第三章 自殺スポットで地引き網

第一話 ヤのつく自由業の姐さんと会食を

「それで? どーなんだよ、架城かじょう日華にっか?」


 今日も今日とて、悪趣味な黄色統一コーデを着こなしている、ヤのつく自由業。

 春原すのはらあねさんが、おもむろに口を開いた。


 小鉢を全てあたしに押しつけ、蜂蜜酒ミードを三本も開けた頃だった。

 事務所に顔を出したら、夕飯をおごってくれるというので、尻尾を振りながらついて行った結果が、このざまである。


 姐さん御用達ごようたし居酒屋いざかやなので、雰囲気と味は抜群ばつぐんなのだが。

 それにしても、もう少し、栄養のある食事が取りたい。

 こんにゃくはゼロカロリーだ。


「ぜーたく言うんじゃねーよ。食えるだけ有り難てぇと思わねーのか?」

「そりゃあ思うけどさ」


 いくらなんでも、限度というものがある。


「うるせー、うるせー。素寒貧すかんぴんは黙って顔色を窺かざみどりやってろよ」

「……。で、なにが聞きたいわけ、姐さんは?」

「あン? そんなもん、進捗しんちょくに決まってんだろ進捗に。こっちは危ない橋渡って心霊バイトを紹介してやってんの。どうだ? 借金返せそうか?」

「にゃ、にゃははは……」


 誤魔化ごまかす言葉もなく、仕方しかたなく笑ってみせる。

 確かに大口で稼げる心霊バイトだが、まだまだあたしの借金を全額返済できるほどじゃない。

 こういうのは時間をかけてコツコツとが大事なんだと、なんか両親も言っていた気がする。

 一代いちだいで法人を立ち上げた行動力の人なので、多分間違ってはいないはずだ。


「のんきだねぇ。明日は明日の風が吹くもんだが……それにしたって身体が治って落ち着いちまったんじゃねーか? そんなんで、死ぬまでに返済できんのかよ」

「痛いところを……」

「なんだ、引退するか、心霊バイト」

「引退したら借金、返せないじゃん」

「そりゃあ、そうだが」

「そういえば姐さん、お土産のお肉、美味しかった?」

「おー、あれな。独特の臭みがあったやつな。酒のあてに丁度よかったわ」


 カラカラと笑い、また黄金色の液体をあおる姐さん。

 そして、


「――――」

「――――」


 時間が静止したような沈黙ちんもくが、おとずれた。


 周囲の喧噪けんそうさえ、耳に入らない緊張感。

 腹の探り合いだ。

 別段、こちらに含むところはない。


 けれど……。順調かどうかなど、聞くだけ手間である。

 それを、わざわざ口にした。

 理由がない、わけがない。


「オーナーとよ」


 姐さんが、重たい口を開いた。


「ずいぶん前、おまえを心霊バイトのオーナーと引き合わせただろ?」

「……たぶん」


 困ったことに、そのときの記憶は曖昧あいまいだ。

 オーナーと呼ばれる人物と、確かに会った覚えはある。

 だが、その人物がどんな姿をしていたか、どんな顔をしていたか、思い出すことが出来ないのだ。


「オーナーはアタシの恩師おんしでな、げんゆめっちの介添人かいぞえにんで」

「誰?」

「ともかく、恩義がある。おまえにもしこたま教え込んできたが、この家業は義理と人情を捨てたらお仕舞しまいいだ。落ちぶれるとこまで落ちぶれる。そして、アタシは捨てたんだ。捨てるしかなかった」

「…………」


 ずいぶんと酩酊めいていした様子で、姐さんはサングラスを外した。

 そうして、顔の上半分を両手で覆い隠しながら、苦しそうにうめく。

 である彼女にしては、やけに珍しい姿だった。


倫理りんりはない。もとより正義も。いまのアタシにあるのは、損得勘定そんとくかんじょうのみ。だからよぉ」


 彼女の裸眼が、底冷そこびええするような合理性だけが渦巻く瞳が、あたしをすがめる。

 否――背後に現れた何者かを見て。


「オーナーが、直接おまえを指名したとなれば、断れねぇわけよ。わりぃな、架城日華」

「っ!?」


 反射的に振り向いて、途方もない後悔を覚えた。

 これまで感じたこともないような激痛が、溶融ようゆうした赤銅しゃくどうを直接流し込まれるような沸騰感ふっとうかんが、左目を席巻せっけんしたから。


 痛い、熱い、痛い。


 だが。

 この目は確かにとらえていた。

 そこにたたずむ何者かを。


 ――知らない。


 あたしは知らない。

 これまでの人生で、こんな色彩を目撃したことはない。

 こんな混沌とした、渦巻く、え立てる――


 ――極彩色ごくさいしきの、闇黒を。



ではきみにではきみに次なる仕事を次なる仕事を依頼しよう依頼しよう

 海に沈んだ街へ海に沈んだ街へ行ってくれたまえ行ってくれたまえ

 死せるものたちの死せるものたちの神に見限られた神に見限られたすみかへとすみかへと



 幾重いくえにも響く声が、次元の壁をも無意味にするような奇異なる声音が、耳をろうし、頭蓋ずがいたわませ反響するなか。

 あたしは。


 極度の苦痛に耐えきれず、意識を手放した――

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