第四話 喪服の男はトリガーを引き、〝ひとりばこ〟は開かれる
薬物でもキメているかのように、
「だれ?」
ほとんど無意識に。藍奈の前へ進み出ながら問う。
男は答えない。
代わりに向けられたのは、黒光りする金属塊だった。
拳銃。
だが――威力は本物と
オカルトなどより、よほどわかりやすい死と暴力の具現。
一目でわかる危険が、男のゴツゴツとした手には握られていた。
身構えるあたしなど
男は、藍奈だけを見て、告げる。
「
「あー、ちょっと無視しないでよ、おにーさん」
そんなにあたしは魅力が無い?
「ていうか、まるで嫌々って口ぶりじゃん。あれかな、おにーさんもこの箱を開けたい口だったり……?」
「半死人が
底冷えするような、絶対零度の言の葉とともに、銃口がこちらを向く。
こめかみを、冷や汗が滑り落ちた。ないはずの肝が
喉が、
「……逆だ、
「開かない?」
意外な言葉に、
男は感情の読みにくい声音で、言葉を並べる。
「世界は〝それ〟を
笑いもせずに吐き捨てて。
男は藍奈へと、手を伸ばす。
「
隠すつもりもない
沈黙が場を支配した。
ヒグラシの声と、
「……渡しません」
誰かが言った。
巫女が、告げた。
「この〝ひとりばこ〟は、私が封印します。貴様のようなものには、絶対に渡したりしません。まして人殺しの道具になど――」
「ひとりばこだと? 見定めることすら出来ないのか、砥上藍奈。おまえの姉が泣いているぞ?」
「貴様ァッ!」
声を荒らげる藍奈。
だが男は取り合わない。まるで、大人と子どものように受け合いすらしない。
「これは〝
「悪しき!
「ならば……
「――っ!?」
あたしは、一瞬たりとも男の動きを見逃さなかった。
だというのに男は、現れたとき同様、
そして。
「きゃっ!」
突如背後に現れた男が、藍奈を突き飛ばす。
彼女の
男は、彼女へと銃口を向けて。
「藍奈!」
身体は、
銃声。
「――――」
もとから限界だった身体が、
軽度の混乱と、意識の
えっと、あたしは、なにをして……?
「ニッカポッカ……? ――
意外なものを見た。
人が死んでも動じなかった巫女が、あれだけ必死こいていた彼女が。
今日会ったばかりの他人が撃たれたぐらいで、取り乱していた。
あたしの身体に
ああ、そうか、あたしは――彼女を、
「最悪、だ……」
ドクドクと流出していく熱量は、確実な死を
素人にも解る
あたしは死ぬ。
借金も返せず、仕事も
……けれど、不思議と後悔はない。
ただひとつ、これじゃあ藍奈が胸を張れないと。
彼女のやりたかったことを、やり遂げさせてあげられないと、それだけが心残りで――
「ずいぶん待たせてしまったな、
男が誰かの名前を呼びながら、箱へと手を伸ばした。
その指先が触れる寸前。
あたしの。
海のように広がるあたしの血液が、男よりもすこしだけ早く、箱に届いて。
『――――』
そうして、架城日華は
――箱が開く、瞬間を。
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