同じように見えているとは限りません」

「つまり?」

「おまえは目がいいので、本質を視ている可能性がありました。それでは口でなんと言っても無意味でしょう。なので、相手の姿が見えないように、転ばせたのです」


 なら、丈治さんは?

 丈治さんは一度遭遇そうぐうしてるんだよね?


「首を切られる前に転んだのがこうそうした。つまり、丈治の我慢弱がまんよわさが勝因です」


 なるほど。

 納得した。


「な、納得しないでくださいっす!」

「それは無理。じゃあ……丈治さんは仏壇の前から移動しても、問題ないんだね?」

「マジっすか日華ママ!」

「だからママというのをやめろ」


 だいの大人が、あしたのニッカポッカを掴んで離さないのは、さすがにどうかと思う。

 ライナスのブランケット症候群シンドロームじゃないんだから。


「そうですね、ニッカポッカのいうとおり、本来なら護仏壇の前に居ようがいまいが、仮称:見越し入道は関係ないはずなのですが――」


「それについては、アタシから提案がある」


 襖をスパンと開けて、仏間に入ってきたのは、他ならない春原の姐さんだった。

 彼女は、開口一番。


「一晩待ってみようぜ。たぶん、おもしれぇ見世物みせものおがめるからよ」


 たのしそうに、そう言ったのだった。

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