第五話 絶品肉に舌鼓を打ちつつ、雇用主を問い詰めろ!

「今日は山ほどお肉が手に入りましてな! なので、とびっきりの鍋にしました」


 綾釣あやつりさんの言葉に嘘はないだろう。

 だが、正しくもなかった。


 今日は肉の鍋なのではない。

 肉の鍋なのだ。


 この村にやってきてから連日連夜れんじつれんや、あたしたちは肉しか食べていない。

 そして、その量は日増しに増えていた。


 お弁当に持たされるのは毎度、生の肉だ。

 あたしは気にせず食べているが、藍奈は胃腸がどうのこうのと言い訳をして、野生動物たちにくばっている。

 あの日のお弁当も、そういう顛末てんまつを迎えた。


 肉自体の、味がいいのは確かだ。

 けれど――こんなにうまい肉が、正体すらわからないということがあり得るだろうか?


じいが腕によりをけましたからな、きっと美味しいですな!」


 天国のような食生活も、ことここに至れば違和感にまみれている。

 甘い、肉が焼けるとき特有の臭いが、屋敷の中にはたちこめていく間も、胸中はざわめき続ける。


「山の幸様々さまさまですな。さあ、どんどん食べてくださいな。若い方はお肉が好きでしょう?」


 好好爺こうこうやそのものといった表情で鍋をすすめてくれる綾釣さんに。

 あたしは、率直そっちょくな疑問を投げつけた。


「綾釣さんは、食べないの?」

「――――」


 出会って以来一口も。

 米粒ひとつ口にしない老人は。


 ただ、無言で笑っていた。

 そういうお面をかぶっているような、形の変わらない笑みだった。


「この村はきところですね」


 藍奈が、あたしの言葉を引き継ぐようにして口を開く。


「草木はうるわしく、鳥獣ちょうじゅうが息づき、人々は規則正しく生きている。獣までが、精巧せいこう命令ぷろぐらみんぐほどこされたがごとく、正確に」

「……都会へ、帰りたくなりましたかな?」


 綾釣さんが、笑みの形を変えないまま問うた。

 巫女はゆっくりとかぶりを振り、それから頷いてみせる。


「帰るつもりはありませんが――仮に村を出るとしたら、仕事はどうなりますか」

「そこで打ち止めということになりましょうな。無論、報酬は当日分までお支払いします」

「引き留めはしないと?」

「もとより、そんな権限はこの爺にありませんのでな」


 老人はゆるゆると首を振った。


「しかし、出来ることならば供養くようが終わるまで、村にいてほしいと爺は願いますな」

「供養と言いましたか」

「この老いぼれは西行さいぎょう法師ほど、無情にはなれませぬ。すべて終わるまで、ここを離れることは出来ぬのですな」


 笑っている。

 老人の声にはさびしさがいくつも含まれていたのに。

 なのに彼は笑っていた。


 どうしようもない諦観ていかんのようなものが押し寄せてきて、あたしは酷く胸が苦しくなった。

 共感性の郷愁きょうしゅうか。

 いや、もっと近い感情を探すのなら、それは両親と別れたときの――


綾釣老あやつりろうは以前、こう口にされました。外部と連絡が取れるようになって、スパイスなどを調達できるようになったと。疑問だったのです、こんな山奥までやってくる企業や個人があるのかと」


 藍奈が。

 その目つきをわずかに鋭くして。

 こごった疑念を、叩きつけた。


貴様きさま、この村にいながら、どこの誰とやりとりをしていましたか?」

「心霊バイトのオーナー……だけではありませんな。この村を見捨てられないと、そうおっしゃってくださったかたが、おりました。たしか、お名前は――」


 老人は、そこで言葉を切り。

 そうして、やはり笑顔で、言い切った。



砥上とがみ幻揶げんや――喪服もふくを着こなした、山のような偉丈夫いじょうふでしたな」



§§



 あと三日待ってほしい。


 綾釣さんは穏やかに、あたしたちへとこいねがった。

 待ってくれればすべてを話すと、彼は約束し、藍奈は了承した。


 勝手に決められてしまうのはしゃくだったが、よくよく考えると美味しいご飯に雨風をしのげる寝床ねどこ、そして多額の報酬が約束されているのだから、とくに反対する理由はなかった。


 ただ、気になることもあった。


「サイギョーがどうの、供養がどうのっていうのは、なに?」


 素直に質問すると、藍奈はあたしを見詰め。

 それからポンと、こちらの肩へと手を置いてきた。


「おまえ……そこまで無知だったのですね」

「え? 普通にあわれまれてるの、わりと最悪なんだけど?」

「まさか義務教育の敗北を目の当たりにするとは思いませんでした。学徒がくとはしくれとして、由々ゆゆしく思います。この愚物ぐぶつ


 そ、そこまで言われることかなー!?


西行さいぎょうというのは、鎌倉時代初期の歌人かじんにして僧侶そうりょですよ。これと《《だるま》》は、行く先々で奇妙な事柄に遭遇そうぐうしています」

「だるま?」

「いえ――話が脱線しました。西行の逸話いつわは数ありますが。なかでもひとつ、とくに有名な伝説があります」


 有名というと、あたしでも知っているぐらい有名なものだろうか。

 そう目線だけでたずねれば、彼女はそっぽを向いた。

 よくみると、肩を小刻みにふるわせている。


「あ、笑うのはひどい! さすがに傷つく!」

「失礼。おまえ相手に失う礼節もないですが、失礼」


 ようやく顔をこちらに戻した彼女は、小さく呼吸を整え。


「かの僧侶は、山にこももって修行をしているとき、孤独に耐えきれずひとつの禁忌きんきを犯しました。それは、長寿を願う泰山府君たいざんふくん祭祀まつりに似て、しかししてなる大呪術だいじゅじゅつ


 巫女が、告げる。



反魂はんごんの術――西行は、寄せ集めのパーツから〝人造人間りびんぐでっど〟を作ろうとしたのです」

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