【カクヨム限定版】その心霊バイト、危険につき【第一部別END】

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第一章 〝ひとりばこ〟運搬業務

第一話 多重債務女、パチモン巫女と出逢う

 眼球を買い取り拒否された。

 なかなか希有けうな体験だと思う。


「おととい来やがれ架城かじょう日華にっか出涸でがらしのおまえになんざ、商品価値はねーんだよ」


 暖房の効いた事務所に、冷たく響く胴間声どうまごえ

 春原すのはらあねさんは、突き放すようにそう言って、机の上に両足を投げ出した。

 出涸らしって……まだ右目は残ってるよ?


「両目をつぶして、こっから先どうやって返済していくつもりだヴァカ娘」


 廃棄物はいきぶつを見るような目つきで、姐さんはあたしをそでにした。

 廃棄物か――そういえば一週間前に食べた廃棄品スマイルバーガーは、美味しかった。

 それ以降は、公園のロハス水しか飲んでいないけれど。


「うーん」


 軽い目眩めまいがして、額を押さえる。

 左の角膜、肝臓、脾臓ひぞう膵臓すいぞう

 親の借金を返すため、散々身体を切り売りしてきたが、まさかヤのつく自由業にすら見放されるとは思わなかった。

 なんだかんだ言って、あたしに利用価値がある間は面倒を見てくれるだろうと踏んでいたので、結構ショックが大きい。


 事務所の外からは、クマゼミたちの大合唱が聞こえてくる。

 いまは初冬だというのに、彼らはつがいを探しているのだ。

 この世のすべては、十年前から狂ったままだ。


「しかし――よろこべ架城日華、そんなおまえさんを拾ってくれるかたがいる」


 途方に暮れていると、姐さんが悪い笑顔を浮かべた。

 たいていの場合、ろくでもないことになる笑みだった。


「こちらだ」


 彼女が示した先に、誰かがいた。

 逆光。

 顔の見えない誰かが、一枚のチラシをこちらへと差し出して。


心霊しんれいバイト、募集中?」



§§



「建物の解体から荷物の運搬、警備の仕事にクレーマーの対処。報酬は超高額で、ただし命の保証はいたしません! それでもやりますぅ?」


 翌日。

 妙にいていたハロワの42番窓口で、バーコード頭の受付さんが、不自然なイントネーションでたずねてきた。

 いちにもなく首肯を返す。

 いまさら、仕事を選ぶような余裕も、命を大事にする頭もなかった。追い詰められた人間に、選択肢は与えられていない。


「では、こちらにサインしてぇ。ふむふむ、架城日華かじょうにっか……珍しいお名前ですねぇ」

「あー、よく偽名って間違われて」


 わざとらしく笑ってごまかす。

 あっという間に書類が出来上がっていくのをぼうっとながめていると、受付さんが小さな紙切れをあたしに握らせてきた。

 手の中だけでそっと開く。


『逃げろ 死ぬぞ』


 受付の中年男性を見れば、彼はニコニコと笑っていた。

 なんとなく居心地が悪くなって、ポケットの中に押し込んでいたものを取りだして、いじる。


「こいつは餞別せんべつだ。ただし死んだら、請求書せいきゅうしょを地獄まで送りつけてやる」


 別れ際、春原すのはらあねさんが授けてくれたものだった。

 手の中に収まらないほどの大きさをした、円筒形えんとうけいの物体。

 安全ピンとレバーのようなものがついていて、ビジュアルがとても不健全だった。


 ……手榴弾じゃん。

 ほんとう悪趣味。


「書類が整いましたよぉ」

「あ、はい」


 呼ばれて窓口に行くと、この県で一番大きな駅前へと向かうように指示された。


「いいですかぁ? 駅に着いたら一目でわかる相方あいかたがいます。巫女みこです。それと合流して、以降は指示に従ってください。ぜったい、ぜったいですよぉ?」


 死ぬほど念押しされたので、できが悪いあたしのおつむでも飲み込めた。

 早速さっそく移動する。

 しかし……本当に巫女なんてものが、駅前にいるのだろうか?

 首都圏でもない、こんな地方都市に――


「いたわ」


 巫女だった。

 駅前広場に、無表情な巫女が突っ立っていた。

 いや……よく見ると身につけている服が安っぽい。某量販店で売っていそうな、サテン地の巫女服だ。


 しかし、そのくせに、やたらめったら顔がいい。

 肩までの姫カット。柳葉やなぎはの眉、切れ長の瞳、筋の通った鼻梁びりょう、薄く色づいた口唇こうしん。なによりも、あたしと違って病的なまでに白い肌。

 格好と美貌びぼうのギャップに、思わず腰が引ける。


しき。死臭と偏見へんけんのこもった視線を感じます」


 凝視していたのがばれたのか、そんなことをつぶやきながら、彼女がこちらを向いた。

 温度のない瞳がまっすぐにあたしを見れば、同性だというのに震えが来る。

 それほどに、巫女は美しい。

 視線を外せないでいると、彼女はずんずんとこちらに歩み寄ってきて。


「名前を述べなさい」

「へ?」


 面食らうあたしへ、彼女は歯に衣着せない言葉を投げつけた。


「へ? ではありません表六玉ひょーろくだま。頼りになる相方が来るかと期待すれば、なんですかおまえは? 眼帯、安全靴、散切ざんぎあたま……設定を盛りすぎた明治の労働者? あるいは雪袴モンペのお化けですか?」

「も――モンペじゃない! あたしは架城かじょう日華にっか。こっちはニッカポッカ! あたしの一張羅いっちょうら!」

「なるほど。ニッカポッカの日華ちゃんですね、把握しました。ダサい」

「――――」


 あまりのバッサリ毒舌っぷりに、唖然あぜんとしてしまう。

 しばし言葉を失っていると、彼女は長い息を吐いた。


砥上とがみ藍奈あいなです。日華ちゃん、おまえが心霊バイトに紹介されてきた出涸らしで間違いありませんね?」


 いろいろ引っかかるところはあったものの、それでも素直に頷くと、彼女はパチンと柏手かしわでを打ち。


「では、早速仕事と参りましょう。兵は拙速せっそくたっとぶ、きものですね」

「えっと……仕事って、なにをするの?」

「悪しき。よりにもよって無知の手合てあいですか、あわれな。いいですか日華ちゃん。いえ、ニッカポッカちゃん。私とおまえの仕事は――」


 巫女は、袖の中から〝それ〟を取り出し、告げた。


「この〝ひとりばこ〟を、県境にある廃神社へ、届けることです」


 刹那せつな、駅前にいたすべての人間が、こちらを向く。

 違う、彼らはあたしたちなど見ていない。

 彼らが見ていたのは――〝箱〟だった。


 ぎょろりとした眼差し。

 細波さざなみが立つように痙攣けいれんをはじめる不特定多数の顔、表情筋。

 彼らはニタリと笑って、異口同音いくどうおんに。



『ねぇ、その箱――あけさせて?』

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